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在日朝鮮人文学の黄昏

はじめに
2006年8月頃書いたまま発表せずにいた小文をこの機会に発表する。

在日朝鮮人文学の黄昏
林浩治

 六月十七日、梅雨曇りの空の下、福岡市箱崎にある九州大学の職員研修センターにおいて、日韓国際シンポジウム「在日朝鮮人文学の世界」が開催された。
 韓国全北大学の李漢昌教授が熱心に準備したもので、在日朝鮮人文学をめぐる日韓共通・共同の基礎的研究を築くというのが狙いらしい。全北大学と九州大学韓国センターの共催である。
 シンポジウムの基調講演は法政大学の川村湊教授である。川村さんとは羽田から一緒だったが、搭乗口前で缶ビール買っていた。前日もそうとう飲んだようだ。川村さんは「酒なしに文学を語ることはできない」などと前置きをして、「在日文学の終焉」というなかなか刺激的な講演を柔らかく始めた。
 講演の中で最近発行された『〈在日〉文学全集』について触れた。そこには正統でない、いわば「辺境」から日本文学を検討しようとして足掻いた川村湊の思いが込められていた。
 『〈在日〉文学全集』は、今年(二〇〇六年)六月、勉誠出版から全十八巻で発行された。金史良・張赫宙から鷺沢萠・丁章まで非常に幅広く収録しているが、柳美里やつかこうへいが収録できなかった点、また収録された作家でも必ずしも代表作とも言えない作品が掲載されているなど、「全集」と名付けるには中途半端な編集と言わざるを得ない。これは編集者や版元の能力の問題ではない。「〈在日〉文学」という非常に曖昧な呼称が招いた現実なのである。
 川村の発言は、友人とふたりで琉球文学全集を編もうとしてなかなか完結しない、という話が大半で、あまりに遠回しで要領を得ないものだったが、全集が発行されたらそれで終わりだという川村の発想には頷けるものがある。全集とは実は終わって初めて作れるものだからだ。会場からは反発の声もあがった。在日が無くならない限り「在日文学」はなくならない、「在日文学の終焉ではなく、変容」だという、「在日」としての主張はそれなりに説得力のあるものだった。しかしそれでも「終わった」と、私は呟いている。
 全集として編まれた以上、そこに収録された作家が「〈在日〉文学」ということになる。ここには柳美里をはじめ何人かの実力のある作家がぬけている。逆にクォータの鷺沢萠や中村純がはいっているし、そうとう無名の作家も収録されている。ジャンルでいえば小説と詩歌に限られた。それに全集と銘打っても全作品は掲載できないから、代表作ということになるのだろうが、代表作とも言えない作品が掲載されているケースもある。編集者の苦労は相当だったと思われる。現に共同編集者の一人である磯貝治良もこのシンポに参加していて、二次会・三次会も同行したのでその苦労に関しては聞くこともできた。
 『新日本文学』でも二〇〇三年五・六月合併号で「〈在日〉作家の全貌」を特集した。そこでは、「一九四五年の日本の敗戦後、日本に在住して、その間に日本語による小説・詩集等の文芸単行本を発行している朝鮮人であるか、朝鮮人の血を引くことを自認、または公に認められている作家・詩人」を基準として九四人を紹介した。これは余りにも広い枠組みである。「在日朝鮮人文学」の枠を遙かに超え、ジャンルも文学的特性も超えている。今度の全集もほぼ同じスタンスで編集したと思われる。五四作家六〇〇作品以上というから今後こういった作品集が出ることはないだろう。
 シンポジウムでは韓国側の研究者によって日本名作家が取り上げられた。黄奉模「金城一紀の文学世界」、金貞惠「立原正秋文学に表れた美意識の世界」、金煥基「鷺沢萠文学論」の三点。大学生協での昼食のさいに東国大の金煥基教授から聞いたところらよると、韓国では「国文学(韓国文学)」の研究者による在日を含む海外の韓国系市民による文学の研究が進んでいるとのことだった。韓国では韓国文学の枠に在日文学を取り込もうとしている。作者が日本名であろうが関係ない。全北大の李漢昌教授は、漢字で書かれた文学も韓国文学とされているのだから、日本語で書かれても問題ないと言う。
 朝鮮民族の系譜を引くものの文学の存在を明らかにすることには意味がある。しかし、わたしが在日朝鮮人文学を読んだときの心のふるえは、作者が朝鮮の血を引くからだけではない。日本帝国主義の支配下にあった朝鮮から、宗主国である日本に渡って日本語で書くしか選択の余地がないほどの状況で、日本語で書くことを選択した在日朝鮮人の作品群が、日本人である私の心に迫ってきたのだ。彼らは日本語文学史上の一定時期に、ひとつの大きな塊としてわれわれの前に現れ、そして民族を叫び、あるいは語ったのだった。そこから離れてわたしの「在日朝鮮人文学」は存在しない。カズオ・イシグロの作品に日本的雰囲気があったとしてもカズオ・イシグロを日本文学の作家と呼ぶことはできない。血の問題ではないのだ。
 わたしの話は「『在日朝鮮人文学』と金泰生の風景」と題したが、在日朝鮮人による文学が多様な形に変容していくなかで、わざわざ根元的な意味、狭義の「在日朝鮮人文学」について述べてみた。私は『在日朝鮮人日本語文学論』(一九九一年七月)において「在日朝鮮人文学」の定義を一旦さけたのだったが、川村湊の『戦後文学を問う』(岩波新書)や洪起三編『在日韓国人文学』(ソル出版社 二〇〇一年十二月)の定義を踏まえて、「『在日朝鮮人文学』とは何か」(『民主文学』二〇〇三年四月)において次のように定義した。

  川村や洪起三の論を踏まえて、再定義してみると、つまり共通するのは、歴史的過程で日本に居住せざるを得なかった朝鮮人が、朝鮮民族としての自らを束縛する帝国主義言語であるところの日本語をもって、自らを解放する主体的な意志行為の結果としてなしたものとしての文学作品を、「在日朝鮮人文学」と呼ぶ

 つまり、世間が「在日朝鮮人文学」から「〈在日〉文学」と呼称を変えなければならないほどに、その範疇を拡げに拡げ、日本名の作家、日本国籍の作家、日本名・朝鮮名また国籍の如何に拘わらず、朝鮮人としての意識を積極的に表明しようとはしない作家、また血の繋がりはあるものの、自らを朝鮮人としては意識していない作家・詩人の作品まで含めるに及んで、「在日朝鮮人文学」とは呼べなくなり、「〈在日〉文学」と呼ばざるを得なくなったというのが現実なのだ。
 逆に、全集の発刊とともに、そうした枠内に入れられることを潔しとしない作家たちも意志を鮮明にし、更に、韓国では「韓国文学」の枠内に彼等を入れようと色めきだっていると聞くに及び、私は、在日朝鮮人文学の危機を感じていた。忘却される在日朝鮮人文学。たとえ金石範や金時鐘が高潔な精神で在日朝鮮人文学を高らかに謳い続けたとしても、それは歴史的な文学の一時期を表す呼称なのだ。そして、在日朝鮮人文学は今も燦然と輝いている。わたしは在日朝鮮人一世として日本で生きた典型的な在日朝鮮人作家金泰生について語った。在日作家として金城一紀を読むならば、その前に金泰生を読まなければ意味がないではないか。立原正秋が朝鮮人であったこと、彼が血の意識を強く持ったことと、彼の作品が「在日朝鮮人文学」であるかどうかは別なのだ。「在日朝鮮人文学」は、金達寿・許南麒・金泰生・金石範・金鶴泳・李恢成などを読まずに語れるものではない。
 もし研究の対象としてだけ文学を語るのであれば、そういった人々をかつて韓国の作家李東哲は「墨汁野郎」と呼んだのだ。
 韓国ではアメリカやロシア、ヨーロッパなど海外の韓国系作家を韓国文学の範疇に取り込もうという民族主義的意図が働いているようだが、日本でだけ「在日朝鮮人文学」という言葉が生まれたということに注目してほしい。「在米朝鮮人文学」とか「在ロシア朝鮮人文学」という言葉で注目されはしない。彼等は「韓国系アメリカ人作家」であり、「朝鮮系ロシア人作家」なのである。
 在日朝鮮人文学は日本と朝鮮の歴史的関係を引き摺って生まれた、日本語文学の一時期の塊を呼んだ言葉なのである。しかしここからここまでというようなはっきりした境界線はない。明確な定義もない。
 川村教授は帰りも酔っぱらっていた。私も酔っぱらっていた。みんな酔っぱらっていた。金泰生と飲んだ日々が懐かしくなる。
 シンポジウムに発表されたものはそれぞれ梗概に過ぎなかったので、詳細論文は後に韓国でまとめられると聞いた。韓国では他に東国大学の金煥基教授中心に分厚い在日朝鮮人文学論集の編集が進んでいる。またこのシンポジウムも来年、再来年と続けたいようすである。韓国で在日朝鮮人文学の評価が進むことは喜ぶべきことである。「在日朝鮮人文学」の黄昏時に韓国で注目されるものがしかし、売れっ子の鷺沢萠や金城一紀ばかりでは寂しい。
 金泰生ら戦前戦後を生き抜いて、在日朝鮮人文学の核となった作家たちを、もっと注視してほしいと思った。

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