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転換期の作家・李良枝(イヤンジ)

 小説「ナビタリョン」が雑誌『群像』11月号に発表されたのは1982年、李良枝27歳の衝撃的なデビューだった。それは、「帰化」した家族の崩壊した家族関係のなかから、「自分らしさ」を求めて模索し、煩悶する若い女性の姿を映し出していた。主人公の愛子は韓国に留学して伽倻琴と韓国舞踊をならい、戸惑いながらも韓国人としてのアイデンティティを見つけようとする。この小説はアイデンティティ確立の過程を描いたドラマだった。
 李良枝が登場したのは、在日朝鮮人作家李恢成が芥川賞を受賞した1972年から10年後。その間金石範・高史明・金鶴泳ら第二世代在日朝鮮人作家たちが華々しく活躍していた。彼らは当時の日本文学が濃密な心理描写によって内側を凝視した「内向の世代」と言われたの対して、その強い社会性や歴史的視野が注目されていた。
 しかし、在日朝鮮人作家の中でもっとも若い世代として現れた李良枝は、それまでの在日作家たちとは少し異なっていた。李良枝文学は如何ともし難い在日朝鮮人としての属性から、外向きの社会性を否定することはできないまでも、その質はむしろ「内向」していた。その傾向は、第2作で翌年『群像』4月号に発表された「かずきめ」において顕著だ。
 「かずきめ」では、朝鮮人の母の連れ子として日本人家庭に入り込んだ女性の、追い込まれ、虐げられた精神の形を客観化することに成功した。主人公が家族や周囲に嫌われないために、明るく振る舞い、食べに食べる描写は怯えそのものの姿である。「朝鮮人」であるがためのこの強迫観念は、そうした在日朝鮮人という次元を遥かに越えて人間そのものの苦悶する姿ですらあった。
 李良枝は在日朝鮮人家庭の娘として、1955年3月、山梨県に生まれる。9歳のときに両親が日本に「帰化」し、戸籍名「田中淑枝」となる。小中学生時の「淑枝」は成績もトップクラスで、周囲にいつも友だちのいる活発で明朗な子供だった。周囲に気を使い、笑顔の自分をつくっていた。両親の不仲はこの頃からで、無意識のうちに、笑顔で明るく振る舞うことで壊れかけた家族を保とうとしていたのかも知れない。恐怖心だったのだ。
 高校に入学した李良枝は、藤間流日本舞踊、山田流箏曲、小原流華道を習い、「日本文化」に親しんでいた。日本人になることが「日本人」に「帰化」した親から、娘「田中淑枝」に与えられた目標だったに相違ない。
 高校を中退して家出し京都の旅館に住み込んだことは「ナビタリョン」にも描かれている。この京都の時期に李良枝は朝鮮人としての自覚を持つことになる。東京に戻ってからは韓国の舞踊、民族音楽を学び、荒川区の貧しい朝鮮人地区に住み込んでヘップ工場で働くことによって、日本人とは別のアイデンティティを求めた。つよく政治的アイデンティティで自己を律しようとした李良枝は、冤罪事件として知られる丸正事件の李得賢さんの釈放運動にも参加した。このときはビラを配り、ハンガーストライキにも参加した。
 こうした経験は表現者としての李良枝を育み鍛えた。小説「影絵の向こう」(『群像』85年5月)では、韓国で暮らす主人公は李老人の写真を見ながら、釈放後の李さんとの交際について回想している。しかし、李良枝はこうした社会運動への参加を、肯定的にあるいは楽観的に捉えてばかりいたわけではない。社会運動に参加する自己を、言語表現者としての李良枝は憂鬱に回想する。それは「支援」「共に生きる」「かかわる」といった安直な言葉の心地よさに苛立ち、実際の困難な状況と充分に対峙し得ない自己存在への矛盾を感じることに繋がっている。言葉に括ってしまうと「影絵」になってしまう感情の断片に空しさを感じながらも、「言葉」を越えたところに、李良枝は求めているものがあった。
 良く知られるように李良枝は伽倻琴の演奏や、パンソリ、巫俗舞踊といった身体表現を追求していた。しかし、李良枝が言葉の先に求めたのは文学そのものだった筈だ。確かに言語以前の表現を追求した李良枝であったが、それも言葉による芸術表現に結びついた方法だったとも言える。
 身体表現で克服しようとしたもの、文学世界に昇華させたもの、それは、李良枝の中に深く根ざした「恨(ハン)」である。核の暗黒を隠す表層の明朗。事柄には表裏があることを、李良枝は幼児期から感じ取っていた。朝鮮人の両親にとって他郷である山梨で「よそもの」として育ち、日本舞踊や華道に親しんだ明るく積極的な少女は、両親の不仲に悩む「帰化」朝鮮人である。10代で経験した京都での生活では「つつましさと謙虚さを備えた京都的イメージ」と旅館で働き見た実態との間に深い亀裂を見透かしていた。
  27歳のとき、日本を棄て、韓国に留学した李良枝は、韓国人としての自己を確立しようともがく。そこでは李良枝のタテマエはなにも通じない。机上の正義も、韓国に対する美化も実態を伴わないのである。日本に生まれ育った者として、軍事独裁国家でいきる民衆の暗いエナジーと物質的貧しさに、虚妄な優越意識を持ち、街の喧噪と人々の争う声に侮蔑を感じてしまう。
 李良枝は生まれ故郷である富士山の見える山梨ではない、別の理想的な故郷を韓国に見いだしたかったに違いない。日本文化に馴染んで明るく成績の良い日本人を演じた自分ではない、あるがままの自分を発見できる筈だったのに、実は韓国に来て韓国人を、そして虐げられた在日朝鮮人を演じる自分を発見してしまった。この煩悶こそが「ナビタリョン」以来の李良枝のモチーフだったのである。
 李良枝の小説の主人公たちの多くは、伽倻琴や民俗舞踊といった古典芸能に親しみながらも、酒・煙草を嗜好する現代的装いの女性だ。そして彼女たちは心にも化粧している。内面の苛立ちを隠しながら笑顔で他人に対しているのだ。「あるがまま」の姿で人に接することができない。84年『群像』8月号に発表された小説「刻」の主人公イ・スニのように、いつも周囲を気にかけ、思ったことを言えないで、笑顔を造っている。それでいて、〈私は、ずるい。何かをごまかしている〉〈私の話す言葉は、いつも他人の言葉の引用反復だ。〉と煩悶するのである。
 89年『群像』11月号に発表した「由煕」は翌年第100回芥川賞を受賞する。李良枝はこの小説で、日本語と韓国語の狭間で揺れる若い女性を通して、それまでの彼女の小説の煩悶を突き詰めた。
 主人公の由煕は、年齢よりも相当幼く見える童顔、小柄で、眼鏡をかけた、少年のような雰囲気の内気な女性だ。由煕は韓国に留学する在日韓国人で、ぎこちない韓国語を喋る。由煕は韓国語と日本語のあいだで混乱し、韓国の喧噪を嫌悪する。韓国文学を専攻する留学生でありながら、下宿の部屋の中では一人日本語の文章をノートに書き続けていた。生まれながら親しんだ日本語に対する愛着、韓国語に対する反撥。由煕は感じるままに怯え、表層的な正義を振るわない。自分を「偽善者」と言う。韓国社会で現に生きて、暮らしている人々の文化に馴染めないで苦しむ。
 この由煕を妹のように思うOLである下宿の娘の視線から描いた点も新しい。80年代韓国の大衆的風景に馴染めない在日の姿をそのまま素直に表現し、また韓国の地で暮らす一人の女性の視点を持つことにも成功している。李良枝はこの作品で、韓国の地で自分の中に造ってきた忸怩たるものの塊を放出することができた。小説の主人公「由煕」は日本に帰るが、ここに在日朝鮮人文学と韓国の新しい関係が結ばれたのである。そして、李良枝が捨て去ろうとして描いた「由煕」像であったが、文学という普遍性の中で、乗り越えられたのはむしろ、「民族」ではなかったろうか。
 李良枝は、〈自分の身体に染みついている日本的なあらゆるものを清算して、韓国を理解し韓国語を自在に操れるようにならなければならないという、義務〉を感じ、〈そうした大義名分ないし義務感などは、現実と実際の私の生き方によって、裏切られるよりほかは〉(「わたしにとっての母国と日本」(90年ソウルでの講演『李良枝全集』所収)なかった、と悟っていた。
Photo そうした認識の獲得は、「故郷」への想念も変えていく。24歳のときに発表したエッセイ「散調(サンジョ)の律動の中へ」では、17年間育った「ふるさと」を懐かしいとは覚えたことがないし、富士山の冷厳な偉容も遠いものに感じていると書いているが、10年後に書いた「富士山」(『群像』89年7・8・9月)では、富士山を見たいと思うようになり、憎んできたけれど、実はいとおしかったのだと思えるようになっていた。
 李良枝はアイデンティティ獲得の旅、在日朝鮮人二世としてあらかじめ失われた故郷探しの旅から、解放されつつあった。
 李良枝の小説はこの間に韓国でも翻訳出版されていた。1988年には33歳でソウル大国語国文科を卒業。卒業論文「바리공주(捨て姫)とつながりの世界」は巫歌に現れた韓国人の他界観念についてまとめたものだという。この年に発表した小説が「由煕」である。ソウル大を卒業すると梨花女子大大学院で舞踊を学び、故郷富士吉田市等で「プジョンノリ」「僧舞」などの韓国舞踊の講演を行った。あれほど憎み嫌った日本との和解である。そして、1992年5月20に日急逝心筋炎のため急逝した。37歳だった。
 93年に講談社から『李良枝全集』が発行された。優れた李良枝論として、李妍淑(イヨンスク)「言葉の深淵より」(『へるめす』50号 94年7月)、李銀子「『言葉の杖』を求めて」(『新日本文学』94年11月)がある。

              (林浩治「転換期の作家・李良枝」 『神奈川大学評論』第47号2004年3月31日)

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