文化・芸術

2013年11月29日 (金)

kindle版 大江健三郎『晩年様式集 イン・レイト・スタイル』を読む理由

老年に至る過程で文学はどうやって抵抗するのか!?01_2

 この秋から冬にかけていろいろ生活の変化があった。最初にパソコンを買い換えたこと。WindowsXPのサポートが来年4月に切れると言うのでWindows8PCの購入を決めた。XP歴が長かったので新しいPCに慣れるのに時間がかかった。しかし64bitPCになったせいか確かに高速化した。立ち上がりが速い。
 12月10日付けで印刷会社の退職が決まり、残った有給を11月7日から消化している。運動不足が恐いのでウォーキングすることにした。有酸素運動だ。そのためにニューバランスの安いジョギングシューズを買い(走らないが)、古いスニーカーを捨てた。
 トイレのスリッパを買い換え、トイレの暖房も新しくした。これは米寿の母が寒いトイレで倒れるのを防ぐために必要だ。去年までのヒーターの温度センサーが狂って無駄な電気を使用していたので、人感センサーのエコタイプをネットで探した。
 古いテレビが時々映らなくなったので、我が家のテレビもやっと液晶モニターになった。これも母には必需。なにしろやれることが少ない。カタストロフィー目前状態。
 高血圧で通院していた病院を変えた。担当の若い内科医が退職して、代わったオヤジの先生が厭な奴で(個人の感想です。本当は熱心な先生かも)行く度に検査されるので、自宅からすぐ近くにできた医院に変更したのだ。
 「もう印刷の時代じゃない」と思いながら漠然とインターネットを見ていたらamazonのkindle New Paper Whiteが欲しくなったので、すぐ購入した。明るい黄緑のカバーもつけた。思ったよりスマート。老眼の身としては文庫本より読みやすいし、目に優しいのか疲れない。
 で、kindle版 大江健三郎『晩年様式集 イン・レイト・スタイル』をダウンロードした。電子書籍というのは、読みたいと思った瞬間、たとえ真夜中であったとしても手に入れることができる。それに何冊買っても嵩張らない。紙の本より安い。古典だったら0~100円くらいで買える。紙の本で買えないものが手に入る。
 大江は前回『水死』発表で小説書くのをやめたのかと思っていたが、そうでもなかった。前もって言っておくが、わたしは大江ファンないしは大江文学の熱心な読者ではない。ただ『水死』を(紙の本で)読んだ後、興味を引きずっていた。父の死の真実に辿り着く工程に、「明治の精神」を振りかざす悪意との対決が見て取れたからだ。その後の大江が原発反対運動の一員として戦っている姿にもシンパシーを感じた。『イン・レイト・スタイル』は、3・11を経た老作家がカタストロフィーに隣接して生きる姿そのものだ。
 大江健三郎自身を仮託した作家長江古義人と障害のある音楽家の息子アカリ、娘真木、古義人の親友で故人である映画監督塙吾良の妹で妻の千樫、四国の森に住む妹のアサ、少年時代の兄貴分であったやはり故人のギー兄さんの息子であるギージュニアなどが登場する。同じ登場人物たちは前作『水死』など複数の作品にも出てくる。『イン・レイト・スタイル』は、その登場人物たちからの、長江古義人に対する批判を織り交ぜている。千樫、アサ、真木の「三人の女たち」は私家版雑誌『晩年様式集+α』を発行する。それは、古義人の小説のなかで一面的に書かれてきた彼女らの反論だった。この小説自体が、主体を古義人と三人の女たちがそれぞれ受け持って変化していく。書く側が書かれる側の批判ないしは不満を受け入れた作品と言うのは珍しい。『水死』で障害を持つ息子に対して「きみは、バカだ」と言ってしまってからの不和が全体の背景に存在する。「ノーベル賞作家」でも凡庸で低俗な価値観を排除しきれない。
(これを書いていて、電子書籍の不便に思い至った。線を引いたり、書き込みをしたページに付箋を貼って、その付箋を指でつまんで開くという物理的な作業ができない。似たような機能はあるのだが、慣れない。)
 冒頭、3・11後小説を書く興味を失い、余震の続くなかウーウー泣く老作家の姿が、地震・放射能、そしてこの作品ではまだ触れられることがないが、「特定秘密保護法」の制定に象徴される国家主義化に恐怖する姿なのだと思われる。
 日本が破滅に向かうなか、老年の作家は自己の死をおそらく覚悟しながら、希望の言葉を残す。

小さなものらに、老人は答えたい、
私は生き直すことができない。しかし
私らは生き直すことができる。

 そんなふうに思っていなけりゃ抵抗もできないか? 東京でオリンピックなんて脳天気なこと言ってる大半に文学は抗えるのだろうか。
 『新潮』12月号に「大江健三郎ロングインタビュー」が掲載されていたので(もうすぐ失業の身なのに)899円も払って買ってしまったが、完全版は新潮文庫に収録されると分かりがっかりした。kindleでも販売すると良いのだけれど。『文藝』掲載の「いとうせいこう『想像ラジオ』を語る」はkindleでダウンロードできるのだ。

2013年11月17日 (日)

イ・ジョンミョン『星を掠める風』

文学と映画 第28回、星を掠める風──詩人尹東柱の死
イ・ジョンミョン『星を掠める風』2012年7月(은행나무)40

 昨年(2012年)夏、岩波文庫に尹東柱詩集『空と風と星と詩』が入った。それまでも尹東柱詩集は複数翻訳出版されているし、評伝や研究書も数多い。尹東柱は韓国の国民詩人と呼ばれる存在なので、韓流がすっかり根付いた昨今当たり前のことだ。それにしても詩の売れない我が国で、韓国の詩人の詩集が文庫本になったのだから驚きだ。ちなみに翻訳は在日朝鮮人詩人金時鐘である。
 岩波文庫版『空と風と星と詩』発行と同時期に、韓国で尹東柱をモチーフにした小説が発売され、話題になった。作者は、ドラマにもなった『根の深い木』『風の絵師』など歴史的素材を扱ったベストセラーを連発したイ・ジョンミョン。作品名は『星を掠める風』である。尹東柱を語るのに相応しタイトルと言える。
 舞台は1944年冬から翌年までの福岡刑務所。学徒動員で徴用された若い看守ワタナベユウイチ(仮に「渡辺勇一」と漢字を当てておく)の、これはエピローグまで読んで分かることだが、小説の形を借りた手記として描かれる。
 勇一が看守として勤務する福岡刑務所で、先輩看守のスギヤマトジャン(仮に「杉山刀残」としておく)の変死体が発見された。天井の梁に巻かれたロープに首をつるされてぶら下がっていたのだ。勇一は、杉山刀残の遺留品を整理して事件報告をするように命令される。勇一は刀残の看守服の上着ポケットに詩の書かれた紙片を見つける。
 杉山刀残はノモンハン戦争の生き残りで戦争の英雄であり、看守としても勇猛果敢で知られていた。「戦争捕虜待遇」を要求した朝鮮人囚人立てこもり事件を、警棒を振るって、一人で鎮圧したことで勇名をはせた。警棒で囚人たちを情け容赦なく殴り飛ばす非情な乱暴者で、詩とは縁もゆかりも無さそうな男なのである。
 勇一が調査していくと、度々脱走を試みて何度も独房に収監されるチェ・チス(仮に「崔致修」としておく)が浮かび上がった。崔致修は満州などで独立運動を戦っていた闘志で「共産主義学習及び国家転覆、要人暗殺企図、内乱陰謀」の罪で無期囚として収監されていた。獄中の朝鮮人の間に最も影響力を持った男だった。崔致修は手下たちとともに独房の便所から脱走のための穴掘り続けていたのだ。杉山はそれを知り、穴を埋めさせようとしていた。
 囚人たちに大きな影響力を持つもう一人の男がいた。平沼東柱(=詩人尹東柱)だ。彼は字の書けない囚人たちのために代筆していた。それも検閲官である杉山の検閲を通過できるようにうまくまとめ、しかも刑務所内の様子を的確に家族に伝えるものだった。また杉山に促されて行っていた凧揚げも囚人たちの関心の的だった。その平沼も崔致修に促されて脱獄穴掘の仲間に入ったが、彼は脱走とは別の方向に掘っていた。
 尹東柱は文学や芸術を愛し、自らも朝鮮語で詩作をしていた罪で逮捕収監されていた。杉山は尹東柱の影響を受けていたが、相変わらず尹東柱や朝鮮人囚人たちを怪我するほど殴打していた。
 勇一は杉山と同じように尹東柱に惹かれていく。杉山の打擲の本当の理由は何だったのか? 杉山の死後、医療処置を受ける度に意識も肉体も弱っていく尹東柱たち。死んでいく囚人たちも少なくなかった。彼らが受けた医療処置は何だったのか? 杉山刀残を殺したのは本当に崔致修なのか。崔致修は本当に処刑されたのか。実在の詩人尹東柱を中心に置きながら、謎が謎を呼ぶ推理小説の様相を見せる。勇一は、九州帝国大学医療チームが福岡刑務所で行った恐怖の生体実験にたどり着く。尹東柱の死の意味を勇一は知っていた。

残念でならない。彼を失うのはわたしだけではない。わたしたち皆だ。わたしは友を失い、朝鮮人囚人たちは賢明な同僚を、看守長は容赦を請わなければならない相手を、看守たちは温和な模範囚を失うのだ。未来の朝鮮人たちは偉大な師匠を失ない、これから生まれ来る日本人たちは恥ずべき過去を証言する知識人を失った。わたしたちすべては、これまで持ったことのない、またこれからも永遠に持つことのない純潔な詩人を失わなければならなかった。

 読者は二転三転する物語に魅了されると同時に、尹東柱や勇一の見せる文学への執着に視点を向けざるを得ない。読者はまた、温和で芸術を愛する知識人の顔を持つ病院長と、悪態を吐きながら囚人たちに暴力を振るう杉山看守の姿を対比させ、混乱しながら、やがて真実の文学をぼんやりと感じることだろう。文学にプラグマティックな力がある訳ではない。しかし文学には命を落としても守るべき価値がある。この小説を読めば、そう思える。
 エピローグ、福岡戦犯収容所戦犯容疑者審問において勇一は次のように応えている。

人々は真実を語ることを虞れ、事実を受け入れることを嫌います。私の記録は虚構ですが、場合によっては虚構が事実よりもっと多くの真実を伝えることができます。私は真実を語りたいのですが、私が見た真実をそのまま記録することはできませんでした。あまりにも惨たらしく、あまりにも残酷で、わたし自身さえもそれに耐えられなかったのです。

 これは、作者自身の文学論であると言っても過言ではあるまい。
 

2013年2月24日 (日)

波が海の業ならば 김연수キム・ヨンス

文学と映画 行ったり来たり
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)
                                       
第25回、文学の深淵に語りかける声なき声
――『波が海の業ならば』 김연수キム・ヨンス(子音と母音)
 人と人は理解し合えない。ことばはお互いに通じない。わたしの文学上の信条だ、と言ったら大げさだが、通じないという前提に立って書いているという訳だ。それでも、理解しようという人がいるし、理解されないからこそ書こうと思う。
 韓国で数々の文学賞を受賞した流行作家キム・ヨンスは1970年生まれだから、まだ若い作家といえるが、その文学信条には共鳴する。

   人と人のあいだには深淵が存在する。深く暗く冷たい深淵だ。生まれてこの方何回その深淵の前でためらっただろうか。深淵はこう言う「我われはお互いに越えられない」。……わたしのことばたちは深淵の中に落ちる。そしてわたしはまた書かなければならない。

S  キム・ヨンスの小説『波が海の業ならば』は昨年(1912)12月、「Asahi Sinbun GLOBE』に戸田郁子によって紹介された。「業(わざ)」と読ませるのだと思ったが、戸田によると「業(ごう)」と読ませるのだそうだ。「わざ」だと平板だが、「ごう」と読ませると暗い感じが作品と合っている。間違っても「仕事」などと訳さないで欲しい。
 さて、この小説、平易な文体と言えるが、人称の変化や登場人物の多様さ、時制の行ったり来たりなどの難解さがあって、半分まで読んだところでもう一度頭から読み直すはめに陥った。その後も読んでは戻りして、確認しながら読まされた。作者の罠にはまったのだった。
 カミラ・ポートマンは黒い髪に一重まぶたの女性だ。二年前に養母と死別したカミラに養父から6個の大箱が届く。それはカミラ自身の記憶にまつわるものものだ。海洋学者の養父は妻が死んだあと、若い大学院生との再婚を望み、韓国からの養女カミラの荷物を整理した。
 カミラは箱の中に入った品物を無作為に選んで、一つずつに関するエッセイを書き始めた。それはボーイフレンドでペルー出身の詩人ユーイチの言葉に従ったのだった。カミラはそんなことがきっかけとなりノンフィクション作家として世に出た。
 カミラはニューヨークの出版社と、自分のルーツを訪ねるノンフィクションを書く契約をし、一年間ソウルで語学研修を受けてから、チンナム(鎮南か? 架空の市だが、取りあえず以後「鎮南」をあてておく)を訪れた。
 カミラの出身地鎮南は、朝鮮半島南端の港町だ。カミラはユーイチを伴って、母がカミラを生んだ当時在学中だったと思われる鎮南女子高等学校を訪ねる。そこは良妻賢母を育てることを校是とするような保守的な学校で、校舎の裏山には、烈女碑が立てられていた。秀吉の侵略のさいに、日本軍に貞節を侵されるのを嫌って、自ら命を絶った両班の婦人を尊んで建てたものだ。
 女性校長のシン・ヘスクはカミラに非協力的で、カミラの母が同校の学生だった事実を隠そうとする。しかし、新聞社などの協力も得て調べていくと、母親の同級生だという証言者も現れ、カミラの実母チョン・ジウンは1987年17歳の高校在学中にフィジェ(カミラ)を生んで、翌年海に投身自殺したことが分かる。娘は、アメリカへ養女として移住させられていた。。
 1985年の造船所争議が時空間の根源にあり、ジウンの父親もそのさいに死んでいる。造船会社の経営者一家の没落にまつわる物語が交差する。そして「洋館」と呼ばれる邸宅の変遷。海の底での25年ぶりの再会。
 中学生の時に父を失ったジウンと、兄の関係は? 高校でいつも図書館に籠もる文学少女ジウン。彼女に同情する若いドイツ語教師チェ・ソンシクとのあいだに愛はあったのか? カミラの母ジウンを本当に愛したのは誰なのか? その時、ジウンの同級生たちはどうしたのか。カミラの父親の謎。物語はひとつも説明はしない。読者は想像力を全開させなければならない。文学でしか表せない魂の言葉が表出される。
 保守的な風土と因習の町にアメリカ娘がルーツを探しに行くというだけでも面白いのに、この小説は文学の根源を探りながら展開される。「わたし」とは誰か、「あなた」とは誰か? そんな自明にさえ、読者は翻弄される。カミラの母親チョン・ジウンの時代とカミラの現在とが、混じり合っていく。時制を超えた存在こそ文学なのだと思わせる。
 アメリカ、韓国、日本、バングラデシュ、ロンドンと広がる空間に、1920年代から現在に至る時系列が蔦のように絡みつく。
 作者と読者のあいだにも深い深淵があり、翼の生えたジウンの魂が飛び交っているようだ。この物語の本当の主人公はジウンなのか? それとも……。
 「おまえに語りかけたいけれど、話すための唇がわたしにはない」こうした煩悶こそ、作家が書く根拠なのではなかろうか。

2012年11月10日 (土)

ワンドゥギ

文学と映画 行ったり来たり 第23回
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)
                                       
『ワンドゥギ』キム・リョリョン
              김려령
완득이
              ――差別に負けない爽やか青春小説

 高校生が主人公の爽やかな青春小説だ。タイトルの「ワンドゥギ」というのは主人公の名前。ワンドゥギはケンカがめっぽう強いが、群れて悪ふざけをする不良タイプではない。学校でも親しい友だちがいない一匹オオカミ、孤高の戦士といった風情だ。
 「トンジュ(=糞野郎)」とあだ名される担任教師はやたらワンドゥギに干渉してくる。しかも貧しいワンドゥギの家の隣に住んでいて、ワンドゥギの父親とは仲良くしてしまう。ワンドゥギはいつも教会に行ってトンジュを殺してくださいと祈っている。このあたりはギャグだ。
 ワンドゥギの父はキャバレーでダンスを見せる芸人だが、小人症で身体が小さい。父はワンドゥギに文才があると信じて小説家になるように勧めている。自分の仕事を芸術として矜恃しているが、息子には自分とは違った人生を要求しているように見える。親子は、ワンドゥギの父を慕っていつの間にか居着いた、知的障害のある「おじさん」との三人暮らしだ。
P01  あるとき、母親は死んだと信じていたワンドゥギに、お節介焼きのトンジュが母親はベトナム人だと伝える。突然現れたベトナム人の母親に戸惑うワンドゥギ。
 韓国では農村を中心に嫁のなり手が少なく、最近はベトナムなど東南アジアや中国東北部の朝鮮人自治区などから嫁を買ってくることが多くなったようだ。
 実はトンジュは不当労働で虐げられる外国人労働者たちの支援活動をしていて、生活費を使ってしまうので、一杯いっぱいの生活をしている。ワンドゥギの通う教会も、建物は十字架が架かったままだが、トンジュが買い取って、外国人労働者のための福祉施設兼運動の拠点として使われていた。

    韓国国内の外国人は、2007年8月に100万人を突破した(以下、数値はいずれも2007年8月現在)。これは、韓国の住民登録人口4913万人の2%に相当する。
    (韓国における外国人問題―労働者の受入れと社会統合―白井 京)

 韓国社会は多文化共生の方向へ向かいつつあると言われる。しかし、現実には長い儒教支配の歴史が培った、根強い外国人差別が国民の中にはびこっているとも言える。女性差別意識も強い韓国で、ベトナムの花嫁候補に、処女かどうかの検査を受けさせていたという報道が話題になったこともある。
 ワンドゥギという存在は、権威主義社会に於ける徹底したアウトローである。被差別的シチュエーションを以て生まれ、社会の権威的方向に流されないで存在する。そして、キックボクシングの道場に通い始め自分の道を探す。しかし、プロの世界ではそう簡単に勝てるようにはならない。ワンドゥギは気持ちよくTKOされる。現実は甘くない。
 甘いのはクラスのチョン・ユナと親しくなったことだ。青春小説に恋愛はつきもの。ワンドゥギとは対称的に恵まれた家に育ったユナだが学校ではシカトされている。しかし、ワンドゥギ同様この子もめげない。戦場記者になるという目的を持ってソウル大学を目指している。S_2
 『ワンドゥギ』は明るく爽やかでギャグ満載の笑える小説なのだが、背景に描かれたのは、障害者差別、外国人労働者問題、東南アジアからの花嫁問題、学校でのイジメ、差別社会での女性の自立意識、経済格差などの重い課題だ。
 現代社会の複雑さのなかで戸惑う若者の葛藤が、小気味よくて感じが良い。
 初版は2008年だが昨年映画化されて、小説も再び売れたようだ。映画のほうも主人公役のユ・アインの人気もあって大ヒット。物語はだいぶ脚色されているようで、原作には出てこない美人が出てくる。ワンドゥギの母親もベトナム人ではなく、フィリピン人ということになっている。これは俳優の都合かも知れない。

2012年9月18日 (火)

【書評】三浦しをん『神去なあなあ日常』

すごく面白いけどちょっと……

三浦しをん『神去(かむさり)なあなあ日常』

故針生一郎が埼玉文学学校の講義で三浦しをんの『神去なあなあ日常』を紹介してから数年経った。小説発行の20095月から、針生さんが亡くなった2010年5月までの間のはずだ。なかなか針生一郎が小説を「面白い」と言って紹介することはないような気がするので気に掛けていたが、その間読む機会がなかった。文庫になったと新聞広告に載っていたので早速購入した。

 抱腹絶倒。なるほど大衆小説というのはこういうものか? 主人公は横浜在住で、高校卒業後もフリーターを決め込むつもりでいた平野勇気くん。担任教師と親にはめられて三重県の山奥で林業修行をすることになる。物語は、勇気が誰にも見せる気はないが読者がいるふうを装ってパソコンに打ち込んでいるという設定で進んでいく。この主人公は人生に目標なんて持っていないが、少しばかり文学心を持っていて、人には見せられない「俺詩集」なるものを書いていた。その弱みを母親に握られたのがきっかけでケイタイの電波も届かない山奥に放り出されることになった。Photo

この小説の面白さは何と言っても「林業」。自然と調和しながら木を育てる職業の魅力が満載という点が第一だ。職業・職場小説というのは数多いが、厳しいながらも輝いている職業や職場を描いたとなると、芸能スポーツ以外では珍しい。

第二に、フリーター志望(?)の都会の若者がだんだん山の魅力にはまっていき、逞しく成長していく様子が爽やかなこと。主人公と共に読者も林業の魅力にとりつかれること間違いなし。

それに野生のように強靱なヨキや、村の長老で殆ど歩かない繁ばあちゃん、勇気が恋することになる直紀さん(男のような名前だが女)などの典型化された登場人物がマンガチックなところ。ヨキの飼い犬のノコ(女のような名だが雄)も重要な役割を果たしている。山火事のあと役に立てなかったノコが自信を失ってしまい、心配した人間たちが一芝居打つところなんか泣ける。イヌも仕事仲間の一員として認定されている感満載だ。

圧巻はオオヤマヅミ祭の木落し。山の神と村人との命をはった駆け引きといえようか。これは小説を読むべし。略して言えば、自然信仰を慣習として受け入れている村人の中に、横浜っ子の勇気が完全に受け入れられる儀式とも読めようか。

勇気は最初女の子がたくさんいる横浜に帰りたい気持ちが一杯だったのだが、ヨソモノ扱いから徐々に村人たちにも認められる存在になり、一年後にはこの村で生きる気持ちになっている。「仕事」や職場を扱った文学ってのは、その職場が魅力的だったとしても、仕事自体の魅力を描く例は少ない。

現代社会においては「働くこと」と「生きること」は対立する。否、働かなければ生きていけないのに、働くことは生きることを迫害して来る、表裏一体の関係なのだ。

たとえば、昨年末文學界新人賞をとった2作品の主人公はそれぞれサラリーマンだった。馳平啓樹「きんのじ」の主人公は、エンジン工場にやっと就職したが、業績悪化で総務からラインに回される。なれない仕事をつまらなく遂行していく主人公の姿は、勇気くんとは真逆である。結局会社は倒産していく。長期不況の現代を表象した作品とも言える。金融資本主義が醜く腐臭を漂わせて瓦解していく現代を巧みに描いているのだ。鈴木善徳「髪魚」に至っては、サラリーマンの虚しさを、大雨で氾濫した川辺で拾った老人の人魚に反映させて見せるほどに抽象化していた。

職場を書いた小説で好感が持てたのは、2006芥川賞受賞作品伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』(「文藝春秋」06.8)だった。自販機の詰め替えをやっているバイトの三十男佐藤と年上のベテランドライバーである女性水城が、詰め替えに回りながらやりとりする会話とバイト男の回想が筋だ。佐藤は映画の脚本家を夢みていたので、自販機の詰め替えは選んだ仕事ではない。挫折の果ての姿だ。『神去なあなあ日常』の勇気くんがフリーターになっていたらどうだったろ。生活かかってくれば深刻になるのだろう。

 三浦しをんに比較するなら、やはり津村記久子か。津村記久子作品の登場人物はよく働いている。『ポトスライムの舟』『十二月の窓辺』『君は永遠にそいつらより若い』『アレグリアとは仕事はできない』などの主人公たちは正社員、アルバイトの別はあるにしてもそれぞれ皆会社勤めしていて、働いているが故の矛盾を抱えている。そしてその矛盾に対して真っ正面から抵抗しようという姿勢を見せる。津村の作品には社会に対する批判精神が通底しているのだ。

 そう考えてみると、『神去なあなあ日常』には批判精神が足りないのではないかと、疑問符が浮かんでくる。

村人たちは、自分たちこそ自然と融和して生きていると信じているように思われるが、小説のなかでも語られているように、日本の山で人間の手が入っていない場所なんかない。つまり、彼らの「自然」や「信仰」は極論すると人工的なものだ。「林業」なんて明治以来の殖産興業が生み出した、古い資本主義の産業形体に過ぎない。高校を卒業したばかりで、まだ自分の足で立っていない勇気くんにそんなことを言っても無駄だから止める。ここでは、空虚な金融資本主義の価値観と対峙する、自然信仰に基づいた山村で働き生きる素晴らしさを感じさせる面白い小説と結論しておこう。

2012年6月 2日 (土)

ク・ヒョソ『長崎パパ』

文学と映画 行ったり来たり
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)
                                       
第19回、ク・ヒョソ『長崎パパ』(CUON)――アイデンティティは自分で決める

 「在日朝鮮人」を戦前から戦後数年の混乱期に渡日した朝鮮人とその子孫を示す呼称とすると、最近韓国から日本に来て住み着いている人々を区別して、取りあえず「ニューカマー」と呼んでおく。このニューカマーが主人公、あるいは主要な登場人物である小説は、今のところそう多くはない。
 玄月の『蔭の棲みか』には登場する。重要な脇役だ。黄英治の「智慧の墓標」(『労働者文学』連載)の姜禮珍は韓国から主人公の勤める製薬会社に赴任してきた女性だが、近代史によって培われた差別社会「日本」を映し出す役割を果たしている。
 韓国の作家が戦後の日本を描いた小説として有名なものには、金廷漢の「沖縄からの手紙」(『秘密の花園』素人社 所収)がある。だが、「沖縄」という特殊な地域、しかも南大東島という沖縄本島から400km近くも離れた「僻地」を背景にしている。沖縄は日本の前近代植民地として位置づけできるので、これはかなり特殊な設定だ。――この小説、実は筆者も試訳して『愚行』という同人誌に掲載したことがある。これは25年も前のことなので時効である。
 となると現代日本を舞台に在日でない韓国人が主人公の『長崎パパ』は設定そのものが新鮮ということになる。主人公のユナは13歳で家出し、その後まあいろいろあったが、お金を貯めて日本へ来た。東京の料理学校を卒業すると、本当の父親がいるかも知れない長崎に行ったのである。今は長崎の出島ワーフにある「ネクストドア」というレストランで働いている。つまりユナは24歳の「ニューカマー」韓国人で、料理人である。ユナの周囲、ネクストドアとその周辺には実に様々なシチュエーションが集まっていて、日本のマイノリティーの縮図のようになっている。
 記憶力は超人的でクイズ番組の優勝常連だが、創造力に乏しい秀雄。学校でイジメにあって10歳から料理人として生きてきたアイヌ出身の筒井。回族中国人の愛子は母恋しいが、死んでも故郷には帰りたくないと言う。壁に絵を描くグラフィティー・アーティストの木口は、金が貯まると壁を探しに出かける。店の支配人の叔母であると同時に恋人でもある中年の佐藤淑江は、同和地区出身だった。「どこかの民族の一員でいたくなかった」と言う在日朝鮮人の「ミル姉さん」ことチャ・ミル。その他もろもろ、魅力的でない人はいない。
 ユナの母親との会話は母からの一方的なメールの形で展開される。ユナの探す「鄭君」はユナの母=朴聖姫の家の従業員だったが、聖姫を「強姦」した容疑で逃亡していた。日本に渡り長崎で成功したらしい。朝鮮戦争や原爆投下といった歴史が時間軸の背景に見え隠れする。そして歴史の作った境界によって規定される「立場」の軛(くびき)が彼らを締めつけている。
 象徴的なのは、筒井が世界中を旅して名前のないものを集めていること。名前のない者は所属不明だ。ユナは言う。

「境界をはっきりさせて、わざわざ名前を付ける、そんな必要があるんですか……名前を付けることは必要でしょうけど、危うい面もあると思うんです。特に差別が起こりやすいところでは。差別って、よく考えてみると、何かに対する恐れとか不安とかが原因で、卑怯になった時に出る行動じゃないかって、あたしは思うんです。和を強要して、目立つ人とか自分たちと違う人を押さえつけたり、差別したりするのって、弱さとか後ろめたさを正当化しようとする卑怯なことじゃないでしょうか。……」

 軽快なテンポで物語は進む。それほど長い小説でもないのによくもこれだけ盛り込まれたと思えるほどモチーフは豊富だ。在日朝鮮人問題、朝鮮戦争の残した対立、原爆、障害者問題、性と性的暴行、私たちの周囲には問題が山積している。しかしこの小説の登場人物たちは明るく向き合う。しかし雑に扱うわけではない。ユナを初め重い自分史を背負う登場人物たちは、それぞれ外から嵌められた肩書きでなく、自分でアイデンティティを決めようとしている。彼らは、明るく生きていこうとしていて、時にはユーモラスでさえある。
 最後には、ユナが誰を「お父さん」と呼ぶことになるのか、一つの回答が描かれていて、これが作者の提起なんだと分かる。同感だ。

2012年3月 4日 (日)

文学と映画 行ったり来たり ―第18回、孔枝泳(コン・ジヨン)『るつぼ(トガニ)』공지영 도가니

文学と映画 行ったり来たり――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)
苦痛と悲愴の背後に、偽善と暴力の巨大な世界がある

 本稿の第1回と第11回で孔枝泳を、第2回で金承鈺の『霧津(ムジン)紀行』を紹介した。『るつぼ』は、孔枝泳が、金承鈺が仮想した町「霧津」を舞台に書いた小説だ。霧津は霧に覆われた架空の都市である。有名な小説に描かれた都市を借りて、孔枝泳は小説を書いた。

   カン・イノが自分の車に簡単な引越荷物を載せてソウルを出発したころ、霧津市には海霧が押し寄せ始めた。巨大な白い獣(けだもの)が海から湧き出し、じめじめした微細な毛で覆われた足を大股で踏み出すように、霧は陸地に進軍してきた。(略)海辺の絶壁の上に建った四階建石造建築の慈愛学園も、そんな霧のなかに吸い込まれていった。

 小説の冒頭はこうだ。主人公が向かう霧津の不気味さを表している。カン・イノは事業に失敗し、妻の勧めで聴覚障害者特殊学校の臨時教師として赴任するために霧津に向かっていたのだ。妻子はソウルに残っている。
 彼の赴任する慈愛学園は、私立の聴覚障害者学校で寄宿舎を併設している。ここでカン・イノは凄惨な性暴力と対峙することになる。
 カン・イノは霧津に来て学生時代の先輩である女性ソ・ユジンに出会う。ユジンは離婚して持病のある子どもたちと霧津で暮らしていて、霧津人権運動センターに勤務している。ソ・ユジンたち人権運動センターは障害者施設での性的暴行の事実を知って、警察や教育庁、市の福祉課などに訴えるが相手にされない。やむなく被害者少年・少女の証言を報道に訴える。やっと、慈愛学園の経営者兄弟イ・ガンソクとイ・ガンボク、それにもうひとりの暴行教師パク・ボヒョンが逮捕される。しかし裁判は被害者や支援者たちにも大きな痛みを負わせる。町の有力者たちは相互に依存して既得権益を得ているために、被告に有利な証言が続き、裁判は厳しい状態に陥る。
 韓国現代史によって築かれた強固な体制と、歪んだ価値観が町を支配しているのだ。慈愛学園という障害者施設は、朴正煕が軍事クーデターで政権を奪取した直後の1964年、イ・ジュンボムという男が設立した。この男は市の福祉課に勤務していて福祉予算が結構な額に成ることを知っていた。イ・ジュンボムは今も理事長職にとどまっており、その双子の息子イ・ガンソクとイ・ガンボクは、それぞれ校長と事務局長を務めている。学校には手話ができる教師は少ない。給与を貰うためだけに通勤している彼らの大半は、何があっても見ぬふりをしている。「沈黙のカルテル」によって身を守っているという訳だ。
 「沈黙のカルテル」は学校内だけでは済まない。イ・ガンソク、ガンボク兄弟は、聴覚障害者を食い物にする鬼畜にも劣る「人格者」であり、子どもたちは性欲の犠牲者になっている。ところが彼らは慈愛学園の実権を握っているだけでなく、霧津栄光第一教会の長老役を任されている町の名士である。彼らがやむなく被告となっても、町の体制を築く人々の固いカルテルは崩れない。
 〈この子どもたちの苦痛と悲愴の背後に、巨大な世界が隠れていた。暗闇の世界、恐怖の世界、偽善と病と暴力の世界。〉
 霧津では、法律家はもちろん、警察・医師・教育長そして、教会の信徒たち等、既得権益を持つ上流階級がこぞって被告人たちを守る体制を維持し、ソ・ユジンやカン・イノ、そして被害者の聴覚障害児たちを苦しめている。貧しい障害者の家族には買収で訴訟を取り下げさせ、法廷では聴覚障害者の人格を貶(おとし)め、インターネットを利用してカン・イノやソ・ユジンに対する個人攻撃を展開した。
 カン・イノは被害者側の証人として法廷に立つが、過去の女性関係をネタに性暴行犯と非難されてしまう。偽装された民主主義の背後にあるものは、暴力と金によって支配された社会なのだ。
 朴正煕独裁政権時代に現在の既得権益を得た上流階級との闘争は、裁判がイ兄弟に執行猶予を付けた軽い刑で終わり、カン・イノが去ったあとも続いていく。ユジンたち人権運動センターのメンバーたちや、裁判闘争で連帯した教師たち障害者たちは戦い続ける。
 この小説は実際に光州でおきた事件をモデルとしている。光州と言えば1980年の光州闘争を経て、韓国民主化の故郷とも呼ばれる都市である。小説の終盤では民主化運動28周年記念式典に、聴覚障害者たちのデモ隊が近づき拘束されるという皮肉な場面が登場する。光州闘争から28年後のこの年、李明博政権が誕生していることを知っていれば意味のある場面だ。
Photo_2   金承鈺の『霧津紀行』は1960年代朴正煕時代の不条理を描いた。主人公は妻の実家の力で出世し、最後は妻からの電報でソウルに帰っていく。『るつぼ』は民主化されたはずの現在を舞台にしている。実は朴正煕時代以来の既得権益を持ち続ける支配層が町を牛耳っている。彼らは聴覚障害者を養女として、自分らに忠実な愛人兼番犬として育て、寄宿舎の支配を任せた。そして、あどけない生徒たちを性欲の犠牲として、死者が出ても顧みることがなかった。やりたい放題の不条理が、学校も町も霧のように包んでいたのだ。
 カン・イノは『霧津紀行』の「私」と相似している。時代を変えて現れたようだ。映画では人気俳優コン・ユが演じたそうだが、原作のイメージではない。設定がだいぶ異なる。今回映画は観ないことにする。ちなみに『霧津紀行』のモデルは順天だと言われている。

2011年12月16日 (金)

文学と映画 行ったり来たり――第16回 ハン・ガン『菜食主義者』

文学と映画 行ったり来たり
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)

                                              林   浩 治
                                       
第一六回 本は読むべし、映画観るべからず

 韓国ドラマはたいてい主人公の出生からはじまる。彼らの両親、生まれ育った環境、時代から語られる。歴史がドラマの土台として据えられるのだ。歴史の重みがドラマの重みとして表現される。文学も同じことだ。だから、たとえ直接歴史が描かれないとしても、現代韓国文学の背後には現代史が透けて見える。
 ハン・ガンの『菜食主義者』(CUON)は個人の狂気と家族の崩壊を描いていて、まことに恐ろしい小説だ。しかし、その見えない土台になっているのは、現代史だと言って過言ではない。
 『菜食主義者』は、「菜食主義者」「蒙古斑」「木の花火」という三つの中編から構成されている。「菜食主義者」の主人公は中流の会社員で、その妻ヨンヘは地味で、取り立てて魅力的でない代わり、短所もない女である。その妻があるとき突然菜食主義者になる。否、あらゆる肉類を家の冷蔵庫から廃棄してしまう。妻の姉が分譲マンションを購入した祝いの席で、肉を食べない妻を、田舎から上京した義父は殴りつけ、無理矢理に酢豚を口に入れる。妻ヨンヘはそれを吐きだして、ナイフで手首を切る。
 「蒙古斑」では、精神を病んだヨンヘを、姉の夫は芸術的対象として、性の対象として扱うようになる。姉の夫はヨンヘと自分の身体に花々を描いて交わりそれを撮影したが、寝ているあいだに妹を訪ねてきた妻に観られ、救急車を呼ばれてしまう。
 「木の花火」では郊外の精神病院に入ったヨンヘは木になることを望み、何も口にしないようになる。
 さて、このように変遷するヨンヘの出自だが、父親は家父長的で〈ベトナム戦争に参戦し、武功勲章を受章したことを最も誇りに思っている〉ようなやからで、ベトコンを殺した自慢話をすぐする。家族に対しても暴力で牛耳っている。これは特異な例を仮想しているわけではあるまい。豊かな生活を送っている中流社会がどうやって形成されていったのか。経済成長し、豊かで幸福な韓国社会の根源の歪みが前提となっているのだ。
 ヨンヘの夫の「中の上」意識も歪んでいる。一流大学を卒業し、大企業に入って競争社会で勝ち抜くよりも、そこそこの大学を卒業し、そこそこの「能力」で重宝がられる中小企業で生きていく。いわば上を目指さず下を蔑視して満足していこうというわけだ。選んだ妻も特別な美人でも優秀でもないが、おとなしくて文句を言わない女を選んだ。
 ヨンヘが父の暴力の対象になったのに比して、姉インヘは父の横暴からは上手く逃れて成長し、化粧品店の経営で自立して経済的にはそこそこ成功した。選んだ夫の家族は教育者と医者が多い家柄で、本人は芸術家だった。芸術家と言っても夫は収入のない芸術家であった。その夫は、妻の経済力を頼りにして「芸術」と称するビデオ撮影に明け暮れている。妻は夫の芸術を理解している訳ではないので、この夫婦は相互に理解し合わない夫婦である。それはヨンヘ夫婦も同じだ。
 彼らは一見幸福に満ちていて、姉の家に両親・兄弟姉妹が集まってパーティーを催す様子は傍目には成功した家族関係の表象のようだ。だが、果たしてこうした家族関係が「まっとう」だろうか? そうではないから、作者はこのパーティーの席での暴力をわれわれに見せつけたのではないだろうか。
 資本主義社会の中流で歪んだ人間関係、腐敗した家族、本能的で利己的な「芸術」、経済成長した民主主義と称する社会の根底の狂気。そういった真実のテーマを見ないで表層だけで読み解こうとすると失敗する。
 この小説、映画にもなった。日本でのタイトルを「花を宿す女」と言う。DVDは、翻訳が朝日新聞で紹介されたために急遽発売されたと思われる。パッケージに本のカバー写真が出るのは珍しい。
 正直、眠い映画だった。そもそも文学作品の映画は難しい。表面的には少ししか書かれない重要な部分の表現が困難なのだろう。ヨンヘの夫は韓国社会を理解する上でも、ヨンヘを理解する上でも重要な存在だが、映画では一般的な会社員に過ぎない。ヨンヘの父親は粗暴なだけで、その粗暴さがどこから来るのか語られない。姉の抱える闇も殆ど見えない。中心であるべきヨンヘの狂気さえ充分に描けていない。ヨンヘとの異常な情欲に溺れる姉の夫だけが、画面を醜く占領している。その夫の出身も末路さえ示唆されない。
 チェ・ミンソの初ヌードが話題になったとか。「売り」だったのかも知れないが、単調なセックスシーンは美しくもエロティックでもない。ボディペンティングの花がちっとも生きてこない。同じヌードでもチョン・ドヨンの「ハッピーエンド」(二〇〇〇年)は問題提起があった。ヨンヘの抱えた闇を人間個人の病みというふうに狭小に眺めると、重層に積み上げられた歴史上の政治を捉えることはできない。
 文学作品に直接照射されない時代だったり政治だったりするものを、読み取れない者が映画を作ったりしてはいけないのだ。(もっとも映画館で観たわけではなく、DVDで観たので、省略されている部分も多いのだろうが、本質的に映画の評価が変わることはないだろう。)
Movie_2

2011年10月22日 (土)

詩 霧雨

      一時間ほど残業して、協力会社の来社を待ち
      急ぎの仕事の手配をして
      トイレの窓から息を吸い込むと
      もうこの時間ではすっかり暗くなってる空が、濡れているようだった
      
      社員通用口から外に出たら
      案の定霧雨が降っていた
      先日買ったばっかりの大型折りたたみ傘をリュックから出した
      バスの時間に間に合わなかったので
      少し離れた別のバス停まで歩きながら
      放射能の雨かも知れないのに
      妙に晴れ晴れした気持ちの私は
      今朝降格を言い渡されたためだと知っていた
      
      基本給が下がると 定年の遠くない私は
      二〇〇万円位は退職金が下がるかも知れないなどとせこいことを考えながら
      バスに乗り 列車に乗り
      年老いた母の待つ家のある駅で降り
      また傘をさして たいした雨でもないななどと
      不見識な思いに囚われて
      建築現場の間の路地から わが自転車駐輪場へと入って行き
      自転車にまたがって前の籠に縮めた傘を放り込んでしまった
      
      三月十一日は真っ暗だった同じ街だが
      霧雨の降るなかでも街灯が朱く連なって先を照らしている
      国道を渡り 市役所前を走っていくと
      黒い帽子の庇があってもメガネのレンズが濡れてきた
      細かい雨はやがてびっしりと私の身体を包み込んだ
      放射能の雨かも知れないと思い出して
      脇道に入ってから一旦自転車を止め また折りたたみ傘をさした
      
      業績の悪い会社が私の給料を減らしたとしても
      放射能の雨で汚染されるのは厭だなと
      道路交通法違反の傘差し自転車運転と知りながら
      唾をペッと吐いて走り出した

2011年10月10日 (月)

耳のないうさぎ

      生まれたてのうさぎ
      てのひらサイズのうさぎ
      白くてまるまっちくて 耳のない子うさぎ
      元気に葉っぱを食べている
      三羽のきょうだいたちには耳があるけど
      きみには耳が無くって
      ネット上では「かわいすぎる」と話題だ
      
      耳のない小さな子うさぎ
      白い毛の生まれたばかりのうさぎ
      フクシマのナミエチョウのうさぎ
      
      きみには耳がないけれど
      三羽のきょうだいたちには なにがないの?
      
      かわいすぎる小さなうさぎ
      マシュマロみたいなうさぎ
      福島第1原発からは三〇キロ以上離れている
      自然の豊かな村の 草と水で育ったお母さんから生まれた
      かわいすぎる子うさぎ
      耳のないかわいいうさぎ
      健やかに育ってください

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