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紅 門 (ホンムン)

二一世紀のある日

ぼくは白くて恥ずかしい合成皮革のスニーカー履いて

一九四五年から六十年の歳月を隔てた

ソウルの街を歩いている

きれながな目を持つ女子高生たちが楽しげにいく

二重まぶた 大人の女たちが追い抜いていく

自家用車とバスとタクシーがけたたましく路面を擦り減らす

石橋の下は

軍事政権の時代、高速道路下の暗渠だった

堪らなく臭いどぶ川は近代化の蓋で隠されたのだった

細流は今は清流として市民の憩いの場となっている

植民地時代には日本人町と朝鮮人町を分ける一筋の流れ

清渓川の南側日本人町だった明洞に宿を取り

かつて朝鮮神宮が置かれた南山(ナムサン)の中腹に向かった

石段を見上げると遙かにタワーが屹立し

振り返ると蒋経国から寄贈された金九の像が高々と手を上げて踏みだしている

首を垂れた灰色の小犬が小走りに横切る

坂道を下り 曇り空の下を歩く

南大門の前を過ぎて雑踏の中に入る刹那

ハイヒールを履いた妊婦とすれ違う

さなぎを煮た香ばしい匂いが漂ってくる

ロッテ百貨店の前まで来たところで

背中では 南大門炎上

けたたましい消防車の放水の圧力で炭化した木造建築が煙をあげて瓦解する

あとには石造りの土台だけが残ったが、それだけでも幸いと呼ぶべきかも知れない

火の粉を振り払い

地下商街へ潜っていった

ここは色とりどりの偽物があふれる

「コピー商品あるよ」と小声で囁く

「古い餅で作っているよ」って、伊勢の菓子司も囁けば良かったのだ

冷凍の鏡と勾玉よ 御神体なら古くても良いが 食い物はちょっと困るだろうと、

思いながら ぼくは鳥居をくぐる

くぐるというより 遙か空中の桟の下を通り過ぎる

通り過ぎたのは鳥居ではなかった

気がついてみると、ソウル中心部から離れた鷺梁津

水産市場の香り漂う巷間を抜けて

紅箭門を天井遙かにくぐり堂山の坂を上る

紅箭門は俗世と神域との境

中腹の右手に見えるのは不二門

五色の華やかな意匠が流線型に彩られて一定の秩序をたもつ

緑豊かに葉の生い茂った柿の木

青々とした芝生

李承晩が立てた六角の石塔は死六臣碑

そして、忠君の死六臣を称えた書院

赤銅に焼けた鉄を脚に突き刺さされ 切り落とされた腕から血を吹き出しても

君に対する義を貫いた

臣の魂が松の木に乗って昇天する幻影

松林の内側には緑の廣場がオタマジャクシの土まんじゅうを七基抱えている

元軍人の老人たちが参拝する

暴力で暴力と戦い 死で死を贖った 忠君の誉れ

振り返ればわが国の

友だちの友だちがテロリストである政治家はテロリストじゃないのか

平和を偽装した肥ったテロリストじゃないのか

「愛国」偽装した事務次官は死の商人に魂を売っていた

どうせ前時代の義さえ持たない偽装された正義

偽装でなくっても

フォフグラなんて脂肪肝 よくも食いやがる

それでなくとも歴史の脂肪でメタボリックな我が国民は

ベルトコンベアーにぶら下げられて

開いた口に飼料を詰め込まれていたのだから

それが被害だと言ってもフォアグラに義はない

文明の偽装は鳥居ならぬ紅箭門を通りすぎる

丘の上から町並みを見下ろそうとしたが、目の前に立ちはだかる高層アパート群

そぼ降る雨に霞むこともなく 間近に迫る

六死臣所縁の地を去り

十五世紀から十六世紀へ向けて、地下鉄1号線で五十年ほど駆け下り、

議政府北部から埃っぽいバスに揺られて更に数十年

チャングムの時代に至った

しかし、ここは何とも薄っぺらな王宮だ

板一枚の建物が大建築に見えるのは撮影による偽装だが

これは結構ゆるされる

宮廷女官に偽装した 観光客の日本人や中国人たちが記念写真に並んでいる

韓国なのに 偽装とはいえ朝鮮時代の歴史舞台に

聞こえてくる声は日本語と中国語ばかり

そりゃそうだろう ここは聖域ではない

紅門がない むろん禁川もない

薄っぺらな写真を背後にして道端の露店でおでんを買って食べていると

幼子たちが 黒地に赤白黄緑青のカラフルな縞模様を入れたチョゴリを着て

列をなして歩いていく

赤黄青の渦巻く小さな太鼓をたたいている子もいるし

お互いの小さな手を握りあっている子らもいる

現代風の昔 テレビの中の昔を演じる子らは偽装ではない

かといって神聖などでは 更にない

白衣に墨を塗った記憶

塗られた記憶

今の昔は赤白黄緑青

「此路を右折して暫く走ると三八度線です」

タクシーは空を飛んで三八線を越え ぼくを共和国の地に運ぶ

運転手の母親を捜すが見つからない 父親は死んでしまったろうか

歳は聞いていないが かなりのはずだ

サーチライトに追われてぼくらは逃げ帰る

コンクリのトンネルを抜けて

タイムカプセルの蓋を開けて ぼくは出てきた

どうやらここは南山韓屋村らしい

六死臣の一人朴彭年の邸宅が隣接している

今は高級な韓国料理と煌びやかな民族芸能を堪能する場所となっているが

コリアンハウスにぼくは入らず、

韓屋村の露店でマッコルリ一杯飲み干した

(『同行者大勢』第8号 2010年12月)

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