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2024年5月12日 (日)

金由汀『セーチャメ』『金由汀短編集』

辺境から辺境へ伝達される民俗
金由汀『セーチャメ』『金由汀短編集』社会評論社

 昨年(2023年)在日朝鮮人女性作家金由汀の小説が2冊上梓された。在日女性文学誌『地に舟をこげ』や、大阪文学学校出身者の同人誌『白鴉』などに発表された作品をまとめたものだ。作者は1950年生まれのベテラン作家だが、本になり不特定の読者を得る意味は小さくない。

Photo_20240512212701  『セーチャメ』は前近代を引きずる土俗的な因襲と、植民地化による近代への変化の過程を、ムーダン(巫女)という被差別者の娘として生まれた三姉妹のそれぞれの生涯を通して描いた力作。『セーチャメ』のタイトルは韓国語で「三姉妹」ほどの意味だ。
 三姉妹の母親ミンスッは済州島出身の放浪巫女で、1903年の晩春長女のウォルミを連れてウラジオストクから清津(チョンジン)に着き、巫堂(ムーダン)として祈祷しながら済州島に辿り着いた。済州島でミンスッが住み着いたのは兔山村(トサンマウル)という因襲に満ちた村だった。
 妊娠していたミンスッはそこでウォルゲを産み、3年後にはウォリが生まれた。セーチャメの父親はそれぞれ違った。この小説に出てくる女たちは、とにかく男に犯される。女たちもそれを当たり前のように受け入れる。ないしは諦めている。ミンスッの3人の娘たちもそれぞれほぼ強姦されて妊娠する。相手が誰かなどほとんど問題にならない。孕めば産むだけだ。
 長女であるウォルミの父親は王族の血をひく両班の息子を自称していたが遊び人で働かない。色白で背が高いウォルミも気位が高くすましている。自分では男を弄んでいると思い込んでいた。老人の妾になったが子供を産み落とすと逃げた。京城(ソウル)に辿り着くが都会ではウォルミの魅力もかすんで、売春しか生きるすべがなかった。
 次女のウォルゲは肌は白いが日に焼けて黒かった。ネズミや虫を平気で手で捕まえる逞しい少女だった。父はウラジオストクの男だったためか、瞳は薄茶色で時折青くなった。
 ウォルゲは済州島の女らしく力強かった。自分の意志で生きていこうと思い家を出て海女になった。済州島の女性は雨露さえしのげる場所と畑があれば、畑を耕しながら海に入った。ウォルゲは子供を産んでから後には日本に出稼ぎに行き海女をしたり商売をしたりして生きたが、北朝鮮に帰国して寂しく死んで行った。
 ウォリはおとなしい性格で霊感があり、母に従って巫女になった。
 物語は前近代の原始的民俗が残る20世紀初頭の済州島から、戦後の朝鮮、日本、朝鮮民主主義人民共和国の老人ホームまで広がる。大阪の朝鮮人部落の様相や在日朝鮮人の逞しい暮らしが描かれると同時に、北海道への徴用、たこ部屋の悲惨な様子などまで広がる。
 ミン・ジン・リーの『パチンコ』よりずっと歴史的リアリズムに長けている。

Photo_20240512212702 『金由汀短編集』に収録された諸篇は、主に日本を舞台にして在日朝鮮人の像を描いている。ただ、その様相は一様ではなく単純化もされない。あるがままの複雑を描く努力が成されている。
 特徴的なのは、朝鮮民主主義人民共和国訪問団や北朝鮮が描かれたことだ。
 「イカ釣り」は祖国訪問団を乗せる万景峰号が舞台だ。同乗する李俊一は10歳で北朝鮮に「帰国」した「キーポ」だ。平壌音楽大学大学院で学んだエリートだが、日本のラジオ放送を聞いていたのを密告され査問された。自己批判を強要された俊一は不穏分子の摘出と日本での資金調達を指令された。万景峰号は日本で仕事をしての帰路だった。船縁では油にまみれたランニング姿の乗務員たちがイカ釣りに熱中している。李は共和国のエリートとしての矜持で底辺の彼らと違うのだと自分を納得させようとしていた。
「タンポポ」でも万景峰号は重要なモチーフだ。純子は祖国訪問団の一員として万景峰号に乗った。父李顕成は事業に失敗して33年前に朝鮮民主主義人民共和国の帰国事業で帰国している。顕成の兄家族は一家揃って帰国していたが、母や純子姉弟はついて行かなかった。
 純子は25年前、在日朝鮮人の歌劇団が祖国公演したさいにその一員として、痩せて白髪になっていた父と再会していた。顕成は朝鮮で再婚、妻玄末順とのあいだに息子光烈があり、光烈は妻と娘三人の暮らしだ。顕成の死後、墓を守っているのは光烈だ。
 今回の祖国訪問は父の骨を分骨して持ち帰るためだった。墓参にサムシンと呼ばれる神房(シンバン)が同行するなど、社会主義国だとは信じがたい迷信が北朝鮮にも生きている。
 純子は父の好物だったタンポポのナムルを、北朝鮮でも食べていたと知り懐かしさを感じた。
 「蛇の穴」の明子も万景峰号で北朝鮮を訪ねた。父の母である祖母が35年前の1971年に北朝鮮の養老院で亡くなっているのだ。祖母は叔母たちと住んでいた。
 明子は祖母の墓土を削って持ち帰るが、病室の父は表情を変えない。
「タンポポ」でも「蛇の穴」でも、北朝鮮の親族は日本の親戚に経済的援助を頼む。帰国した在日の親戚と日本に住む同胞との関係が垣間見える。
「むらさめ」の主人公明子は「蛇の穴」同様に親が済州島出身だ。明子は大阪で居酒屋を営んでいる。夫は働かないで妻が働くのが当たり前という済州島出身「在日」あるあるが語られる。
 ここでも、寺でムーダンが踊り転げ回る様子などの民俗が描かれ、古き在日朝鮮人の生活、風習、因襲が書き残されたとも言える。また、在日方言が多用される点も注目に値する。
 この小説は重層的な差別もモチーフの一つになっている。韓国のなかでも陸地(本土)に差別される済州島、その中でも明子の母の故郷である最南端の村は差別されていた。仕事嫌いでのんきな夫は明子を所有物思っているなど女性差別も背景にあって差別の構造は複雑だ。
 中国東北部朝鮮族自治区から日本に留学して来た青年の実体を描いた「翔べないガチョウ」では、借金までして日本に来たがアルバイトの生活に疲弊していく。
 主人公は〈これが、あの、皆が羨む輝かしい外国の留学生活か?〉と思い悩む。日本に来てから犯罪者になった者、逃げていく者、不法就労のまま金儲けに励む者を見ているからだ。
 外に、韓国に留学中にスパイとして逮捕されてしまう青年を描いた「一一三番」、朝鮮市場のキムチ屋で働く女性たちの事情を描いた「黒柿」など、在日朝鮮人を描いた佳作を集めていて好感が持てる。
 在日という辺境は北朝鮮や朝鮮族自治区という辺境、また歴史の狭間で見失われそうな時間軸の辺境に繋がっているのだと読まされた。
 残念なのはやや雑なところか。細部まで神経の行き届いた文章とまでは高望みはしないまでも、もう少し丁寧に作って欲しかった。罪は作者4割、編集者6割である。

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