フォト
無料ブログはココログ
2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

« 2023年4月 | トップページ | 2023年8月 »

2023年6月 9日 (金)

チャン・ウンジン『僕のルーマニア語の授業』/ 済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』

マイナー言語のまま阻害された心を描く、言語民族主義の克服
チャン・ウンジン(須見春奈訳)『僕のルーマニア語の授業』CUON
済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』左右社

 2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まって1年4ヵ月が過ぎた。南部ヘルソン州でドニプロ川に設置されているカホフカ水力発電所の巨大ダムが破壊され、600キロメートル以上が水没、数千棟の住宅が浸水、ウクライナ市民6000人超が避難した。ロシアが仕掛けた地雷の多くが流されてどこに行ったか分からない。貯水池の水が減少して農業に深刻な被害が予想される。化学物質や細菌も流出し、深刻な環境汚染も懸念される。ザポリッジャ原発の冷却水も不足し危険な状態が更に悪化しそうだ。
 毎日の悲惨なニュースのおかげで、それまでまったく知らなかったウクライナの地名や地理に少しだけ詳しくなった。とはいえ、ロシアとウクライナの関係など何となくしか知らないので、黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)を読んだが、東欧の歴史は複雑怪奇だと嘆息するしかない。余りにも無知だったからだけど、島国根性に汚染された身にはなかなかに理解が追いつかない。
 同じスラブ民族でルーシ公国を先祖としながら、北方に逃れたモスクワ公国の方が強大なロシア帝国としてウクライナを支配することになり、独立後の今もまたウクライナ支配を企てているとは、名状しがたい。
 ウクライナとロシアは同じスラブ語ながら異なる言語を使用していて、ウクライナ語は常にロシア語によって弾圧され消滅の危機にあっていた。現在も東部や南部、クリミア半島ではロシア語が強制されているようだ。なんだか日本による朝鮮植民地支配における朝鮮語、朝鮮文学弾圧を想起したが、同族という意味では沖縄言葉の禁止の方が近いのかも知れない。
 ウクライナ戦争によって、ウクライナ周辺の国々の位置関係を知るようになったボンクラは私ばかりではないと思う。
 ウクライナの南に位置する大きな国はルーマニアだが、ルーマニア語はロマンス諸語に分類されるので、ウクライナ語とは大分違うようだ。だがルーマニア語は隣がウクライナだけのことはあり、スラブ諸語の強い影響を受けているのだそうだ。
Photo_20230609212001  韓国の作家チャン・ウンジンの『僕のルーマニア語の授業』を読んで、ルーマニア語の授業って、そう普通に書かれても日本の大学でルーマニア語て発想は浮かばない。韓国にしても登場人物たちの母校は外国語大学に違いない、などと自己を納得させている。
 もっともハン・ガンに『ギリシャ語の時間』という小説もあるので、井戸のように狭いダイニッポンコクと違って韓国では多様な語学が学ばれているのかしら、などと思わない訳でもない。
 さて『僕のルーマニア語の授業』は、大学の「初級ルーマニア語翻訳演習」のクラスで見つけた、秋の瞳を持った彼女を回想する僕の話だ。この短い小説に出てくる登場人物は、主に僕と彼女キム・ウンギョンと後輩のヒョンスの3人だ。一見なんともなく自由に生きているように見えても、3人とも行きにくい世の中で辛い生を耐えている。
 学生時代の僕はルーマニア文学の研究者として大学に残るつもりでいたが、今は満員電車に押し込まれて運ばれる平凡なサラリーマンだ。
 僕が翻訳していたドリネル・チェボタールは無名に近い作家だった。チェボタールは都会に暮らす人間の孤独をよく表す作品を書いていて、自身も不安と孤独を抱えていた。アルコール依存症で精神病院に長期入院していたこともある。僕が翻訳した9篇目で最後の小説「キャンドルと夢」は精神病院で書き上げた作品だ。作家は孤独と苦痛を毎日紙に刻み磨くように綴ったに違いない。
〈たったひとりのために好きな作家の小説を翻訳することがどんなに楽しかったか。〉
 寒さの中駐車された車の下に隠れる野良猫の、腹を減らせた姿が魅力的に描かれる。
Photo_20230609212002  この美しい小説を読んでもルーマニア文学に特別な思い入れをすることはないのだが、気になっていた『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』(左右社)を読んだ。書いたのは済東鉄腸という若い作家で、難病を抱えながらネット上で「友だち」を増やしてルーマニア語を学びルーマニアで作家デビューしてしまった。
 済東によると、ルーマニアでは小説家で飯を食うことはできず、作家とはイコール兼業作家なのだ。だいぶ以前に島田雅彦が、日本の小説家は殆ど労働者作家だと話したのを聞いたことがある。小説を書く大学の教員や医者とかが労働者かどうかも疑問だが、わが国には働かない専門作家もいるだろう。
 さてこの本『千葉からほとんど出ない引きこもり~』は、済東のルーマニア文学に熱中していく過程や、試行錯誤、失敗と赤恥の表出に嫌みがない。若者言葉・文化の連用には爺読者としてはやや引き気味だけど、共感の方が圧倒的に多い。自己肯定感の低いひきこもりである済東には誇張した自尊心は見えない。カッコイイを目指した様子はあるのだが率直でペダンチックでない。こじれたネトウヨと対照的だ。10歳以上若いルーマニア人を師匠として仰ぎ、ずっと年上の研究者を友人としている。
 日本人が外国語で文学作品を書く、というのは多和田葉子が代表選手だろうし、斎藤真理子も韓国語で書いた詩集を上梓している。逆にリービ英雄、デビット・ゾペティ、アーサー・ビナード、シリン・ネザマフィ、楊逸、李琴峰など文学的表出に日本語というマイナー言語を選んだ外国人はもはや枚挙に暇がない。彼らは帝国主義によって言語を押しつけられたのではなかった。
 こうした文学徒はこれからも増えるだろう。世界には母語ではない言語を自己の文学表現のツールとして選択する作家や詩人が少なくない。言語民族主義の終焉は近い気がする。
 ロシアよプーチンよ、ロシアファースト止めようよ。時代遅れの思想はこの惑星を終わりに近づけるだけです。

« 2023年4月 | トップページ | 2023年8月 »