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2023年4月 6日 (木)

ペク・ナムリョン『友 벗』

北朝鮮体制派作家の文学
ペク・ナムリョン『友 벗』 和田とも美訳 小学館

Photo_20230406210601  ペク・ナムリョン『友』が描いたのは1980年代北朝鮮の地方都市だ。北朝鮮の市民生活を描いた小説が日本で翻訳出版されることは珍しい。
 作者のペク・ナムリョン(白南龍)は北朝鮮の作家だ。それも解放前(日本の植民地時代)からの作家ではなく、また海外に脱北した反体制作家でもない。北朝鮮で地位を得ている体制派の小説家だ。訳者解説によると、この本は1988年に平壌で出版された。北朝鮮はまだ金日成(キムイルソン)の時代だ。韓国でも1992年に発行され、フランスやアメリカでも翻訳出版されている。
『友』は離婚訴訟をめぐる請求者夫妻と、これを担当する人民裁判所判事及び判事の妻や、職場の同僚たち等の姿を通して、家庭とは夫婦とは何かという問題を提起している。
 チョン・ジヌは山間都市の人民裁判所で判事として勤めている。そこに女性が離婚相談に訪れる。女性は33歳のチェ・スニ、芸術団のメゾソプラノ歌手だ。夫は機械工場の旋盤工で35歳のリ・ソクチュン。
 チェ・スニは「あの人とは生活のリズムがまったく合いません」と涙ながらに訴える。自らは向上心が強く、夫は余りにも平凡で会話が成り立たなかった。
 スニも元は同じ工場に勤めていたが、才能を認められて道(行政区画)の芸術団で専門歌手になっていた。
 夫のソクチュンは旋盤工として社会のために服務することを生活信条としていて、開発に失敗すると無駄にした資材分を弁償するような男だった。妻に、人格と知識を向上させるために工業大学で学ぶことを勧められても、大学卒の肩書きより技能工として平凡に生きることが大事だと主張した。
 チョン・ジヌ判事は、7歳の子どものいる二人の生活に深く踏み込んでいく。日本でこういうことはないだろうな、と思う。
 チョン判事は離婚訴訟を調査していくうちに、自分と妻との関係を重ねて考えるようになる。妻のウノクは高地での野菜品種改良に熱心で、しゅっちゅう主張してなかなか戻らない。家の中にも実験温室をつくり、妻のいないあいだはチョン判事が世話をしている。家事もこなすチョン判事は内心では妻に不満を持っていて苛立つこともある。
 この小説には形式的な英雄主義や、典型化による政治の文学化から脱した表現で人間の煩悶が描かれている。むしろ「やりがい搾取」が批判され、社会の変化に伴う人間の欲望に同情的だ。
 どんな社会にも人間の生活があり苦悩がある。喜びがあれば怒りがある。幸福を支える土台に辛い生が固くうずくまっている。
『友』を読むと、北朝鮮社会では家庭が〈社会という有機体の一つの細胞〉とされていることが分かる。家庭は祖国の小さな縮図なのであり、家庭が国家の生活単位だとされている。
 そこに肯定的な評価はできないが、社会の価値観は時代や地域に左右される。日本と韓国で常識が異なる以上に、韓国と北朝鮮に住む人びとのあいだでは、その違いは大きいだろう。今読まれれば別世界の小説と思われるかも知れない。
 しかし江戸の時代小説や、明治を描いた小説を読んで封建的だからダメだとは言えないように、社会を支配する宗教や政治思想が異なる世界を描き、我々とは前提となる価値観が違っても文学的価値が損なわれることはない。
『友』をハッピーエンドと読む読者もいるし、この先の不安を想像する読者もいるだろう。北朝鮮は現代日本とは違う政治社会だが、自己実現と結婚や夫婦生活における相互理解の困難は共通している。
『友』が出版された1988年と言えば、韓国で盧泰愚大統領候補が「6・29民主化宣言」発表を余儀なくされた翌年で、オリンピックが開催された年だ。88(パルパル)オリンピックに北朝鮮は参加していない。その後の南北の歩みは対称的だ。
 北朝鮮の体制派作家を、詩人白石(ペク・ソク)の末裔と呼んだら不遜だろうか。白石だけでなく、ペク・ナムリョンは解放後の混乱のなか追われるように越北して北朝鮮に逃れた朝鮮の作家たちの子孫なのだ。その意味はアン・ドヒョン(五十嵐真希訳)『詩人白石 寄る辺なく気高くさみしく』(新泉社)を参照されたい。

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