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2023年2月11日 (土)

キム・スム『さすらう地』岡裕美訳 新泉社

貨車で運ばれた棄民の歴史
キム・スム『さすらう地』岡裕美訳 新泉社

Photo_20230211164101  ロシアのウクライナ侵攻は多くの難民を輩出し、その一部は日本にも辿り着いた。日本にはクルド族などの事実上の難民も、人権を侵害されながら定住している。ミャンマーでは民主派の活動家が国内難民化し、少数民族地域に脱出して闘っている。それ以前からロヒンギャ族の人びとは、国軍による激しい弾圧から逃れる逃避行が続いている。
 6日に起きたトルコ南西部の地震で、被害に遭ったクルド族やシリア反政府組織支配地域住民の今後が心配される。
 難民は侵略戦争と有機的に繋がっている。日本の侵略にあい土地を奪われた朝鮮の人びとは、日本や満州あるいはロシアの極東地域沿海州などに生活の糧を求めて移住していった。移住地では寒冷の荒れ地を開拓して町をつくった。やっと生きられるようになったところで、彼らは追放された。
 1937年8月21日、ソ連人民委員会議および全連邦共産党中央委員会の極秘決定により、国境地域からの朝鮮人追放が命じられた。極東地方への日本のスパイ活動の浸透を阻止するためという名分だった。
 移住という名の追放は、9月9日から10月25日までに、中央アジアへ約17万2000人の朝鮮人が追放された。
 キム・スム『さすらう地』は、馬や山羊などの家畜を運ぶ貨車に詰め込まれて運ばれる人びとと、その会話を描いた。
 いきなりの移住命令で行き先も知らされていない。みな混乱したままだ。夫が行商中で不在の妊婦とその姑、乳飲み子を抱いた妻とキリスト教徒の夫、夫と離婚した母と息子、聴覚を失った歌い手と妻、ロシア人の夫と別れた妻と幼い息子などなど。それぞれの事情を抱えた個別の生を生きてきた。
 彼らはストーブの消えたトイレの無い貨車で、昼夜の区別も分からなくなりながら、持参した食料だけを少しずつ食べ、窮屈な列車内でおまるやバケツに排便して備えられたドラム缶に捨てていた。
 彼らは1ヵ月を超える苦難の旅程を、手も洗えない不潔な状態で過ごさなければならなかった。不安と怒りと恐怖に苛まれながら、お互いの身の上を語り合った。
 朝鮮国籍、日本国籍、ロシア国籍を取った者、ソビエトの人民として認定された者、国籍を一切持たなかった者も、見た目が朝鮮人であれば貨車の客となった。忠実な共産党員、ボルシェビキ、革命家や独立運動家でも、朝鮮人であって逮捕を免れた者は貨車に乗せられた。
 革命が成功すれば朝鮮民族や他の弱小民族も見下されない社会になると信じた朝鮮人には、余りにも悲惨な道程だ。
 42枚の小さな巾着に種を入れてチョゴリとチマの内側に縫い付けた姑の、土地を耕し生きる民の発想は豊かで堅実だったが、運命は想像を超えて残酷だった。
 ファンじいさんの言葉には微かな希望が感じられるが、ここで全てを紹介はできない。ただ、「彼らの主人になろうとするな……、彼らのしもべになってもいけない……」という言葉には歴史を超える重さが感じられる。
 金石範も、長編『火山島』の主人公である李芳根のモットーとして「支配されず、支配しない」を上げている(「インタビュー 支配されず、支配せず」『世界』2019年7月)。
 金石範は自由と平等の精神の謂として語ったのだが、ファンじいさんは、新しい土地で生きる手立、心構えとして語ったのだ。
「どうして私たちが生き残らなくてはいけないんです?」
「生きていたいじゃないですか」
 生きるために、死んだ赤子を車外の草原に放り捨ててでも生きて到着した地には、約束された家も家畜も農機具も用意されていなかった。葦原で出産し、手で掘った穴にむしろをかぶせて住み、現地の民に物乞いして生きた。
 彼らが捨てられた場所は、中央アジアの国カザフスタンのウシュトベというところだ。棄民された朝鮮人は多くの命を失っていったが、生き残った者らは原住民や他の少数民族とも協力して不毛の地を開拓した。
 現在、この地の朝鮮半島に出自を持つ住民は自らを高麗人、先祖から伝えられる言葉を高麗語と言う。
『さすらう地』はロシア語、朝鮮語の多言語小説だが、子孫である高麗人たちによる高麗語文化維持はなかなか難しいと思われる。それでも、小さな巾着に入れられた種子のように、高麗人の文化・文学は耕された地に撒かれ苦難のなかで育っている。

 『さすらう地』とほぼ同時期に発行された,ユン・フミョン(東峰直子訳)『白い船』(CUON)は、カザフスタンからキリギスタンへ高麗語を学ぶ高麗人少女を訪ねる旅。広がりながら滅びに向かう民族文化の儚げな生命力を描いてすがしい。
 高麗人文学に関しては한국문학 번역원『해외 한인문학 현황 자료집 4 고려인 문학』が詳しい。
 東京新聞の報道によると、ロシアに武力侵略されたウクライナからの避難民約3000人が韓国に滞在し、殆どがカザフスタンに強制移住させられた朝鮮人の子孫「高麗人」だ。この避難民の多くが韓国語を話せず、在留資格が不安定で職探しも難しく、苦境に立たされている、という。戦争はまた罪の無い人民から土地を奪い苦難を強いている。

*参考:岡奈津子「ロシア極東の朝鮮人―ソビエト民族政策と強制移住

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