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2022年5月19日 (木)

玄徳『ノマと愉快な仲間たち 玄徳童話集』

玄徳『ノマと愉快な仲間たち 玄徳童話集』鄭玄雄画 新倉朗子訳 作品社
日本支配下朝鮮の子どもたちに希望の灯火を

Photo_20220519100701 『ノマと愉快な仲間たち』を手に取ると、まず、素朴でほのぼのとした表紙絵・挿絵が目を引く。副題は「玄徳(ヒョン・ドク)童話集」だが、帯文には「どこか懐かしい気持ちになる、大人のための童話集」とある。
 本書に訳出されたもののほとんどが1930年代後半に書かれている。したがって、ここに描かれた子どもを中心とした風景は、植民地時代まっただなかの朝鮮の風俗を描写したものだと言える。
 鄭玄雄(チョン・ヒョヌン)の派手さのない、むしろ地味だが愛情を感じさせる挿絵が釣り合っている。
 ノマというのは5、6才の男の子の呼び名で、他にキドンイ、トルトリ、女の子のヨンイといったの友だちが出てくる。この子たちの住む路地裏や町角が遊び場になっている。――子どもたちの呼び名については本書序文に解説されている。
 話は同じ言葉の繰り返しでリズミカルに進行し、大げさな事件は起きないが子どもたちの心の機微が丁寧に描かれる。
 ノマはお母さんと暮らし、お父さんは遠くに出稼ぎに行っていたりして、だいたいのところ不在だ。設定は作品毎に若干の異動があり、トルトリがノマの弟になることもある。しかしキドンイだけはどの作品でもやや裕福で、水鉄砲やおもちゃの刀を持っていたり、服や靴も他の子どもたちよりも上等だ。その分底意地が悪く、ノマの靴を馬鹿にしてはしゃいだり、飴を見せびらかせて一人で食べたり、おもちゃや子犬を独り占めにして貸してくれない。
 ノアたちは子どもらしい想像力で電車ごっこをしたり、ウサギのきょうだいになって遊んだ。ときには小さな冒険に出かけて帰り道が分からなくなり、途方に暮れたりするが、いつも周りの大人たちの愛情に見守られている。
 微笑ましくて、少し悲しくて、それでも子どもたちはたくましく、植民地支配下にあっても希望に満ちている。
 集録された初編はおとなしい童話だ。プロレタリア文学ではない。民族主義的な抵抗を表してもいない。そうした意図はないのだと思う。しかし朝鮮の子どもの明るい未来を願う作家の意志は明かだ。
 作者の玄徳(ヒョン・ドク)は1910年の「日韓併合」の前年に生まれ、植民地時代に半生を生きた青年作家だ。
 玄徳は若くして才能を認められたが、工事現場で働いたり、日本に渡ってペンキ屋や土工として苦労したそうだ。――詳しくは訳者解説を読んで下さい。1938年に発表した「草亀」で作家朴泰遠(パク・テォン)に激賞された。この中編小説は書肆侃侃房の「韓国文学の源流短編集2」『オリオンと林檎』(2021年9月)に集録されている。
 朝鮮語での自由な創作が厳しさを増していく時期に、朝鮮語だけでしか書かず、発表誌を失うと絶筆した。
 書くことでしか生きていけないと決意した作家が、書かないことを選択するとは尋常ではない。多くの作家が帝国主義宗主国の言語である日本語で書く道を選んだ時代に、日本語を拒否して絶筆したのだ。そういった作家は他には、金廷漢(キム・ジョンハン)など極少数だ。
 玄徳は朝鮮戦争後に越北して1962年以後の消息は不明だ。この年代の朝鮮人の悲劇を象徴するような存在かも知れない。序文を寄せている牧瀬暁子は朴泰遠の研究者で、『川辺の風景』(作品社)などの翻訳者だ。朴泰遠は越北作家として、韓国では体制が民主化されるまでは禁忌されていた。玄徳も同様だ。
 翻訳した新倉朗子はフランス文学者。語学の素養があるとは言え、70歳過ぎてからの韓国語学習でこの翻訳出版にこぎ着けたのは凄い。だらだらぐだぐだの己を省みると恥ずかしくなる。尊敬しかない。

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