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2022年4月17日 (日)

チャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』

チャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』(牧野美加訳 CUON)
 働く意味を考える、爽快な仕事文学

Photo_20220417211801  チャン・ガンミョン『鳥は飛ぶのが楽しいか』(吉良佳奈江訳 堀之内出版)を読んだ流れで、まだ読んでいなかったチャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』も読んだ。
 モチーフが似通っていると思ったからだ。両者ともに、生きるための仕事との格闘や就職の困難、生きがいでは生活できない現実、住宅を確保することさえ困難な社会事情などが描かれる。
 しかし『鳥は飛ぶのが楽しいか』の登場人物たちが、社会に対する絶望や諦念に支配されているのに比べ、『仕事の喜びと哀しみ』に収められた初編には諦念が見えない。それほど諦めていないというか、あっけらかんとした明るさがある。仕事に喜びさえ感じている。追い詰められていない。
 表題作「仕事の喜びと哀しみ」は、IT系スタートアップ企業に勤める主人公の女性が会社への不満や上司の理不尽を語りながらも、頑張ってうまく解決していく。にっちもさっちもいかない絶望ではなく、喜びのある職場を得た爽やかな勝者の文学だ。これ皮肉ではない。
 「助けの手」は、主人公夫妻が子どもを儲ける余裕はないものの、やっと手に入れた20坪台のマンションでつつましい生活を送り家政婦を雇う話だ。働いて生きるために家政婦を雇わなければならないとは、よく考えるとけっこう大変なことであるにもかかわらず、絶望的な雰囲気はない。
 「やや低い」で、チャンウが自分が目指す方向性と商業音楽のパッケージの背反に動揺する姿は、チャン・ガンミョン「音楽の価格」のミュージッシャンわらの犬の煩悶と似て異なる。
 チャンウはたまたま適当に作った「冷蔵庫ソング」がユーチューブでヒットしてしまって、企画会社から契約を持ちかけられる。しかしチャンウは音楽をアルバム単位でしか考えられない。デジタルシングルなんて小説の一部だけをつまみ読みするようなものだと考えているために、引き受けられない。結局、実生活では失うものが大きく豊かに暮らすことはできない。しかしチャンウは呆然としても生活のために闘う姿勢を持たない。どこか茫洋としている。
 チャン・ガンミョンの「音楽の価格」では、わらの犬はチャンウほど芸術家肌ではない。音楽労働者としての自己を認識している。この違いは作家の文学観の違いなのだろうか。
 チャン・リュジンの主人公たちは立ち上がった視線を持っている。顔を踏みつけられた地べたから見る小説ではない。しかし、それだけに小さな心の揺れが感動を呼ぶ。
 韓国の学生は就職のために英語などの検定や資格取得、海外留学などのスペックを積み上げ、対外活動に精を出して目標に向かうという大変な努力をしなければならない。「タンペレ空港」の私は、ダブリンで3ヶ月をワーキングホリデーで過ごすために格安便に乗った。経由地のフィンランドのタンペレという小さな空港に真夜中に到着し5時間半の待ち時間がある。
 私はそこで目の不自由な老人と出会う。私は待ち時間を老人と過ごし、ドキュメンタリープロデューサーになりたいという夢を語った。私は老人と連絡先を交換して搭乗を手伝ってダブリンに向かった。ワーキングホリデーを終えて帰国した私を待っていたのは、あのひとときを一緒に過ごしたフィンランドの老人からの写真と手紙だった。
 その後私は大学を卒業して下請け制作会社を経験したあと、食品会社に就職した。
 なりたい目標に向かって忙しく努力し続けることは、たとえ無理だったとしても無駄ではなかったはずだ。しかし生きるためにあくせくしているうちに、忘れていった大事なものはなかったか。そこに気づいたとき人は心を震わす。
 ここに上げなかった短篇も含めてすべて軽快なタッチで爽やかに描かれている。冷たい生マッコリの爽快感といったところだろうか。
 チャン・リュジンは1986年生まれのまだ若い作家だ。韓国ではミレニアル世代と呼ばれる過度な競争世代に属していて、自身も「仕事の喜びと哀しみ」の主人公同様のIT企業で働いた経験がある。

チャン・ガンミョン『鳥は飛ぶのが楽しいか』の書評は『図書新聞』6月18日第3547号に掲載されました。

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