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2021年11月29日 (月)

金承鈺『生きるということ 金承鈺作品集』

霊魂の速度
金承鈺『生きるということ 金承鈺作品集』青柳優子訳 三一書房

 金承鈺(キムスンオク)の小説のテーマは不安である。
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 金承鈺は、1941年生まれで1960年代に作家として活躍し、ハングル世代作家と呼ばれた。植民地時代から一線を画した民族的世代であり、李承晩政権を倒した四・一九世代とも呼ばれた。しかし四・一九世代は朴正熙の軍事クーデターによって文化的自由を奪われた世代だ。朴正熙の死後は全斗煥が光州民主化抗争を弾圧して再び軍事政権を建ててしまった。金承鈺の作品は、民主主義が追いやられた開発独裁の時代が背景だ。
『生きるということ 金承鈺作品集』は、作家活動を止めていた金承鈺が翻訳者である青柳優子に託した作品集だ。収録された掌編の殆どは1981年までに書かれている。
 金承鈺が描いた市民は、故郷を離れソウルに集まらざるを得なかった人々である。政治と経済の総司令部ソウルで、市民の生活や日常のなかに潜む不安定を、政治的な説明なく描いていく。方法はリアリズムであったりSFであったりするが、描かれる市民生活の背景にある政治が直裁に書かれることはない。
 例えば、新聞社を首になった男のアパートの電気が止められても、金承鈺が描くのは蝋燭を灯す家族の姿だけだ。
 金承鈺は不安を描いた。不安定な社会に生きる市民の不安は、死の横に生きる作家自身の不安であったはずだ。現代史に生きた韓国人の生は死に直面していた。
 1970年代、金承鈺は逮捕された詩人金芝河(キムジハ)の救命活動に奔走した。金承鈺は金芝河の親しい友人だった。金芝河は1970年に朴正熙の維新体制を批判した長篇風刺詩「五賊」を発表して反共法違反で検挙された。日本の読者が最初に大衆的に知った韓国の詩人だ。
 エッセイ「私が会った神様」(2004年)は、訳者青柳優子によって抜粋編集されたものだが、それでも金承鈺ファンには興味深い。金芝河救命に関わったことや、1980年に起きた「光州事態」に受けたショックで小説が書けなくなった心象、執筆できなくなりキリスト教に傾倒していった自己の姿が描かれている。
 Photo_20211129204601  1984年『健康時代』という月刊誌の主幹をしていたころ〈女性問題による誘惑を感じていた。〉といったようなことが率直に書かれていて、お相手はあの人かなあ、などとゲスなことを想像してしまう。
「生きるということ」は、死を考え霊魂の行く先を想像することである以前に、性の問題なのだった。
 ここに収められた幾つかの掌編にも性の混乱が描かれている。精神以前に肉体的にも不安だったのだ。
 政治という現実の矛盾に翻弄されて小説を描けなくなって信仰に傾倒していく過程でも、言うに言われぬ煩悶にのたうったに違いない。
 もともと霊魂を想像していた金承鈺にとって、追い詰められた実態としての自己が、生活や欲望から自由でない実存であるという矛盾は容認しがたい。熱心な信仰に救いを求めたのは当然のことだったかも知れない。
 1981年の12月には〈私の霊魂が肉体を離れて真っ暗な状態、つまり天(霊魂世界)を非常な速度で飛んでいく経験をした。〉と書いている。
 金承鈺は、「死のあちら側」の暗黒に霊魂が飛行する速度は、光よりも数億倍速いと考えていた。形而上に生きる決意をした金承鈺は「健康時代」主幹の名刺を捨てた。
 金承鈺とほぼ同世代の黄晳暎(ファンソギョン)は「神」や「霊魂」という言葉ではなく、「幽霊」についてこう言っている。
〈信川(シンチョン)虐殺に関する小説『客人(ソンニム)』を書いて、当時の目撃者に会いその回想を取材するうちに、幽霊はいると考え直すようになった。まさに「幻覚」は、私たち自身の内面に潜在する記憶と呵責であり、みずからが日常から消してしまったもうひとつの歴史の顔だったのだ。〉(『囚人』Ⅱ 中野宣子・舘野晢訳 2020年12月 明石書店)
 黄晳暎の「幽霊」と金承鈺の「神」は似ている。しかし方向性は違った。
 収録作中「偽物と本物」(2014年)は断筆後の最新作のようだ。
 読者は、夫と離婚が決まり別居中の女性が投資に失敗して自暴自棄になって母子心中したニュースと、夫を癌で亡くして懸命に働いたけれど、娘の医療費にも事欠き、それでも家賃・光熱費などはきちんと支払ってから選んだ母娘心中とを比較する。
 些か教訓話めいて鼻白む思いがする。金承鈺は両者の霊魂の速度が違う、行き先が異なると思ったのだろうか。題名は余りにも俗っぽい。通俗な道徳によって、内面の呵責に自ら赦しを与えてしまうのなら、霊魂に速度はなく滞ってしまう。
 巨星金承鈺は黙してこそ、その霊魂の速度をあげる存在のようだ。

* 筆者は金承鈺作品の書評をこれまでにこのほか2本書いています。ご参照ください。
「不条理な社会に個人の厭世は対峙しえるか―金承鈺『霧津紀行』」
「屈従と暗澹の不条理な社会に生きる―金承鈺『ソウル1964年冬』」

2021年11月20日 (土)

黄晳暎『張吉山』全10巻 鄭敬謨訳

末法濁世に反逆の大作が意味するものは何か
黄晳暎『張吉山』全10巻 鄭敬謨訳 ソウル書林

Dsc_0091_20211012124731_20211120214101  黄晳暎(ファンソギョン)の長篇『張吉山』は、今年2021年2月に永眠した統一運動家鄭敬謨(チョンギョンモ)の翻訳で1994年頃に3巻までは出版された。しかし17世紀後半の朝鮮を舞台にした長編小説は、1990年代の日本では受け入れられず、全10巻の第4巻以降の翻訳発行は成されなかった。
 それが、鄭敬謨の死後になって関係者の努力で、やや変則気味な方法ではあるが出版に至った。
 しかし韓国文学がフェミニズム文学を中心に日本の読者に受け入れられた現在にあっても、たやすく手を伸ばせる本ではない。「宮廷女官チャングムの誓い」に始まる韓国歴史ドラマの人気が続いているとは言え、なじみの薄い歴史文化風俗を文字で読むのは大変だ。売り上げは期待できないに違いない。この出版は思い切った挑戦だったと思う。
 『張吉山』は韓国日報に1974年から84年まで10年の歳月をかけて連載された。朴正熙独裁政権の維新体制さなかである。維新体制に対する抵抗運動も激しくなっていき、1980年には光州民主化抗争が起きた。黄晳暎は執筆と同時に現場の民衆文化運動の指導にもあたっていた。民衆文化運動は後には日本でも点火し、在日朝鮮人青年たちを組織し多くの日本人の心をもつかんだ。『張吉山』の稿料はこの頃の黄晳暎の生活を助けたが、この小説の役割は単に経済的目的ではない。
1986 Photo_20211120214101  『張吉山』の構想には、「洪景來の反乱」という19世紀初めに起きた実際の反乱と、大統領候補にもなった白基玩(ペクキワン)という特異な人物がヒントになっていた。黄晳暎の自伝小説『囚人』によると、白基玩は体制風刺を巧みに演じる「民族の広大(クァンデ)」だったと言う。黄晳暎が戯曲にも書き、『張吉山』の冒頭にもおいた「長山串の鷹」は元々黄海道に伝わる民話で、白基玩から聞いた話だった。
 張吉山は広大だ。『張吉山』の主人が広大として育ったことには作者としての意味があるのだ。
 また、張吉山は奴隷の女性が逃亡中の路傍で産んだ子だ。母親はそのとき死んだ。それを広大(クァンデ)と呼ばれる旅芸人と巫堂(ムーダン)の夫妻が育てた。
 広大や巫堂は、屠獣を生業とする白丁(ペクチョン)や、左官(ミジェンイ)、甕工(オンギジェンイ)などの手を動かし物を造る匠人たち、寺堂(サダン)、娼妓などと同じく被差別階級賤民であった。
 軍部独裁の韓国社会において、黄晳暎が描いた英雄は賤民の旅芸人だった。
 韓国では洪吉童(ホンギルドン)・林巨正(イムコクチョン)・一枝梅(イルジメ)などの義賊を主人公にした小説や映像作品が人気で繰り返される。彼らは義賊と言っても鼠小僧のごときみみっちいコソ泥とは規模が違う。ときの政権に抗い、あわよくば国家政権を転覆しようという逆賊なのだ。
 張吉山もそう言った反逆の英雄の一人だ。
 しかしこの小説は特定の英雄を描いた小説ではない。むしろ群像小説と言える。様々な立場、様々な個性ある登場人物にそれぞれの人生があり物語がある。その中心にいて彼らを繋ぐのが張吉山だ。
 吉山の幼友達で怪力の甲松(カプソン)は妻を殺めて金剛山に入り高僧雲浮(ウンプ)大師の下で修行を積み大聖法主と名乗るようになる。
 遊郭で身を売る女だった妙玉(ミョオク)は、病のために捨てられたところを吉山らの才人村に拾われ、健康を回復した後に吉山と結ばれるが、吉山が処刑されたと思いこみ放浪する。
 李敬舜(イギョンスン)は元は裕福な陶匠だったが、妙玉を助けるために富裕な商人兪致玉(ユチオク)邸を襲い、その後劉吏房を殺して逃げる。
 元香(ウォンヒャン)は、四仙洞(サソンコル)を討捕軍が蹂躙したさいに軍卒たちに強姦され気が違ってしまうが、怪僧呂還(ヨファン)の愛情によって正気に戻り、巫祭を取り仕切る最高の巫堂である大巫(マンシン)となる。
 その他にも数え切れない老若男女の個性が登場するが、なかでも興味深いのが元旅回りの女寺堂(ヨサダン)の座長だった高達根(コダルグン)だ。行動力も才覚もあり豪商襲撃や官憲への抵抗で果敢に働くが、自己の利益と保身のためには冷徹に仲間を見捨てる利己心の強い男だ。
 また、張吉山一党討伐の命を受けた崔衡基(チェヒョンギ)は両班の下の中人階級出身で栄達心が強く、張吉山討伐によって出世しようと躍起になっている。
 彼の思想は、賊徒は国人であって国人ではない「化外の民」だとする支配階級のものだ。化外の民とは朝鮮王朝に服属しない外国人であり、彼らは支配体制にとって危険この上ない存在なのだ。近現代史においても、済州島4・3事件や朝鮮戦争時における「良民虐殺」、1980年の光州民主化抗争時の市民虐殺まで引き継がれる支配者の論理だ。ミャンマーにおけるロヒンギャ虐殺も同じようなものだし、日本の「非国民」罵倒の右翼思想も通底している。
 崔衡基に指揮された官軍は化外の民には容赦しない。化外の民鎮圧に際しては賊地周辺の村々を焦土化するも可としている。官軍によって張吉山たち活貧党の家族が住む四仙洞と塔峴(タップコゲ)村は蹂躙される。住民は皆殺され犯され燃やされたのだ。
 そのとき村の総代は、「あんたの言った化外の民、国に見捨てられた非人の者だ」「わしが生まれ、その中にいるその国なるものをわしは憎んでいるんじゃ。しかしな、よく聞け。わしはこの地にそびえ立つ山峯、この地を流れる河、そこに生い茂っている草や樹を憎悪したことはない」と堂々と胸を張って殺されていく。
 この表明は現代日本にも通用する。
 私たちも腐敗した自民党政権や偏執狂的愛国者のヘイトスピーチを批判するとき、歴史修正主義を論難するときも、日本の自然や文化を嫌う訳ではない。むしろ資本主義的再生産の論理によって、美しい山河を破壊していく拝金主義者こそ恥を知るべきだ。
 さて、人は成長もし変化もする。『張吉山』の登場人物たちの変化をどう見るかは読者の課題だろう。
 黄晳暎は常に疑いの目を以て彼らを描いたに違いない。いかに末法濁世(ジョクセ)に、両班も奴婢もない世を目指そうと「指導者」は裏切るものだ。最終巻最後部(エピローグの前)張吉山は宗教的、政治的指導者たちとは一線を画しいくような雰囲気だ。
 張吉山は言う。
「わしは思うがね、飢えに悩み病に苦しむ八道隅々の衆生に希望を与え、生きる歓びを感じさせる存在が真人(チニン)であるが、そのような真人は一人だけの人間ではなくて、無数にあるんじゃないのか? しかもそれは高貴な血筋の別種の人間ではなくて、むしろ踏みにじられ蔑まれている賤民の中から輩出してくるんじゃないだろうか? この世に生まれ、生きる苦しみを骨身に滲みて知っているのが、このような人たちだからね」
Photo_20211121222401  小説のなかで、張吉山は山に籠もって修行し虎と同居するほどの超人的境地に至るが、英雄的活躍で官軍を蹴散らしたり、宗教的魅力で庶民を導いたりはしない。
『張吉山』が完結した1984年の段階で、黄晳暎が到達したのは政治的確信ではなかった。作家は苦悶し、懊悩の故にこの後激しく行動していったのに違いない。運動のなかに文学を求めたのだ。
 張吉山がそうだったように、黄晳暎は、自らの愚かさを知る者だったのだ。
 作品中、結局死ぬことになる呂還和尚は、こう言った。
「川の上に架けられた橋は、自らを衆生に踏ませて無事に渡らせるも、人助けをしているという意識をもたない。真の菩薩は橋であって、衆生を渡らせ解脱に至らしめるも、自らの行為を口にすることがない。」
 虚言政治家は口が達者だ。我に従えと言う者は信用しない方が良い。

なお、『張吉山』全10巻の申し込みは下記です。メールで依頼すると、送料込みで15,000円で送ってもらえます。
changgilsanjp@gmail.com
三井住友銀行、鶴橋支店、普通、1168067,
口座名は、チャンギルサンカンコウカイ ダイヒョウ リジャフン

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