フォト
無料ブログはココログ
2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

« 黄晳暎『囚人』に寄せて―黄晳暎と鄭敬謨に関する私的覚え書き | トップページ | チョン・イヒョン(橋本智保訳)『きみは知らない』新泉社 »

2021年4月10日 (土)

金学鉄 大村益夫訳『金学鉄文学選集1 短篇小説選 たばこスープ』新幹社

金学鉄 大村益夫訳『金学鉄文学選集1 短篇小説選 たばこスープ』新幹社
人間らしく生きようとすれば、不義に挑戦せよ。

Photo_20210410224801 1991年4月19日発行の『粒(RYU)』創刊準備号に、シアレヒム社「出版だより」を鄭敬謨が書いていて今後の出版予定作品が紹介されている。大風呂敷の中に金学鉄(kim hakcyol)『激情時代』があった。もちろん出版されなかった。それから30年の年月が経ったが、それでも金学鉄は出版されなかった。
 われわれは波瀾万丈の金学鉄の作品と生涯を、ほとんど知ることがなかったのだ。
 日本人の多くは、戦争で日本が戦い負けた相手はアメリカだと、アメリカだけだと思っている。現代史を勉強している少数ならば「日中15年戦争」という言葉くらいは聞きかじっていて中国とも闘ったと知っているだろう。しかし、朝鮮の独立のために日本軍と戦い成果を上げた朝鮮義勇軍があったことを知る人は、ほんのわずかだ。この日本人の常識外に金学鉄は生きた。
 金学鉄は、朝鮮義勇隊(後に朝鮮義勇軍)の将校として抗日戦を闘い、大腿部を負傷して日本軍の戦時捕虜となって獄中で闘った。解放後は左翼活動家として闘いながら小説を書いた。朝鮮戦争が始まると中国へ退避し、朝鮮族自治区の延吉に移って作家として暮らした。
 ところが1957年、中国の反右派闘争の犠牲になり、以後24年間執筆を禁じられた。そのうち1967年12月からの10年間は獄に繋がれていた。金学鉄が作家活動を再開できたのは1980年12月まで待たなければならなかった。(詳しくは本書の、大村益夫「解説 金学鉄――人と作品」を参照されたい)
 本書は短篇集だが、古い作品は1946年、新しいのは1987年発表と発表年の時間幅が広いので作風や題材に変化がある。作者の人生が反映されているとも言えるので、この本に限っては「解説」を読んでから読んでも良いかと思う。
 若い作品は教条的な感じがすることもあるが、綿密に読むと作品的にはそうではない。登場人物の思想のそういう面が表出される場合があるだけだ。
 面白いのは抗日を闘う同志のあいだでの感情的諍いや、粗忽な失敗が描かれているところだ。革命家といえども一人ひとりが異なる個性を持っていて、笑い泣き怒り時にはいがみ合ったりもする。
 あっけらかんとした文体も特徴だ。負傷して囚われるような悲惨な状況さえも楽観的に描かれている点だ。戦争下とは言え、あっけなく人を殺してしまうなあ、と読んでいると、殺した日本兵が朝鮮人学徒兵だったと分かるとやるせなくなってしまう、主人公の悲哀もあっさり描かれる。銃弾を受けて腐った足を切断するが、その足を掘り出して見て壮快に笑いあったりする。これは金学鉄文学の特徴なのか金学鉄の個性なのか分からない。
 朝鮮義勇軍というモチーフも面白い。戦闘もしたが、主に日本兵の懐柔を任務としたらしく、それもそれなりの成果をあげた。こういう小説はなかなか読めない。
 金学鉄は〈朝鮮義勇軍の活動を歴史から抹殺しないでほしいのです。〉と言っている。
 もう一つ注目すべきは、金学鉄の小説は多言語小説だという点。朝鮮語で書かれているが、中国語と日本語が小説の中に飛び交っている。地理的背景も東アジアつまり中国・朝鮮・日本に広がっている。実際に金学鉄が行き来したからだ。植民地支配下朝鮮で生まれ育ったために日本語が堪能で、戦争当時から日本人とも親しくなれた。八路軍に属したので中国の同志と連帯したのは当然だ。金学鉄の民族際性、多言語性に注目すべきだ。
 巻末に、韓国の大学教授金在湧の跋文「植民地支配と南北冷戦を踏み越えて」が掲載されている。その冒頭で〈中国の朝鮮族作家金学鉄は、二十世紀韓国離散文学において、在日朝鮮人小説家金石範とともに、太い柱を形成している。〉と書き出している。韓国の文学批評界における評価の高さが窺える。「韓国離散文学」という言葉が概念を狭めているように見えそうだが、極小の中にこそ世界文学が広がる。
 金学鉄は政治的には恵まれなかった。生涯を革命家として生きたのにも拘わらず、社会主義中国から迫害された。彼が尊敬した彭徳懐は中国革命の英雄であり八路軍の指揮者であり、朝鮮戦争時には中国人民志願軍の司令官だったが、文化大革命で紅衛兵によって迫害され死に追いやられた。
 先に書いたように金学鉄本人も投獄され、釈放後も執筆を赦されなかった。作家として書く自由を奪われる無念はいかばかりだったか。
 金学鉄は東京での講演でこう言っている。
〈社会主義に生涯をかけた者として、「いまこそ、人間の顔をした社会主義の実現を」というのが私の切実な訴えです。〉                  (金学鉄「私の歩んできた道」『季刊青丘』3 1990年春)
 また、本書解説に紹介された遺書には、
  楽に生きようとすれば、不義に顔をそむけよ。
  だが、人間らしく生きようとすれば、不義に挑戦せよ。
とある。凄い言葉だ。
 金学鉄文学選集の構成は、全4巻で、1巻がこの『短篇小説選 たばこスープ』で翻訳は、日本では最も早く金学鉄を紹介し、また中国の朝鮮族文学に詳しい大村益夫さん、2巻が『二十世紀の神話』で翻訳は愛沢革さん、3・4巻が『激情時代』で鄭雅英さんです。

« 黄晳暎『囚人』に寄せて―黄晳暎と鄭敬謨に関する私的覚え書き | トップページ | チョン・イヒョン(橋本智保訳)『きみは知らない』新泉社 »

書評」カテゴリの記事

韓国文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 黄晳暎『囚人』に寄せて―黄晳暎と鄭敬謨に関する私的覚え書き | トップページ | チョン・イヒョン(橋本智保訳)『きみは知らない』新泉社 »