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2020年11月24日 (火)

斎藤幸平『人新世の「資本論」』

斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書
相互扶助と自治に基づいた脱成長コミュニズム

Photo_20201124221701  マルクスなどはすっかり読んだ気になっていたが、この本に出会って我が家の本棚を探してみると『共産党宣言』と『賃労働と資本』と、あと数冊まったく読んだ覚えの無い文庫本があるのみだった。『資本論』は古本屋で安かったので買ったが捲らないまま廃棄してしまっていた。
 最近はマルクス主義史観の経済成長に縋った進歩主義に違和感を持っていた。ソ連の変節には「修正主義」と論難して済ませた時期もあったが、中国が鄧小平以後資本主義を導入してからは胡散臭さが鼻から消えなかった。そして香港の民主運動弾圧の報道を見て怒りまくっているわけだ。
 ところが『人新世の「資本論」』は、マルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済だ、と言う。晩期マルクスの視点では、生産過程の民主化とは、「アソシエーション」による生産手段の共同管理にあり、生産過程の民主化は経済の減速を伴うのだと。逆にソ連は経済の減速を受け入れなかったから官僚主導の独裁国家になったと言うのだ。同様の意味では、資本主義を導入した中国が独裁的全体主義国家に変貌していったのも当然ということになる。
 じゃ『共産党宣言』はどうなるの、と思ったら晩期マルクスはヨーロッパ中心主義的進歩史観から脱却し、グローバル・サウスから学ぶ姿勢を持ったという。マルクスは進歩史観を完全に捨て脱成長を受け入れた。
 著者斎藤幸平の問題意識は、気候変動やコロナ禍など地球規模での破滅に向かう現代社会をどう救うかという点にある。表題の「人新世(ひとしんせい)」とは、人類の経済活動が全地球を覆ってしまい、収奪と転嫁を行うための外部が消尽した時代を示す。地質学的に地球は新たな年代に突入した。それを「人新世」(Anthropocene)と言う。
 「人新世」の矛盾の顕在化は資本主義の産物だ。経済成長を優先した地球規模での開発と破壊が原因だ。現代社会の惑星的危機を回避するためには、晩期マルクスの思索から学ぶべきだとする。
 日本を含むグローバル・ノースにおける大量生産・大量消費の資本主義社会を維持するために、「帝国的生活様式」はその代償をグローバル・サウスに転嫁してきた。この周辺グローバル・サウス「外部化社会」の代償は不可視化されていて見えにくい。例えば、昨今推進されるSDGsでは地球温暖化は止められない。気候危機の原因は資本主義にある。
 斎藤幸平は、『資本論』や『ゴータ綱領批判』などの著作や、これまで無視されてきたマルクス晩年の「研究ノート」などの新資料を読み解くことによって新しく『資本論』を解釈した。マルクスは生産性向上第一主義的進歩史観から思想的大転換を遂げていたと、斎藤は指摘する。
 マルクスの思想は「脱成長コミュニズム」に向かっていたのだ。生産力至上主義の若きマルクスも晩年には変わっていた。人間は誰でも変化し成長する。
 脱成長コミュニズムに到達しない限り、資本主義が崩壊するより前に地球が人類の住めない場所になっている可能性が大きい。人新世時代の終着点だ。
 現在は「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」に達している。
 拡大再生産しながらは二酸化炭素排出量は削減できないのだ。そして「脱成長コミュニズム」は可能だ。今は経済成長を諦め、脱成長を気候変動対策の本命として真剣に検討するしかないのだ。
 そこで鍵となる言葉が〈コモン〉だ。市民が共同で管理する公共財だ。例えば土地だ。土地は根源的な生産手段であり本来は社会全体で管理するものだ。私有化され投資の対象となったままではダメだ。
 マルクスにとってのコミュニズムとは生産者たちが生産手段を〈コモン〉として共同で管理・運営する社会のことだ。マルクスは、人々が生産手段だけでなく地球をも〈コモン〉commonとして管理する社会をコミュニズムcommunismとして構想していた。
 コミュニズムとは、知識、自然環境、人権、社会といった資本主義で解体されてしまった〈コモン〉を意識的に再建する試みである。水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指した。ここには市民が共同管理に参加しなければならない。
 脱成長コミュニズムでは「人間と自然の物質的代謝」が重要になってくる。人間は絶えず自然に働きかけ、生産し消費し廃棄しながら、この惑星上での生を営んでいる。この自然との循環的な相互作用のことだ。
 経済成長しない共同体社会の安定性こそ、持続可能で、平等な人間と自然の物質代謝を組織できる。
 そのためには、資本と対峙する社会運動を通じて、政治的領域を拡張していかなければならない。資本は〈コモン〉の潤沢さを解体し、人工的希少性を増大させていく。「使用価値」を犠牲にした希少性の増大が私富を増やすからだ。これを斎藤は「価値と使用価値の対立」と呼ぶ。
 〈コモン〉では利潤を追求しない。人々が生産手段を自律的・水平的に共同管理する。利潤優先の経済システムでは、清掃や調理や給仕などのエッセンシャル・ワークは、低賃金だ。しかし、ワーカーズ・コープなどの協同組合は、エッセンシャル・ワークを自律的で、魅力的な仕事に変えることを目指す。
 無限の経済成長を断念し、万人の繁栄と持続可能性に重きを置くという自己抑制こそが「脱成長コミュニズム」という未来を作り出す。
 〈コモン〉、つまり私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理こそがコミュニズムの基礎になる。
 私たちは、新自由主義によって、相互扶助や他者への信頼が徹底的に解体された後の時代にいるが、相互扶助と自治に基づいた脱成長コミュニズムこそ、惑星的危機からの脱出に繋がる。
 硬直した老人脳に刺激が大きかった。

*斎藤幸平編集のマルクス・ガブリエル他『資本主義の終わりか、人間の終焉か?』集英社新書 についてはこちらをご覧いただければ幸いです。

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