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2020年10月31日 (土)

金石範『海の底から』岩波書店

世界に対峙して書く
金石範『海の底から』岩波書店
 

Photo_20201031160201 金石範の『海の底から』は、雑誌『世界』に2016年10月から連載を始め2019年4月に完結し、今年2020年2月に岩波書店から出版された。『海の底から』は大長編小説『火山島』の続編『地底の太陽』(2006年11月 集英社)の更に続編で、これで『火山島』は一応の完結を見た。ただし「満月の下の赤い海」(『すばる』2020年7月)のようなスピンオフが今後もあり得る。
 金石範は、『火山島』全巻の韓国語訳が発行されたことに推されて、1917年9月第1回李浩哲(イ・ホチョル)統一路文学賞を受賞した。ソウル市恩平区が、南北分断の不条理を描いて前年死去した作家李浩哲にちなんで、世界の作家を対象に創設した賞だ。金石範は2015年『火山島』韓国語版が出版されるとすぐに、第1回済州四・三平和賞を受賞している。長編『火山島』の執筆によって「四・三」の真実を国際社会に知らしめる契機を作るとともに、イデオロギーを超えた普遍的な人間の価値を描き出したことが認められたのだった。
 李浩哲統一路文学賞受賞に伴う訪韓の様子は、『世界』2017年12月号と翌年1月号に「続・韓国行」として掲載された。1915年4月に四・三平和賞受賞で故郷訪問したさいには、朴槿恵政権の官製式典に嫌気がさしたところに、右翼の四・三潰し示威と保守言論の金石範誹謗報道があり、11月に予定された『火山島』出版記念シンポジウムには本人が入国拒否されている。金石範の李承晩政府の正統性を否定する発言が朴槿恵政権と韓国右翼の逆鱗に触れたようだ。
 しかし1917年6月、連日のローソクデモによる朴槿恵政権退陣と文在寅民主政権の成立で、李浩哲統一路文学賞受賞に伴う韓国訪問となった。しかし高齢の作家を動かしたのは、何より読書会等で『火山島』が多くの市民に読まれている事実を知ってのことだ。
 四・三事件を金石範は「四・三民衆抗争」と呼ぶ。四・三事件とそれに伴う大虐殺の最終責任は李承晩政権と米占領軍にある。『火山島』は四・三事件の追及と現在に至る政治社会腐敗の根を問う、余りにも大長編であった。
 むろんそれだけではない。人間が人間として存在することの否定に対する抵抗は続編に引き継がれる。
 『海の底から』は、『火山島』を引き継ぎ、『火山島』の主要な登場人物だった南承之(ナム・スンジ)を主人公としている。
 済州島では1948年に朝鮮半島の南だけでの単独選挙、単独政府樹立に反対する武装抗争が始まり、ゲリラ化した闘争はアメリカと李承晩政権による大規模な討伐と島民大虐殺によって鎮圧された。その過程は、南承之の兄貴分的な存在であるニヒリスト李芳根(イ・バングン)を主人公とした『火山島』の背景として描かれた。南承之らを日本に逃がした李芳根は、裏切り者柳達鉉(ユ・ダルヒョン)と対決し死へと追い詰め、母方の縁戚でゲリラ討伐、殺戮の限りを尽くした警察警務係長の鄭世容(チョン・セヨン)を殺した後、自らの命を絶った。
 南承之はもともと在日朝鮮人だった。大阪に母と妹が暮らしている。革命のために済州島に渡った南承之は、拷問のための満身創痍を李芳根に助けられて、済州島から逃れて日本に戻ったのだった。豚になっても生きろ、生きることが抵抗であり革命なのだった。
 『海の底から』より前に『火山島』の結末を引き継ぐものとして南承之を中心に書かれたのは『地底の太陽』だった。済州島四・三蜂起に敗れた南承之の物語は戦後日本を舞台に再開された。南承之は豚になって生き残る。日本に逃れて、逃れたという負い目を恥じながら生きる。李芳根の死を知った南承之は李芳根の自殺について考え続けている。
 『海の底から』は李芳根の一周忌から始まる。南承之は李芳根の妹で東京に住む李有媛(イ・ユオォン)を思いながら神戸でゴム工場を営む従兄の家で世話になり、大阪と行き来している。南承之は有媛を思い慕われながら、別の女性幸子(ヘンジャ)と関係を持ってしまった現実から逃げようと思い悩む。小説は日本を舞台に南承之という在日朝鮮人を通して人間の存在意味を問い糺す。それも現代史のダイナミズムのなかに意志と責任を翻弄されながら揺れる存在意味だ。
 そして1950年6月25日、つまり朝鮮戦争勃発の日となる。南承之も〈北朝鮮軍が南侵、南北の戦闘が起こったという衝撃的なニュースを〉知る。朝鮮戦争は戦後東アジア史の大きな転換点だ。朝鮮戦争は、不幸にも日本の戦後復興・高度成長の契機にもなった。
 済州島でも2000名を超える予備拘束逮捕、秘密裏の殺害が相次いだ。50台のトラックに載せられた素っ裸の500名がロープに繋がれたまま海に沈められる水葬(スジャン)があった。この話を南承之は密航して対馬島に辿り着いた二人の女性の一人安正恵(アンジョンへ)から聞かされる。もう一人の康娟珠(カンヨンジュ)は両の乳房が切り取られて無い。二人とも予備拘束され拷問にあった犠牲者だ。この二人を南承之は対馬まで迎えに行き大阪に連れて行く責務を負っている。金石範が済州島四・三事件を題材にした小説を書く切っ掛けになり小説にも描いた「乳房のない女」との出会いが『火山島』の続編の最終章に織り込まれた。作家人生を円環状に繰り返し見せているようだ。この点について金石範自身が、「この小説は終わりなく続くのです。」(「支配されず、支配せず」『世界』2019年7月)と言っている。つまり『海の底から』は金石範文学の全体像を窺わせる構造になっている。
 『海の底から』は日本を舞台として南承之を中心にした小説だが、そこには作家自身の精神性が反映されている。南承之の煩悶する姿には、戦後日本と朝鮮の歴史が色濃く反射される。それも済州島との切っても切れない絡み合った蔓のような関係を手繰りながら進むのだ。
 済州島と日本を物理的に結ぶのは韓大用(ハンデヨン)だ。南方帰りのBC級戦犯だった韓大用は李芳根の企てたゲリラ脱出事業の担い手で、16トンの焼き玉エンジン船韓一(ハニル)号を託されている。それは山のゲリラ組織の方針には反するもので「反革命」との誹りを免れるものではなかった。しかし李芳根は豚になっても生きるのが革命だと考えている。ならばなぜ自らは死を選んだのか。殺人は正義たり得るのか。正義だとしても許されるのか。小説は読者に問いかける。ラスコーリニコフの苦悩を我々が背負わされる。
 李芳根の死と、死後の状況を南承之や有媛に知らせる役目も韓大用が負った。李芳根が自殺した山泉壇側に、李芳根の恋人文蘭雪(ムンナンソル)が16世紀の詩人黄真伊(ファンジニ)の詩を刻んだ小さな石碑をたてた。

  이져 내 일이야 그릴 줄을 모르다냐
  이시라 하더면 가랴마난 제 구태야
  보내고 그리난 정은 나도 몰라 하노라
  なんと わがせしことの 末を知らざりしを
  居ませと 一言ありせば 行かざりしを
  敢えて送りしのちの この焦れる心 われ知らざりしを

蘭雪はブオギに請われて黄真伊の詩と、李芳根が口頭で蘭雪に伝えた詩を韓紙に書いて渡す。

  난설의 눈물이 진주라면
  명주손수건에 싸두웠다가 내 가슴에 안으려마는
  눈물이 흔적 없은니 흔적만을 마음에 새겨두리라
  ナンソリの涙が真珠なら
  絹のハンカチに包んで わが胸に留めおくものを
  涙があとかたもなく消えても 消えたあとを 胸に刻みおかん

 ブオギは李家の下女で李芳根とは特別な関係にあり、山から李芳根の屍体を一人で担いで降り屋敷まで運んでいる。蘭雪を案内し碑建立を手伝ったのもブオギだ。
 この詩の書かれた詩紙片はブオギから韓大用に託され、韓大用、南承之、李有媛が集まった大阪の朝鮮料理屋平和亭で、有媛はこれを読む。文蘭雪の気持ちがこめられた黄真伊の詩と、蘭雪が受け取った李芳根の幼稚なまでの純愛を知って、有媛は涙する。
 李芳根のために黄真伊の詩を刻んだ碑は何ものかによって破壊されている。文蘭雪のその後の消息は不明となる。人間の命は歴史の荒波に飲まれると余りに小さい。それでも「死者が生者のなかに生きる」、死者の遺志が南承之、李有媛、韓大用らに共有される。それは支配・被支配の関係からなる世界と対峙する思想だ。
 『海の底から』は『火山島』の主人公である李芳根の死をめぐる思想小説であると同時に、李芳根の死を自身の心に刻もうとする南承之と李有媛の恋愛小説でもある。
 愛憎哀楽の甚だしい人間個人も、歴史や現実の政治の禍中に存する。歴史的現実に人間はどう向き合うのかを問い続ける、世界に対峙して書く、それが金石範文学なのだ。

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