フォト
無料ブログはココログ

« 金石範「満月の下の赤い海」(『すばる』7月) | トップページ | ピョン・ヘヨン『モンスーン』 »

2020年7月23日 (木)

善野烺『旅の序章』

善野烺『旅の序章』解放出版
差別と暗い情念

Photo_20200723204701  小説集『旅の序章』は前半の短篇6点と表題作の長篇とによって構成される。どの作品も基底にあるのは差別を強いられる場=トポスの暗い生命力だ。被差別部落は日本人のナショナリズムを維持するために必要不可欠な要素であり近代国家の犠牲だった。
 冒頭の短篇「時の流れ」に描かれたのは、被差別のムラで性を体験したが、その後仕事を転々として底辺を這いつくばって生きてきた男の情だ。女とは縁の無いまま行商暮らしをして暮らす中年男に訪れる出会いが愛おしい。
「十年後の手紙」の時本信夫は自身の出身地集落が運命的に背負わされた問題で屈託せざるを得ない。十年前高校生のとき手紙を貰って言葉を交わした女子高生がいた。進学校でただ一人就職だった彼女に、信夫はバカにされた気がした。今になって彼女がその後不幸な半生を辿ったことを知ることになる。
 「年暮記」の信夫は神戸に住んでいるが、北埼玉のK町に住み本庄で店をやっている易子に会うために涙ぐましい努力をする。大阪から夜行バスに乗ろうとしたが降雪のため運休だった。なけなしの金で寝台に乗って東京に出て、高崎線で熊谷から秩父に向かった。秩父鉄道沿線には易子との思い出があった。
 易子とは神戸で知り合って遠距離恋愛を続けてきた。信夫はなんとなく易子が自分と同じ立場ではないかと考えていた。しかし信夫の出生が分かると易子の兄から強く反対されてしまう。
 信夫は秩父鉄道の終点三峰口まで行き、バスとロープウェイを乗り継ぎ更に歩いて三峯神社まで行き電話したが、易子は出なかった。信夫は易子と会うまでに右往左往して時間を潰す。そのあげく夕方本庄のホテルに入り、夜中になっても来ない易子が心配でタクシーを頼んでK町まで行って引き返したりする。信夫にとっては易子との性交以外は時間潰しに過ぎないかのように残酷に描かれる。出生地の闇を抱え恋人の家族に反対される信夫は不安で仕方がない。いつ捨てられるかビクビクしている。
 「師走の記」の時本和夫は妻の幸子と神戸に住んでいる。幸子の実家は埼玉だ。「年暮記」の信夫と易子の関係を先に進めている。大阪に住んでいる幸子の叔父小池信吉が死んだという報せが届く。阿倍野の病院の霊安室には信吉の同僚だった足立らが待っていた。信吉と親しかった足立はもろもろの手配など親切に立ち回ってくれたが、時本は足立の話に朝鮮人に対する侮蔑を感じて厭な気持ちになる。「在日」や「部落」はやっかみと侮蔑の対象への符帳なのだ。時本には符帳の当事者として足立の言葉が胸に刺さる。信吉の入っていた創価学会の信者に、信吉の住んでいた「あの辺り」は暴動が起きたり不穏な地域なので注意するように言われる。差別の場は至る所に存在し立場によって異なる。
 「窒息」も「年暮記」と同様に埼玉県北部が舞台として描かれ、北関東の殺伐とした雰囲気に読者として共鳴する。会社員の橋本信は、天皇の様態の悪化を懸念しての「自粛」や、その死(1989年=昭和64年1月7日土曜日朝)をめぐって周囲のわざとらしい慰謝と自慢のない交ぜになった態度を嫌悪していた。新しい元号「平成」や「平和主義者」としての天皇賛美の風潮を腹立たしく思っていた橋本は、悪酔いして同僚で高校後輩の青山に絡み青山の過去を責める暴言を吐いてしまう。
 昭和が終わり平成という年号が動き始める時制が、「令和」という虚構の始まりに新型コロナ汚染という現実を前にして自粛して耐える現在と重なって見えてくる。天皇という幻想に暦を司らせる虚構の祝祭から放逐された自意識が主人公にはある。
 橋本は取引先の土井工務店の土井が苦手だった。土井は五十がらみの紳士でゴルフや土井工務店の慰安旅行に誘われて付き合っていた。ところが土井にホテルに誘われて彼の嗜好を知り避けるようになっていた。
 土井は六〇年安保世代で学生時代は国会前デモに参加していた。土井は自分を「ボウトの血とアイヌの血が混じっている」と自任している。ボウトというのは秩父困民党のことらしい。天皇に逆らった暴徒だ。
 職場では天皇の代替わりと新年号に嬉々とする雰囲気に反発し青山に感情をぶつけた橋本だったが、同性愛者の土井の身を以て語る天皇制批判には感情が追いつかない。
 風邪を引いて会社を休み寝ているところに青山から生徒を暴力で半身不随にしてしまった真相を告げる手紙が届く。橋本は自分の「反天皇制」が気分だけで実のないものだ思い知らされたに違いない。
 この小説集には、度々被差別部落出身である不遇から恋愛成就がままならぬ男が描かれているが、「陽炎の向こうから」では、主人公の時本ではなく、見知らぬ男が手帳に残した日記から、震災で逝った恋人洋子の心情に寄り添っている。洋子は求婚する彼に「あなたとの間には乗り越えないといけない壁があるのよ……」と言った。勿論出身地の問題である。この作品には時本の友人が経験する人種差別も語られ、差別に対する客観的視点や差別構造の多重性が(表層的ではあるが)描かれる。この小説は最後に希望を語るが、しかし社会がどう変わろうと差別はウィルスのごとくに変形しながら生き延びる。闘い続けなければ増殖するのだ。
 作品集の半分を占める「旅の序章」は、「僕の出生地の問題」に関わって女に愛されなかった青春時代と困難だった就職を描いた。僕はビニ本と呼ばれるエロ本中心のチェーン店本部に就職し長崎や佐世保に長期出張して店の運営にあたっていた。あるとき昼勤を頼んでいる矢沢というおじさんと飲みに行くと、矢沢は兵隊時代に同僚の兵隊が上官の命令で民間中国人を銃剣で刺し殺すのを見たという。その同僚兵隊が同和地区出身だったと言う。十二人までは突き殺すのを数えたがそれ以上は見ていられなかった。
 本部に帰って本店の手伝いをするようになったが、二十四時間営業の方針を実行できない僕は退職してしまう。会社の寮を引き払ってアパートを見つけた僕は仕方なくスーパーマーケットのアルバイトを始めるが、そこも二十四時間営業だった。この設定は現在のコンビニ経営者の過重労働を先取りしている。
 僕は『かよちゃん』という女将がひとりで切り盛りする食堂の常連になる。『かよちゃん』は差別される地区のど真ん中にあって、被差別部落出身の僕としては気兼ねが要らない場(トポス)だった。
 僕は、行き着けになった喫茶店で働く天真爛漫な恵子と親しくなる。マスターに「あの子はね、屠場のある、あっちのほうから通っている」と教えられる。僕は身寄りのない恵子と蜜月関係になる。
 万引きする不良少年たちともめて怪我したのを切っ掛けに店を辞めてしまった。実家に戻って教員になるために大学に学士入学するが、恵子との連絡は取れなくなってしまう。
 この作品には阪神淡路大震災がエピローグとして書かれている。被災地のボランティアで、長崎で出会った車椅子の吉田と再開する。『かよちゃん』のあたりはすっかり更地になっている。この小説は東日本大震災後に書かれている。表現がやや軽きに失すると雖も、震災後の希望へと繋げたい作者の心情は理解出来る。
〈可能的に、「国民」の一部を「非国民」として、「獅子身中の虫」として、摘発し、切断し、除去する能力、それなくしてナショナリズムは「外国人」を排除する「力」をわがものにできない。〉
                                                               (鵜飼哲『まつろわぬ者たちの祭り』インパクト出版2020年4月)
 世界を疲弊させる排外主義は、国内に必ず被差別階級を生み出し攻撃する。同時に差別される側に妬みや嫉妬、劣等感と裏返しの優越感という暗いエネルギー情念を生み出す。

« 金石範「満月の下の赤い海」(『すばる』7月) | トップページ | ピョン・ヘヨン『モンスーン』 »

書評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 金石範「満月の下の赤い海」(『すばる』7月) | トップページ | ピョン・ヘヨン『モンスーン』 »