フォト
無料ブログはココログ

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月20日 (土)

金石範「満月の下の赤い海」(『すばる』7月)

鎮魂の文学が、生と死の端境に佇むわれらに齎すものは何だ
金石範(キム ソクポム)「満月の下の赤い海」(『すばる』7月)

20207  小説「満月の下の赤い海」は、今年95歳になる老作家金石範が生涯のテーマとして追求してきた済州島四・三事件と、在日朝鮮人の実存を結びつけ性である生と死を弔った作品だ。
 在日韓国人の若い女性ヨンイと在日朝鮮人作家であるK先生とのやりとりが小説全体の枠を形成している。それは韓式軽食レストランでの待ち合わせから韓式食堂でのホルモン鍋を突きながらの会話、更に帰りのタクシー中の性的交流まで続き、K先生が帰宅した翌日、二日酔いの散歩での思索と妄想で一旦終了、劇中劇ならぬ小説中小説を挟んで二ヶ月後、三ヶ月後の感慨で幕を閉める。
 ヨンイは韓国の大学院で日帝時代の文学、皇国臣民化のための文学、親日文学について学んだが、今は35歳で韓国舞踊を学んでいる。彼女は「帰化」を指向する父との軋轢に悩んでいる。また母親が済州島の海女だった経験を持つことなどから、済州島四・三事件をモチーフにしている作家K先生にシンパシーを寄せている。ヨンイはK先生の小説『海の底から、地の底から』を持参していて、小説の話や、済州島の海の話をしたい。K先生の小説を読み、軀の空虚を埋める羊水の海から、自分を死者の群れとともに飛び出した海女のように感じていると思いたい。ヨンイはK先生の本を通じて、済州島の海に繋がる母を感じてもいる。済州島四・三事件と現在の在日朝鮮人を結びつけた文学的表出としてのK先生の文学を直感しているに違いない。
 またヨンイは内化できず日本語に圧倒されるウリマル(韓国語)を意識している。本来母語を意味するウリマルだが、在日韓国人であるヨンイにとって韓国語は所詮、母語ではない。K先生にとっても同様で、在日朝鮮人作家にとって日本語で書くことの意味と苦悶は一言で語れることではない。金石範は『ことばの呪縛』(1972年7月 筑摩書房)、『民族・ことば・文学』(1976年11月 筑摩書房)以来、ことばの問題を考え続けており、それらは最近も『金石範評論集Ⅰ文学・言語論』(2019年6月 明石書店)としてまとめられている。
 二人の会話は、時制的には2001年10月6日が想定されており金石範は76歳になったばかりで、K先生も76歳だ。金石範の『海に底から、地の底から』が出版されたのは2000年2月だが、ヨンイは2001年8月発行の『満月』を先に読んでいるから、最近これを読んで冒頭を暗誦できるほどに熱中していることになる。
 ヨンイは民族舞踊に依って魂の解放(プリ)「ことばの変質と解放」を目指そうと思っていて、心は済州島に向かっている。
 帰らざる島、「イオド(離於島)」と呼ばれる済州島は風、石、女の多い三多の島と呼ばれるユートピアでありながら、生と死を分かつ海の島であり、虐殺の島だ。帰らざる島、一度渡ったら帰れない島「イオド」は、現実の済州島民から見れば更に先にある幻の島、形而上の島とも捉えられるし、虐殺を逃れて密航した島民にとっては日本こそイオドなのかも知れない。
 ここで金石範にはタイトルが似通った作品があるので注記しておきたい。
『海の底から、地の底から』(『群像』1999年11月号掲載)2000年2月 講談社
「地の底から」(『すばる』2014年2月掲載)収録単行本未刊
『海の底から』(『世界』2016年10月~2019年4月連載)2020年2月 岩波書店
この3作は別個の作品なので混同しないようにお願いしたい。
 ヨンイの問いに、K先生は今は小説は書いていないと応えるが、実は書いている。その小説のタイトルが「満月の下の赤い海」だ。小説の途中に挟み込まれる「満月の下の赤い海」は金石範の代表的長編小説『火山島』の登場人物ブオギを主人公としている。謂わばスピンオフだが、金石範がこの頃実際に書いていたかどうかは確かめないと分からない。少なくとも小説のなかで書かれたような雑誌発表は無かった。
 2001年は紀行文「苦難の終わりの韓国行」が『文学界』11月号に発表されるが、その後も2005年『すばる』6月号に、後に『地底の太陽』(2006年11月 集英社)としてまとめられる「豚の夢」を発表するまでは、紀行・エッセイなどだけで小説の発表は無かった。『地底の太陽』は『火山島』の登場人物南承之(ナムスンジ)を主人公とした続編で、更にその続編『海の底から』(岩波書店)が2020年2月に発行されている。
 『海の底から』には、「満月の下の赤い海」同様のブオギの李芳根(イバングン)追悼の場面が描かれている。『火山島』の主人公李芳根は、済州島きっての大富豪李泰洙(イテス)の長男で放蕩のニヒリストだが、南承之などゲリラ側の闘いに密かに手を貸している。『火山島』の大団円では母方の親戚で白色テロのお先棒を担ぐ警察警務係長鄭世容(チョンセヨン)を銃殺して、自らも自殺する。
 ブオギは李泰洙家の下女である。「ブオギ」とは台所女ていどの意味で、金石範読者には馴染みの「でんぼう爺」同様の通称であって本名ではない。ブオギは李芳根と性的関係を持っているが、見返りを求めるものではない。ブオギは名前を持たない被差別的存在だ。従順だが頑強で動物的に尽くす。朝鮮戦争が勃発し予備拘束された人びとが裸にされて「水葬(スジャン)」海上虐殺される。ブオギはその話を聞いただけでも身震いし、後に沙羅峯から椿の花を海に投げ入れて鎮魂する。
 ブオギの姿は、K先生に於けるヨンイが知的なファムファタールであるのと対称的にも見える。『火山島』でブオギは受動的存在として描かれ、四・三事件そのものに対して積極的に関わったり感想を述べたりはしなかったが、李芳根の死を迎えたブオギは能動的に追悼の働きを果たしていく。大女のブオギが屍体を担いで帰邸する道すがらの様子が詳細に描かれていて凄まじい。
 李芳根の恋人文蘭雪(ムンナンソル)を山泉壇へ案内したりする経緯は『海の底から』にも描かれる。『海の底から』では、ブオギは李芳根が死を選んだ場所で文蘭雪とともに巫女のように踊り狂う。「満月の下の赤い海」のヨンイも民族舞踊を習っているが、これは後追いの学習だ。
 ヨンイとの会食の翌日米軍によるアフガニスタン空爆の映像がテレビに映し出される。済州島四・三虐殺の後ろにはアメリカがあった。半世紀アメリカの戦争と虐殺は変わらない。
 K先生との会食から年を過ぎて一月半ばヨンイからの手紙が届く。ヨンイはカルフォルニアでディアスポラ研究学部に入学予定だ。
 金石範「満月の下の赤い海」は生と死を結んで命を語った。腐臭と欺瞞の充満した今日の日本でこのような鎮魂の文学を得たことが、我ら読者に問い糾す命の意味は重厚で厳かだ。

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »