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2020年5月 5日 (火)

金蒼生『風の声』

白色テロの嵐吹き荒れる戦後史を済州島と大阪猪飼野を結んで生きた姉妹
 金蒼生(キムチャンセン)『風の声』新幹社 2020年4月
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 見た目も性格も違う双子の冬芽(トンア)と雪芽(ソラ)。えくぼがあり快活で積極的な冬芽、切れ長の目を持つ少し内気な雪芽。二人は植民地支配下の朝鮮済州島に、器用で働き者の父高千基(コウチョンギ)と賢明で愛情深い李善姫(イソニ)のあいだに生まれた。
 しかし貧しくとも豊かな島の暮らしは、本土から来た西北青年団と警察の討伐によって変わった。若い男であればアカと疑われて殺された。双子の家も土間に竹があったというだけで、武装団の使う竹槍の材料だとみなされた。1948年に起きた世に言う「済州島四・三事件」だ。金石範の『鴉の死』や『火山島』で世に知られるようになるまでは、殆ど無かったことにされた歴史だった。余りの恐怖で日本に逃げた元島民までもが口を閉ざし続けていたからだ。
 戦後東アジアを覆った白色テロは、朝鮮、台湾、日本を連関して襲った。台湾では1947年に二・二八事件が起きた。日本では1947年5月に「外国人登録令」が制定され「日本国民」だった在日朝鮮人は法的に「外国人」として管理下におかれた。翌48年4月には朝鮮学校の閉鎖が強行され、神戸や大阪では大規模な抗議行動と当局との衝突が発生し、大阪の3万人集会では警官によって16歳の少年が射殺されている。小説の中でも、この「阪神教育事件」によって、のちに冬芽と結ばれる金希東(キムフィドン)が1年ほどしか民族教育を受けられなかった。
 1949年4月にはレッドパージが始まり民主勢力が公職から追放される一方、戦争協力者約20万人の公職追放が解除された。また8月には国鉄労組員や東芝労組員を冤罪逮捕した松川事件が起こされるなど一連の謀略事件がでっちあげられた。日本でも白色テロの嵐が吹きまくったのだ。
 冬芽と雪芽の一家は、家を襲撃され焼かれるも隠れていて命は助かる。しかし命の危機を感じた父千基は山に隠れ、母善姫は姉妹を日本に密航させる。善姫は妊娠した身体で警察支所に連行され棍棒で殴り殺される。
 狭い船底に揺られて胃液を吐きながら数日をかけてやっと大阪に着いた姉妹を母と親しかった時春(シチュン)が迎えにきた。大阪の朝鮮人密集地区「猪飼野」で雪芽は履き物工場に、冬芽は大衆食堂に住み込みで働く。二人はまだ9歳の身で親と離れて自分で働いた。これは特殊な例ではない。作家金泰生は猪飼野では「女の子でさえ、七つか八つぐらいでも働きに出されることがあった。」(『私の日本地図』未来社 1978年)と書いている。
 二人は母との再会を心待ちに一生懸命働き大阪弁も自由になるが、朝鮮戦争の報せを聞いて恐怖と両親の心配で胸を塞がれる。やがて成長した二人の前に更なる困難が立ちはだかる。封建的家父長制女性観の前に身寄りのない雪芽は苦汁を飲まされる。
 20歳で生んだ子どもに伽倻と名付け長年親しんだ履き物工場を離れて、シングルマザーとして雪芽はミシンで生計を立てる。冬芽は時春の息子希東と結婚した。
 60歳を前にした雪芽は1998年大阪で開催された「四・三慰霊祭」に参加した。そして四・三事件のことを体験者に聞きに行き、両親と故郷への思いを強くする。一方在日朝鮮人団体に属して朝鮮学校の教師だった希東の妻になった冬芽は「四・三慰霊祭」には参加しなかった。
 雪芽が済州島に帰る決心をした頃、冬芽の夫希東の癌との闘いが始まる。
 小説の時系列は一定ではない。日帝時代の描写もあれば、年老いた時春がヘイトデモに遭遇する場面も出てくる。
 この小説は60年ぶりに済州島に帰って村で一番古い家で一人暮らす雪芽が、窓を開けると雪混じりの風が頰を打つシーンから始まる。厳しい現代史を生き抜いた爽やかさの表現に適している。
 最終章、済州島の風景は美しく描かれた。
 作者金蒼生は大阪生まれで雪芽よりはだいぶ若いが、雪芽より少し遅れて済州島に移住した。挿画も作者が描いた。金蒼生の作品は他に『わたしの猪飼野』『済州島で暮らせば』などがある。

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