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2020年3月15日 (日)

キム・フン作 戸田郁子訳『黒山』クオン

東アジアの転換期に翻弄される人民の生

キム・フン作 戸田郁子訳『黒山』クオン  2700円+税
Photo_20200315221101  貞純(チョンスン)王妃と言えば、韓国ドラマ「イ・サン」の敵役としてファンには覚えられているだろう。扮したキム・ヨジンは、「宮廷女官チャングムの誓い」で済州島の医女としてチャングムに医術の手ほどきをしたチャンドクだった。身分は低いが心正しい庶民の味方から、50歳以上歳上の王に嫁ぎ権力に執着して、血縁の無い孫サン排斥に動く王妃まで演じ分ける演技派の名優だ。
 キム・フンの歴史小説『黒山(フクサン)』は、貞純王妃の垂簾政治下の事件である。1800年6月に西洋の学術・科学の受容に寛容だった正祖(=イ・サン)が世を去り、10歳の純祖が即位すると貞純王妃金氏が政治の実権を握った。後の世まで朝鮮を儒教一辺倒の停滞と人民抑圧の腐敗政治に導いた安東金氏(アンドンキムシ)による勢道政治の端緒である。勢道政治というのは門閥政治とも言える。安東金氏の一族で政府の要職や地方の人事権まで掌握して、政治を私欲で左右する利権政治が続いた。人事権の掌握とは恐ろしい。安倍政権は2014年5月に内閣人事局を設置して官僚の人事権を把握した。こうして腐敗政治は始まるのだ。
 因みに貞純王妃は、正祖の父荘献世子(チャンホンセジャ)を讒訴して死に追いやった金漢耈(キムハング)の娘だ。
 そして貞純王妃が主導して、1801年に起きたのが辛酉教難(しんゆうきょうなん)だった。辛酉教難とは天主教つまりカトリックを大弾圧した事件だ。しかし宗教弾圧に止まらなかった。むしろ天主教取締に名を変えた政敵排除の事件だった。弾圧されたのは正祖を支えた南人派、弾圧したのは貞純王妃の兄金亀柱(キムグジュ)を領袖とする老論僻派だ。老論僻派は正祖の時代には公職から排除されていた。
 守旧派による先進派政治に対する報復が天主教弾圧という形に表れたのだ。小説では黒山島に流された丁若銓(チョンヤクジョン)と主犯格の一人として斬首される黄嗣永(ファンサヨン)を中心に、周囲の天主教徒や背信者、黒山島の人びとなど両班から庶民、奴婢まで様々な立場、多様な生が描かれている。黄嗣永の義父丁若鉉(チョンヤクヒョン)は丁若銓、丁若鍾(チョンヤクチョン)、丁若鏞(チョンヤギョン)の四兄弟の長男で家父長だった。丁若鍾は打ち首、丁若銓と丁若鏞は流刑に処せられている。丁若鏞の名は知る人も多かろうと思う。「牧民心書~実学者チョン・ヤギョンの生涯」というドラマもあったようで、これも敵役は貞純王妃だ。
 黄嗣永も歴史好きのあいだでは結構有名人。黄嗣永帛書の執筆者だからだ。それは朝鮮におけるカトリック教徒迫害の実態を北京の主教に報告し、軍艦と5万名以上の精鋭部隊の派遣を要請するものだったので、貞純王妃はじめ王権の実行支配者たちは恐れおののいたに違いない。黄嗣永は16歳で科挙に及第し王に手を握られた秀才だった。清廉な高才能文で正祖に可愛がられたというだけでも貞純王妃一派にとっては嫌な奴だ。
 小説の黄嗣永は丁家の叔父たちと親しく交わり、特に信仰心の強い丁若鍾の影響を強く受けた。心優しく、駅站の馬夫「馬路利」や丁若鉉に買われた奴隷の「六本指」にも丁寧に接した。黄嗣永は彼らに影響し彼らに保護されるが、逃亡先の昼間も暗い土窟の中で帛書を認(したため)めて捕縛される。
 馬路利は従事官の馬夫として冬の使行に従い北京に到着する。この往復が命がけで途中で死に捨てされる者も多い。馬路利は黄嗣永の言に従い天主堂のクベア主教を訪ねる。クベア主教は馬路利に清の銀貨四十両という大金と昇天するマリア像を渡す。朝鮮の事情が詳しく伝わっていなかったとしてもいかにも脳天気な対応だ。銀貨を発端として馬路利は捕縛され、黄嗣永をはじめ多くの命が拷問のうえ斬首刑に処せられる。
 丁若銓はどうか。取り調べ中に棍杖を受け苦痛を抱える身となり孤島に流されたとは言え、島の人びととの交流があり、現地妻を娶りある意味不自由がない。
 渡ることのできない大きな水と、陸地から離れた距離こそが流刑の刑罰なのだろうが、新しく近づいて来る時間を奪うことができないのなら、刑罰は無きに等しかった。054
 天主教徒であることを止める、いわば転向者であり背教徒としての煩悶は余り感じられない。そもそも信仰よりも西洋の学問・哲学に関心があったのかも知れない。事実、丁家末弟の丁若鏞はキリスト教の祖先祭祀廃止については批判的立場だったと言われている。(姜在彦『朝鮮儒教の二千年』459)
 丁若銓は島の若者昌大(チャンデ)と海や魚の話を交わしていくうちに、諦念にも似た一種の悟りの境地に到る。政治からは隔たらせられ、また無力でもあったが、丁若銓はここで生きることに決めたのだ。
 その水音の向こうにある海からは言葉は生まれて来ず、文字が定着する場所もなかった。言語が支配する世界と言語が生まれない世界とでは、どちらが怖いのだろうか。水音の向こうから、人間の意味を付与して作られた言葉ではなく、生命と事物の中で自ら紡がれた言葉が新しく芽生えることはあるのだろうか。183
 丁若銓は黒山の海の魚の姿や様子を、魚の言葉に少しでも近づいた人間の言葉であるように書こう決める。そして後に『兹山魚譜』を書き残した。
 小説の中でもう一人重要な役割を果たす人物がいる。朴チャドルだ。朴チャドルは小作農の息子だったが、下級官吏に取り入って出世し、文書改竄して儲けた金で捕盗庁の官員の身分となった。麻浦(マッポ)の塩辛屋で天主教に染まったが、摘発されて棍杖で十発殴られてスパイとなった。この男が黄嗣永の摘発に暗躍する。訳者戸田郁子の解説によると、作者金薫は朴チャドルのように「背教者だが、自分なりの真実を持っており、その真実を暮らしの中に築こうとし」た人物が好きなのだそうだが、私は嫌いだ。彼は背教者ではなく背信者だ。人の信頼を裏切ることで生きる道を選び最後は敗れたのだ。しかし強く責める気にもならない。捕まって死罪の免れない妹の殺害を、実際に棍杖を振るう執杖使令に頼んだチャドルの気持ちは如何ばかりであったろうか。
 私が好きなのは馬路利や六本指のように無邪気で疑いのない心の持ち主だ。昌大も好きだ。島に生まれ、島に暮らし、魚や海に詳しい。しかし無知ではなく文字を読み丁若銓から学ぶ。陰謀術策からは遠い素朴な生だ。更に陸地と黒島を行き来する船頭の文風世の達観した逞しさにも惹かれる。困難な時世にはそうした処世が身を助けるかも知れない。
 この小説に登場する天主教徒たちは、やや用心深さに欠ける。それは彼らが主義者ではなく信者であるせいか。教徒組織の要になっている甕屋の崔老人は、十字を切ったくらいで朴チャドルを信じてしまった。一旦捕り方に先んじて逃避に成功した姜詞女も、チャドルを怪しんでいながらなぜ逃げなかった。読んでる方は不甲斐なく思うのだ。
 19世紀、西洋のインパクトに対して東アジアに位置する清・朝鮮・日本の三国は鎖国か開国かを迫られてた。それは同時に近代を受け入れて社会改革を行うか、既得権益層を守るために排外政策をとって益々民衆から収奪するのかの選択だったとも言える。よこしまな支配者の言葉は良く伝わり、人民は耐えて逃げるのが運命なのだろうか。
 大きな歴史の局面に対峙して人の生は多様だ。大概はそのことに気づかないで過ごすに違いない。戸田郁子は、虐げられ踏みにじられる民は故郷を捨て辺境の地満州に至ったのだろうと想像力を逞しくした。ならば、キム・ヨンスの『夜は歌う』の無念にも繋がるかも知れない。
 歴史をもっと良く知りたい読者には、姜在彦『西洋と朝鮮』(朝日選書)、『朝鮮儒教の二千年』(講談社学芸文庫)を推薦する。金薫の翻訳されている作品は他に蓮池薫訳の孤将』(新潮社)がある。

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