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2019年7月24日 (水)

廉想涉『驟雨』

朝鮮近代小説の先駆者が描いた韓国文学の嚆矢
廉想涉『驟雨』白川豊訳 書肆侃侃房
Photo_20190724135001  廉想涉(ヨンサンソップ)は1897年生まれ植民地時代からの作家だが、李光洙(イグァンス)らとは異なり日本語では書かなかった。
 『驟雨』は解放後に新聞に連載されたので後期の作品と言える。朝鮮戦争勃発後のソウルを舞台にしている。翻訳した白川豊が解説で指摘しているが、張赫宙(チャンヒョックジュ)の『嗚呼朝鮮』(新潮社)と同じ1952年に書かれている点は面白い。因みに尹紫遠(ユンジャウォン)『38度線』(早川書房)は1950年発行だ。朝鮮の動乱で逃げ惑う人びとの姿を描いた張赫宙や尹紫遠は民族の痛苦の文学化という点で成功したのかも知れない。それらに比して廉想涉の『驟雨』はどこか切迫感が薄い。
 『驟雨』は朝鮮戦争という歴史的な大事件を背景にした恋愛小説なのだ。姜スンジェは30過ぎの美人で貿易会社社長秘書兼愛人だった。朝鮮人民軍(作品中では「傀儡軍」となっている)の南下を恐れ、強欲な金学洙(キムハックス)社長は財産をトランクに詰めてスンジェらを連れて逃げようとするが、漢江を渡る橋を破壊されて右往左往したあげく、調査課長の申永植(シンヨンシク)の実家に隠れる。人民軍の進駐で混乱するなか、スンジェは年下の永植に惹かれていき情念を燃やす。
 スンジェには元は中学教師をしていて越北した夫がいた。人民軍のソウル駐留とともに戻って来た夫から逃れてスンジェも永植の家に寄食して永植や家族の面倒をみることになる。スンジェは社長と別れ永植の妻の座を狙っている。永植もスンジェの色香に溺れかかるが人民軍に徴兵されてしまう。
 人民軍が敗走すると釜山に逃げていた永植の恋人で若い明信(ミョンシン)が戻ってくる。永植もぼろぼろの姿になりながらも何とか無事帰ってくる。明信は永植とスンジェの関係を怪しむが、永植は優柔不断でハッキリしない。流れに身を任せている風で何ともだらしない。とは言え、内戦の混乱時だ。泰然としていると言えなくもない。金社長は逃げ隠れながらも相変わらずの利己主義で、心は金と色欲に満ちている。見つけられて連行され生死不明の行方不明になるが、それ程同情されない。
 男が意気地ないの比して女性の意志は明瞭だ。スンジェは蠱惑的な魅力を持ちながら媚びず自分を生かす方途を知っている。強い女性で、永植や永植の母や妹のみならず、自分の実家の継母や妹・弟の生活の手立てもしている。
 後半登場する明信は凜として自尊心が強く弱音を見せない女性だ。永植に対する批評も厳しい。

 神経が弱くなり、踏ん張る意志の力も失せたからだろうが、戦争が人間性を失わせてしまったのか、愛欲にだらしなくなって成り行きまかせになったからなのか、あるいは良心の呵責でそうなったのか、ともかく心が痛んだ。

 しかし彼女らの意見は、政治や社会、戦争に対してということではない。動乱の中でも彼らの意志は私生活にしか向かわない。白川の解説によると〈徹底して現実の状況をリアルに描くという彼本来の路線〉で書かれた小説なのだ。この登場人物たちはおおむね中流上層の市民たちで、書かれたのも戦争中の韓国側だ。謂わば特権階級のリアリズムである。現代作家であるイ ヒョンの『あの夏のソウル』が描いたような、民衆的視点は持っていない。それは無理な注文だ。
 むしろ、戦争のさなかに戦争をモチーフにして書き、戦意高揚ではない三角関係、四角関係の恋愛小説に仕立ててしまったところに興味が湧く。
 タイトルが示すように「にわか雨」と言うには、米朝が戦争状態の終結に向かうかもしれない今日から振り返ると、些か朝鮮分断戦争は長すぎる。
 小説は人民軍の再南下に伴いソウルを脱出しようというところで終わるので、この三角関係の行く末は見られない。続編もあるようだが恋愛関係の縺れに結末は付かないらしい。
 廉想涉の小説はこれまで、『万歳前』(2003年 勉誠出版)、『三代』(2012年 平凡社)が翻訳出版されている。いずれも白川豊の翻訳である。廉想涉については翻訳本各解説の他、白川豊『朝鮮近代の知日派作家、苦闘の軌跡 廉想涉、張赫宙とその文学』(2008年 勉誠出版)などが前期作品について紹介している。

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