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2019年3月25日 (月)

イ ヒョン『あの夏のソウル』

あの夏のソウルに心を寄せる意味
                                                                                イ ヒョン『あの夏のソウル』下橋美和訳(影書房)
Photo 2019年2月28日、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長がベトナムの首都ハノイで会談を行った。歴史的和解が成立するやに思われたが決裂した。朝鮮戦争の終結文書は交わされなかった。近い将来の会談再開と平和条約の締結が待たれる。
 朝鮮戦争とは何かとの問いには歴史学者や政治学者が答えるだろう。韓国ではこの問いに作家たちが向き合い考え続けてきた。そこには人間が生きていたからだ。朴婉緒の『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』(橋下智保訳、かんよう出版)などの自伝的作品は代表的だろう。朴婉緒は1931年生まれだが、若い作家たちにとっても朝鮮戦争は終わっていない。1970年生まれのイ ヒョンが青少年向けに書いた『1945,鉄原(チョロン)』は解放後の朝鮮で分断に揺れる青春群像を描いた。『あの夏のソウル』はその続編だ。前作の中心だった姜敬愛(カンギョンエ)や黄基秀(ファンギス)に代わり、革命運動家の孤児で貧しく底辺を生きた14歳の高鳳児(コボンア)や、地主一族で親日派判事の17歳の息子黄殷国(ファンウングク)らの苦闘する青春が描かれた。殷国は前作で共産主義者として死んだ黄基秀の歳の近い甥である。
 舞台もソウルに移った。ソウルは朝鮮人民軍の南侵によって人民共和国の支配下に入る。鳳児は西大門刑務所で生まれ、革命家の遺児として平壌の万景台革命学院に学ぶ生徒だったが、そこを逃げ出して鉄原を経てソウルに進入した。今は同徳女子中学に通い革命的なアジテーターとして名を馳せてしまった。平壌では落ちこぼれだった鳳児はソウルでは模範生になり正義を振りかざすが、本心はただ貧しい者も富める者も平等に分かち合い、殺したり殺されたりすることのない世界を望んでいるだけだ。自分の居場所を求めて足掻く少女に歴史は過酷な運命を背負わせる。
 黄殷国は金持ちの息子だが、家族の多くは釜山など南方に逃げ父親の黄基澤(ファンギテク)は行方不明だった。殷国は父に反発しながらも心配していた。殷国は、日本の植民地支配期には親日派として立ち回わり解放後も莫大な財産を有する大地主の一族だった。父である黄基澤は横暴な右翼判事で左翼の活動家を容赦なく取り締まり過酷な判決を下していた。
 殷国の友人たちは多様だ。共産主義者として戦う道を選んだ者もいれば、具相満(グサンマン)のように右翼グループに属して活動する者もいた。相満には彼なりの正義があり、平等を立前とする人民共和国支配とは相容れなかった。
「おれがつかんだ縄が法であって、正義なんです。」
「ようやく人よりいい暮らしができそうな縄をつかんだのに、いまになってチャラにして公平にだって? そんなふうにはできません! だから、アカをぶっ殺すよりしかたないんです。」
歪んだ思想だが相満にとっては正義だ。こうした正義を振りかざしてヘイトスピーチを叫び、ヘイトクライムを実行してしまう人間が現代社会にも少なからず現れている。
 再び米軍が攻勢をかけ李承晩政権がソウルを掌握すると黄殷国は父親に救われて元の家に戻るが、釜山へ行く列車から飛び降りて自分の道を目指す。殷国は自分を育んだ生活が朝鮮民衆を踏みつけにして成り立っていることを認識していた。彼には右翼から左翼まで様々な友人がいて、それぞれに貧しかったり芸術家だったり、殷国とは違う視点を彼にぶつけていた。第三者の目があって初めて「確固たる加害者」を自己に発見することができたのだ。朝鮮戦争のさなか、家を奪われ家族をバラバラにされ友を失うが、殷国には自分が被害者であるという認識は見られない。
 この小説では多くの若者たちが傷つき、倒れ、死んでいった。そして更に、生き残った者を待っている残酷な未来をわれわれ読者は知っている。支配し支配され奪い奪われ、踏みつけてのし上がる者と踏みつけられるものとの矛盾が現代史を覆って行く。
 殷国や鳳児たちは本当は支配することも支配されることも望まず、ただたんに〈うばわなくても豊かでいられて、はいあがらなくても尊厳を持って生きられる世の中を夢見て〉(作者あとがき)いたに過ぎない。
 沖縄を中心とする在日米軍基地から飛び立った米軍機は容赦ない爆撃で朝鮮半島を破壊し、そこに暮らす人々を地獄に追いやった。日本の植民地支配から朝鮮戦争を経て固定化した分断は連続している。日本と無関係ではなく日本人は無関心ではいられないはずだが、どれだけの日本人が朝鮮戦争に苛まれたあの夏のソウルに思いを寄せて来ただろうか? 歪んだ正義で嫌韓をがなり立てる前に謙虚な気持ちで振り返って見た方が良い。
 人間は自分なりの正義で暴走する。為政者も権力者に従うだけの弱い立場の者も同じく正義の鎧で身を固めている。加害者である自己を認識し得なければ誰でも醜悪な行為に手を染める可能性がある。評論家山城むつみの次の言葉を胸に刻みたい。
真に恐ろしいのは、人間的で高潔な心情を持つ人が、高邁な理念から正しい理論に基づいて真摯にその原理を実践したにもかかわらずそこからは想像を絶する醜悪な行為が出来てしまうということである
                     (山城むつみ『連続する問題』2013年4月幻戯書房)

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