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2018年9月 1日 (土)

母の闇──松岡政則の詩

松岡政則『あるくことば』(書肆侃侃房)

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 日常は単調だ。目やにで曇った目で先行きの不透明を感じ、日々動きが悪くなり認知機能の悪化する母の世話をしながら、自分も内科と整形外科と眼科に通院し、日々の家事をやっつける。勤め人であれば、定時で帰宅する勤務先で疎外感を感じ、いよいよ「介護退職」となると先行きの不安が増す。そうした日常が続けば、汚辱に対する嫌悪が増してくる。自分が潔癖であると錯覚して仕舞うのだ。母の糞尿は薄汚く、認知症は否定すべきワガママな振る舞いにしか見えなくなってくる。そこには非対称性の暴力が横たわる。おぞましき母の身体から分裂逃避し、純血を希求するレイシズムの底なし沼に足を踏み入れるのだ。
 制御しきれない暴力に自己嫌悪の穴に嵌まっていると、懐かしい詩人から小さな詩集が届いた。松岡政則の新詩集『あるくことば』(書肆侃侃房)だ。極限まで地味な装丁、カバーの右上に本文より小さい字で書名と詩人の名が、目立たぬようにそっと印刷されているだけで、見落としそうだ。
 松岡政則は1997年「家」で新日本文学賞を受賞。翌年第一詩集『川に棄てられた自転車』(澪標)を上梓した。
 
 石を投げている
 トタン葺きの今は誰も住まない家
 砂利道の石を拾っては
 男が投げている
 窓ガラスが割れ音が散らばる
 沢伝いに音が散らばる
 石を投げている
 窓という窓に
 壁という壁に
 失ったものにトドメを刺しているのか
 表札の外された玄関に
 縁側の雨戸に
 石を投げている
              (家)
 
 「石を投げている」のリフレインが隠然とした闇に突き刺さっていく。この闇は差別の根源だ。
 
 土壁にあたる、鈍い、どす黒い音、
 音が重みをおびてかぶさってくる
 石を投げている
 男にもうまく説明できまい石を投げている
 
 石は言葉であり詩である。暗い因習に、崩れた屋根のようにのしかかってくる歴史に詩人は石を投げている。
 松岡は2001年発行の第二詩集『ぼくから離れていく言葉』(澪標)の「あとがき」に他界した母について書いている。
 
 ぼくは時々自分を自分として同定できなくなったり、自分がこのままスーと居なくなってしまうのではないかという実存的不安に悩まされてきた。そんな自分をつなぎ止めておくために、存在実感の揺らぎを押さえつけるために、ぼくは詩を書いてきた。ずっとそう思っていた。が、何のことはない。母だったのだ。〈ぼくは今ここにいます〉といつも母に伝えずににはいられなかったのだ。
 
 松岡の母性棄却は実際の母の死によって完成されたかに見えるが、「悪しき母」からもたらされ「私」を苦しめる要素との格闘、即ち「妄想分裂ポジション」は心の底に密かにしゃがみ込んでいる。松岡は〈抑圧された者たちのあるかなきかの声を、言葉にすれば自らも血を流さずにはおれないような孤独の語を、都市の陰裂に突っ込んでやるのだ。〉(同上「あとがき」)と直截に語っている。
 
 捜し物をしていて
 偶然見つけた
 うすむらさき色の手のひらほどのやつ
 際どいカットの
 卑猥なやつ
 日記を盗み読んでいるような
 土足の気分
 
 この詩「妻は下着をかくしている」は、この後ユーモラスに展開するが、実はミソジニー一歩手前で踏みとどまるかのように婉曲している。母に代わって分裂すべき相手としての妻は最適だろうか。
 2003年にH氏賞を受賞した『金田君の宝物』(書肆青樹社)には度々「母」が表れる。もはや美しく虚飾された記憶だけでは収まらないものを詩人は凝視している。
 
 ビニールの管が 何本も突き刺さっている ズタズタに
 弄くられた 母の手を握る か細い息を握る 闇がある
  深潭な闇がある 夕暮れの畦に ひとり立ち尽くして
 いるのか それとも上の淵を溺れているのか 機械で呼
 吸をしているのに 微かに握り返してきた 母の闇が
 遠くから握り返してきた その何時間か前の 誰もいな
 い外来の待合室でだ 声を荒げて 兄と激しく言い争っ
 た
                   (ICU)
 
 詩「金田君の宝物」で、差別の深淵に立つ少年だったぼくと金田君、大人になったぼくがトモダチにならなかった金田君との厚い連帯の意識を屹立させたのは、金田君がくれた「女のアソコ」のモノクロ写真だった。
 
 中学三年の夏休み 
 ぼくと金田君は砂防ダムの工事現場で〈土方〉をした
 みなと川に潜って魚を突いたり
 クラブ活動に出てなどいられなかった
 ぼくらはそのぶんムキになって働いた
                   (金田君の宝物)
 
 この連帯の意識は『あるくことば』に知の言葉として結実していく。松岡は、インド、沖縄、韓国、中国、台湾やあるいはベトナムかも知れないがどこか分からない外国を歩いている。しかし詩人が歩いたのはニューヨークやロンドンではない。旧大日本帝国の植民地や侵略戦争の戦場とした地だ。そこで見たのは非均質性の暴力、差別者として君臨したものとしての自覚だったのではなかったか。
 
 あるくという行為は
 ことばをすてながら身軽になるということだ
               (どこにいるのか)
 
 石のように暗黒の歴史にことばを投げつけていた詩人が、ことばをすてながら身軽になるという。絶望だ。言葉にこそ表さないが、世界を歩いて、あるいは病の妻を抱えて、連帯を希求して詩人は絶望している。そして絶望こそ自己凝視に繋がる。
 
 そうせずにはいけない手、
 はどうしようもなくあらわれる
 出自のことではない
 寛容になれない醜さがわたしにはある、
 そのことでもない
 身におぼえのないものがまじる手
 洗っても洗っても洗ったことにならない手
 つれあいの髪の毛がほとんど抜け落ちた、
 そのことだろうか
 食べてくれない返事もくれないそのことだろうか
                                               (手、)
 
 自己に対する批判的視座を持った詩人は、おそらく自分が自分であることへの不信でいっぱいだ。この自己批判的自己凝視は、母を思い妻を省みハハからの妄想分裂ポジションを押し込めることに努力している。雄々しい父は要らない。それこそ排外主義者や父権主義者の妄想だと詩人は自覚している。
 
 忍耐はない
 性癖は治らない
 起立しない連帯にも近づかない
 セイタイイシュクです、と医者はいう
 しゃべらないでいると退化するのだという
 よってたかって誰かを責めたてて
 わたしもお国もとり返しのつかないところにいるらしい
 トタン波板の外壁と潮の満ち干
 みかんの花咲く島でくらすことになりました
 
 過剰な接続で
 誰しもが疲れている
 わたしらは知っている
 知っていてなにもしないでいる
 よわいものがよわいものを喰らうどん底
 ひとがひとを信じるとはどういう刹那をいうのだったか
 集団化していくわたしら、
 「正気」がたもてなくなるわたしら、
 もうどんな顔でいたらいいのかわかりません
                    (聲嗄れ)
 
 松岡政則さんありがとう。歩くも良し、引きこもるも良し、いずれにしても我々は空中戦を闘うしかないのでしょう。
*「妄想分裂ポジション」については、倉数茂「〈おぞましき母〉の病理」(『アイヌ民族否定論に抗する』岡和田晃 マーク・ウィンチェスター編 所収)を参照。

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