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2018年7月 6日 (金)

クォン・ヨソン『春の宵』

隠された記憶を呼び戻す媒体としての酒

                                                               クォン・ヨソン『春の宵』書肆侃々房 橋下智保訳

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 クォン・ヨソン『春の宵』に収められた七編を読んで誰しもが酒飲みの物語と思うであろう。「春の宵」の妻ヨンギョンや「逆光」の新人作家はそもそもアルコール中毒だし、他の作品の登場人物たちも酒飲みだ。
 酒は忘却のために嗜好されると思われがちだが、往々にして隠された記憶を呼び戻してしまう。
 「春の宵」のスファンとヨンギョンはそれぞれ辛い過去を背負って43歳のときに出会い結ばれたが、夫スファンはリウマチ性関節炎が悪化し、妻ヨンギョンはアルコール中毒で肝硬変と栄養失調になっている。破産手続きをして療養所に入った二人だが、スファンの症状は末期的で、ヨンギョンはアルコールがやめられず外出すると帰ってこない。
 「三人旅行」では、キュとジュランの別れかけ夫婦とフニの三人はジュランの運転で旅行に出かけた。途上、わざわざ遠回りして、参鶏湯の美味いと評判の店や手作りハンバーグの店に寄る。窓外では冬季オリンピックに備えて工事が進んでいる。束草のコンドミニアムに泊まり、雪岳山国立公園や章沙港で遊ぶ。彼らは民主化運動を闘った世代だ。
 酒を飲み、生活の茶飯事や先輩の話で口喧嘩をする。キュは明け方に鉄のついた赤い錆のような男の声を聞く。彼らにどんな過去があったか読者には分からないが、彼らは1980年代の幻覚に囚われている。彼らは朝からウイスキーを飲み、干し鱈スープと焼き鱈を食べに行く。
 「カメラ」のムンギョンとカンヒのあいだには秘められた関係がある。かつてムンギョンの恋人だったクァンジョンの死は、なんびとの意思とも言えぬものだった。ムンギョンが「写真を習って撮ってみたいな。」と言ったのが原因だったのか、自治体の責任者がその道を石畳にしたのがいけなかったのか、不法滞在者が多いのが悪いのか、クァンジョンの死という結果を一つの要因に求めることは難しい。クァンジョンの死から10年経った今、弟の死に心を深く痛めたクァンヒとムンギョンは飲み屋で飲んで酔っ払ってそれぞれに遠い記憶にまさぐられる。酒が過去を引き寄せる。そこにあるのは明確な意志ではなく中動態的な動きかも知れない。
 「一足のうわばき」では新人シナリオ作家のキョンアンがテレビに映ったのをきっかけに、高校時代の友人三人が14年ぶりに再会する。昔から勉強よりも遊んでいるのが好きだったヘリョンとソンミは、数学の教師が怖くてキョンアンに教えて貰っていた。二人がキョンアンの家に来て料理をして酒を飲み、三人でナイトクラブに行き、カフェでまた飲んで、キョンアンの家に戻った。過去の記憶は人によって異なる。酒によって引き戻された記憶は、それぞれに別の痛みを与える。
 記憶という電波を受信するための媒体として酒があるとしてら、引き起こされるのは不安だけかも知れない。「層」の彼と彼女が抱える不安も、見えない記憶が呼び起こされ、利己的な自分を見つめさせられてしまうからではないだろうか。
 「おば
(イモ)」の伯母の生き方こそ品位がある。夫の母の姉である伯母は家族と連絡をとらず独りで慎ましく生き、今は膵臓癌を患って余生を過ごしている。義母は実家が好きでなかったから結婚後は実家に寄りつかなかった。義母の姉である伯母は会社勤めしながら実家で母と暮らし、弟が博奕などで作った借金を肩代わりしていた。39歳のときに不良債権者になった伯母は非正規社員として働き10年かけて借金を返した。そして二年前家から消え家族とも縁を切って倹約して生きるようになった。伯母は作家を志している私を気に入ったのか、退院後私の定期的な訪問を受け入れた。家にはテレビも、パソコンも、電話もなく、インターネットも繋がらない。エアコンも扇風機さえなく修道女のような生活をしていた。休館日以外は図書館で一日本を読んでいた。煙草は一日に4本、酒は日曜の晩に焼酎を1本を飲む。いくらかの奇抜な行動と個性的な人々との出会いを〈彼らはそれなりに愛すべき隣人だった〉と思っている。それは良い記憶だ。死にゆく伯母の記憶は不安ではなく安らぎをもたらした。

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