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2018年5月 1日 (火)

ヤン ヨンヒ『朝鮮大学校物語』

再び光が当てられる日本の中の「朝鮮人」
 1970年代に李恢成や金鶴泳ら在日二世朝鮮人作家が現れ、主人公たちはそれぞれの立場で民族的アイデンティティを探した。在日朝鮮人による民族発見の文学的旅は「在日朝鮮人文学」と呼ばれ、日本人読者には日本に住む朝鮮人を意識させ、在日朝鮮人青年たちには複数の指針を示した。40年以上の年月を経て、その間「在日朝鮮人文学」は新しい世代の登場とともに「〈在日〉文学」と呼ばれるようになったが、李良枝以後そうした枠組みには当て嵌める意味を感じさせない作品が増えていた。柳美里は2006年に発行された『〈在日〉文学全集』に作品を集録していない。
 ところが最近ヘイトスピーチとレイシストの示威行動が社会問題化し衆目を集めるようになると、在日朝鮮人あるいは在日韓国人とは誰なのかを問う文学が再び脚光を浴び始めた。
 黄英治は商業ベースに乗らない地道な作家だ。黄が在日一世の父を描いた『記憶の火葬』(影書房)を上梓したのが2007年、韓国で囚われた在日政治犯の娘を描いた『あの壁まで』(影書房)が2013年、そして2015年発行の『前夜』(コールサック社)では、ヘイトスピーチに立ち向かう青年たちを題材とした。ヘイトスピーチは作家たちを刺激した。
 『ひとかどの父』(朝日新聞出版)、『緑と赤』(実業之日本社)、『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)など深沢潮の一連の作品もそうした題材を扱っている。特に最新作『海を抱いて月に眠る』は、朝鮮から「密航」した男が南北分断の政治状況に翻弄されながら身元を隠して生きなければならなかった様子を、父の困難に無知であった二世である娘と対比しながら描き、「在日」の歴史性を明らかにしようとする意図が窺える。
 崔実『ジニのパズル』(講談社)についてはこのブログで書評を書いている。群像新人文学賞を受賞してデビューし、織田作之助賞も受賞した。在日朝鮮人のジニは中学から朝鮮学校に通うが、北朝鮮バッシングと在日ヘイトのうねりの中で、自己の不安定な存在に嫌悪を抱き始める。朝鮮学校という小社会を取り込んだ日本そのものに反発したジニはオレゴンの高校で反発の日々を送る。ジニは残念ながら日本では自己を確認できない。Photo
 『ジニのパズル』がモチーフとしたのは中級学校だったが、ヤン ヨンヒの『朝鮮大学校物語』(角川書店)はその名のとおり朝鮮大学での生活を日本の読者に見せた。芝居が好きで演劇の勉強がしたくて東京の朝鮮大学に入学したミヨンだが、全寮制の朝鮮大学には夢見た自由が存在しない。全体主義で官僚主義的に統率された学校でミヨンは息苦しさから逃れられない。隣接する美大の学生との恋愛で表出された対比は見事だが、単純には描かれなかった。すでに日本社会が抱えた排外主義の問題も投射されている。
 しかしながら大筋では「北朝鮮>朝鮮大学校」の抱えた闇がクローズアップされてしまう。朝鮮大学生であることによるある種の特権を持っているミヨンは北朝鮮で姉に会うことがかなうが、音楽家であった姉夫婦は危険人物として地方で監視された生活を送っていた。姉の「…この国背負わされて日本で生きるのも大変やと思うわ」という言葉にミヨンの意志は固まる。
 この小説に対する興味は物語の主軸から離れたところにもある。在日朝鮮人の「朝鮮語」の多様さ、日本各地の方言に染まった日本語訛りの朝鮮語の多様さだ。言語が抱える民族性と地方性、越境性、などの課題は文学読者には常に関心事だ。
 ソウルから来た演劇人との交流のなかでミヨンが認めるのは〈美しいソウル弁で語られる強靱な信念〉だった。彼らは、表現の自由が担保されない韓国という独裁政権下で逮捕覚悟で演劇活動をしている。
「朝鮮語を話す人間は北朝鮮の学校を出たスパイだから関わるなと言われました。でも私が出会った演出の金さんはスパイどころか、酒好きの芝居バカです。…偏狭な妄想者に邪魔されるなんて真っ平です。いい舞台を作りましょう」
 「偏狭な妄想者」というのはここで直接には韓国の独裁政権だが、北朝鮮の為政者、あるいはヘイトスピーチをがなり立てる日本の排外主義者にも当て嵌まりそうだ。
 ただしここで読者が気をつけなければいけないのは2点、一つは朝鮮大学校の、あるいは在日朝鮮人のおかれた日本の状況がそれほど鮮明でない点、朝鮮大学校で組織に従順に過ごした学生にも人間としての精一杯の生があったはずだ。もう一つ、このモデルは1980年代の朝鮮大学、韓国も北朝鮮も日々変化しているということ。朝鮮大学校の現在が描かれる日も待たれる。

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