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2018年3月18日 (日)

金時鐘×佐高信『「在日」を生きる』

詩は現実認識における革命だ

Photo 「在日」を生きる、とは今さらながらのタイトルだが、戦後日本に生きる「日本人」出身ではない詩人の視点から、現代日本の抱える様々な問題の根幹を考えることに焦点を絞って見ればこんな対談になったと言えようか。軽い語りの対談だが、中身は重い。
 金時鐘
(キムシジョン)は植民地朝鮮の皇国少年であった。従って金時鐘の意識の基底をなしたのは日本語だった。〈それも皇国史観を徹底して賛美する日本語だった。それは非常に情緒的な日本語です。〉それだけに金は、日本語から距離を置き客観的に日本語を見る努力をしてきたのだろう。
 朝鮮語(韓国語)の母音は陽母音と陰母音に分けられる。万物は陰陽によって調和統一されるというのは朝鮮民族に受け継がれる考え方だ。ところが、近代以降の日本語は、明るい、澄んだ音ばかりを選りすぐって教科書言語としての標準語が作られた。〈日本語は代表的な陰性母音を、教科書言語をつくるときから無くしてしまった。…〉近代日本語いわゆる標準語は、教科書言語であり帝国主義言語であり、軍隊の言語であり、その閉鎖性ゆえに日本国内の方言さえも排除していった。金時鐘はは、〈統一言語、教科書言語、そして純血言語としての日本語の、排他性がひそんでいます。〉と言う。
 更に、金時鐘は日本の「詩」や「歌」、演歌にまで批判の目を向ける。
〈軍歌だけではなく、抒情歌といわれるものも含めて、歌というものは批評を持たないんです。〉
 演歌こそ〈戦前回帰の温床だと思いますね。〉
〈演歌というのは、一大思想詩ですよ。人間の情感的な体質を常に旧態依然なものに醸成する、べらぼうな威力を持っている。〉
 圧倒的に美しく懐かしいが、思考というフィルターを排除した演歌や演歌的な叙情歌に危険な匂いを察知する金時鐘の嗅覚は鋭い。演歌は考える力を無にし情緒の海に溺れさせる。

  書かれない小説は存在しませんが、詩は書かれなくても存在する。日常次元で普段の一切に演歌的情感が沁みているから、離れようがない。距離を置くということを思いつかない。

 金時鐘は〈詩とは、行き着くところ、現実認識における革命だと思います。〉と言う。
 私たちは政府の不正に面と向かっても、考えない。考える代わりに演歌を歌う。国会前や大阪や札幌で声を上げる代わりに諦めの歌を歌うのだ。着ては貰えぬセーターを編む、それがファシズムの許容だ。
 本当に詩を言葉にするということは、実存との衝突を怖れず、あるいは怖れながらも、出会い関わり合うことができる人に芽生える言葉を発するということだ。「安保法制反対」「森友・加計疑惑解明」「アベ退陣」というコールに詩がないと言えようか。「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の句を、さいたま市立三橋公民館が、「公民館だより」への掲載を拒否したのは文学的に意味のある事件だった。
 金時鐘の「解放教育運動の実践」として公立高校で朝鮮語を教えたときの経験も、読み捨てる訳にはいかない一節だ。内容は本書を読んで頂くこととするが、「地下
(じげ)言葉」には考えさせられた。〈番町地区の部落言葉には、丁寧語がありません。彼らはそれを地下言葉と称しますが、親子でもぞんざいな言葉で交わし合います〉。朝鮮(韓国)では子は親にたいして敬語を使うので、金の言う「親子でも」には文化的背景があり、現代日本人を前提にするなら、「他人の関係でも」と言うべきだったかも知れない。兎にも角にも、丁寧語の無い地下言葉も大事だが一般の市民生活にはそぐわないから、〈折り目正しい言葉を学んでいかなくてはならんのや。〉と言う金時鐘の言葉に、在日朝鮮人一世が日本語と向き合うとき、自己に認めさせる「合理性」を感じさせられた。不思議とそこに忸怩たるものを感じ取れなかった。
 一人の人間として生き、羞じ、怒る詩人の本音を垣間見ることができた。日本の内側にいて、日本的情緒に囚われない在日朝鮮人詩人の言葉を、東北生まれの言論人佐高信が刺激的に引き出した好著と言える。
                                                                                                 (集英社新書)

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