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2018年1月 8日 (月)

金石範「海の底から」

歴史人間はどう向き合うか

 在日朝鮮人作家金石範は、昨年(1917年)9月、韓国で第1回李浩哲(イ・ホチョル)統一路文学賞を受賞した。ソウル市恩平区が南北分断の不条理を描いて昨年死去した作家李浩哲にちなんで、世界の作家を対象に創設した賞だ。金石範は2015年『火山島』韓国語版が出版されるとすぐに、第1回済州四・三平和賞を受賞している。長編『火山島』の執筆によって「四・三」」の真実を国際社会に知らしめる契機を作るとともに、イデオロギーを超えた普遍的な人間の価値を描き出したことが認められたのだった。
 今回の李浩哲統一路文学賞受賞に伴う訪韓の様子は、『世界』12月号と1月号に掲載された。そのため連載中の「海の底から」は休載となった。「海の底から」は、完結した長編『火山島』を引き継いでいる。拷問のため満身創痍で済州島から逃れて日本に戻った朝鮮人南承之(ナ・スンジ)が主人公だ。済州島では1948年に朝鮮半島の南だけでの単独選挙、単独政府樹立に反対する武装抗争が始まり、ゲリラ化した闘争はアメリカと李承晩政権による大規模な討伐と島民大虐殺によって鎮圧された。その過程は、南承之の兄貴分的な存在であるニヒリスト李芳根(イ・バングン)を主人公とした『火山島』の背景として描かれた。南承之らを日本に逃がした李芳根は、裏切り者柳達鉉(ユ・ダルヒョン)と対決し死へと追い詰め、母方の縁戚で警察警務係長の鄭世容(チョン・セヨン)を殺した後、自らの命を絶った。
 実は「海の底から」より前に『火山島』の結末を引き継ぐものとして書かれたのは『地底の太陽』(2006年11月、集英社)だった。済州島四・三蜂起に敗れた南承之の物語は戦後日本を舞台に再開された。南承之は豚になって生き残る。日本に逃れて、逃れたという負い目を恥じながら生きる。李芳根の死を知った南承之は李芳根の自殺について考え続けている。
 「海の底から」の連載は1950年6月19日、李芳根の一周忌から始まる。南承之は李芳根の妹李有媛(イ・ユオォン)を思いながら神戸でゴム工場を営む従兄の家で厄介になり、大阪と行き来している。南承之は有媛を思い慕われながら、別の女性と関係を持ってしまった現実から逃げようと思い悩む。小説は日本を舞台に南承之という在日朝鮮人を通して人間の存在意味を問い糺す。それも現代史のダイナミズムのなかに意志と責任を翻弄されながら揺れる存在意味だ。
2018_02 11月号の連載第12回の末尾でようやく1950年6月25日、つまり朝鮮戦争勃発の日となる。2号休載して2月号掲載の第13回では、南承之も〈北朝鮮軍が南侵、南北の戦闘が起こったという衝撃的なニュースを〉知る。朝鮮戦争は戦後東アジア史の大きな転換点だ。朝鮮戦争は、不幸にも日本の戦後復興・高度成長の契機にもなった。金石範の連載は、今後朝鮮半島と日本を横断しながら、より日本そして在日する朝鮮に足場を置きながら進むに違いない。南承之の煩悶する姿には、戦後日本の歴史が色濃く反射される。それも済州島との切っても切れない絡み合った蔓のような関係を手繰りながら進むのだろう。個人が歴史とどう向き合うのか問い続ける、それが金石範文学だ。
   *  *  *
 「海の底から」では、済州島で墓を祀ることを許されない李芳根のために碑が建てられるそうだが、おそらく李芳根の名は刻まれないのだろう。16世紀の詩人林悌(イジェ)が黄眞伊(ファンジニ)の墓に捧げた詩が刻まれる、と聞いた。儒教的身分社会である朝鮮時代に身分ある士大夫が、下賤な妓生(キセン)の墓に盃を捧げ詩を読むなどあってはならないことだ。しかし文学とは社会的規範の枠を壊してこそだ。金石範文学しかり。「海の底から」の今後が楽しみだ。

청초(靑草) 우거진 골에 자난다 누웠난다.
홍안(紅顔)을 어디 두고 백골(白骨)만 묻혔난다.
잔(盞) 잡아 권할 이 없으니 그를 슬퍼하노라.

  *  *   *

 1918年5月号に発表された連載を見ると実際には、林悌の詩ではなく黄眞伊の詩を文蘭雪が揮毫して小ぶりな大理石に刻んだものが建てられました。

 

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