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2017年12月 4日 (月)

吉川 良『セ・パ さようならプロ野球』 同成社

階級対立ならぬセ・パ構造から世界を読み解く

Photo パク・ミンギュ『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』を読んで思い出したのがこの古い小説。奥付を確認すると1983年12月15日刊。「おしん」の放送された年に『新日本文学』に連載され、すぐに書き足して同成社から出版された。
 47歳の佐々木敏男は、長年勤めた中小企業が吸収合併されるのに腹を立てて退職、妻子とも別れ、運送屋で働いていたが、酒場で知り合った子持ち女記代のアパートに住みついてしまった。そこが川崎だ。仕事も辞めて家事をやる代わりに小遣いを貰っていた。記代の息子正人の同級生には「ヒモ」と陰口を言われる。敏男の唯一の趣味がスポーツ新聞のロッテの記事を切り抜いてスクラップブックに貼り付けることだ。ロッテと言っても現在の千葉ロッテマリーンズではない。川崎に本拠地を置くロッテオリオンズだ。落合、有藤、村田兆治ら有力選手を抱えてはいたが人気は無く、新聞記事も少ない。観客動員数は巨人の5分の1強だった。川崎球場は閑散としていて、ヤジも覇気の無い自チームの選手に対するものが多い。
 この小説、連載が現実と同時代の1983年で、この年、ロッテオリオンズの成績はパシフィックで43勝76敗11分、勝率361でリーグ6位だ。ドラフトにおける新人選手の希望は「在京セ」が主流、パリーグには日が当たらず、その中でチーム改革に力を入れた広岡監督率いる西武ライオンズは明るいほうだったが、ロッテは完全に日陰の身の上だった。
「なんとなく俺にそっくりなんだな。俺はどうみてもセ・リーグじゃないし、チームでいえばロッテだ。…」
 〈俺はセじゃないんだ。パなんだ。セになろうとするのをやめたんだ。〉という敏男の捨て鉢な思考は自虐的にも見えるが、実のところそれだけとも言えす、周縁に対する情に満ちていた。作者の情は韓国に行った広島の福士(張明夫)や台湾出身の三宅宗源にも及ぶ。張明夫は三美スーパースターズで活躍し、パク・ミンギュの小説にも出てくる。敏男がもっとも気にしている選手はまだ二軍にも上がれないテスト生で打撃投手佐藤文彦だ。勝ち馬に乗らない。吉川良の美学が窺える。「日本の国は、巨人が勝っていた方がいいんですよ。いろんな職場で仕事が気分よくはかどる」という世間の声の方が、負け犬根性に思えてくる。
 階級対立ならぬセ・パ構造から世界を読み解くと言っても今は昔だが、〈成功した人間にしか心を許さなくなっているような時代の流れ〉は今も続いていて、しかも現在は成功者二世・三世の時代だ。親のコネで出世した政治家が政治を弄び、コネ入社の無能な上司が東大出の新人社員を苛め殺す。ジャーナリストは政治家に媚びを売ってオコボレを拾い、犯罪さえ隠蔽される。
 吉川良(よしかわ まこと)は1937年生まれだから2017年現在80歳、競馬新聞などにコラムを書く競馬作家だ。しかし元々は純文学作家だった。1978年『自分の戦場』ですばる文学賞受賞後、三度芥川賞候補に上がった。吉川の小説は、『セ・パ』の前年までは集英社で発行されていた。『セ・パ』は商業文芸誌に掲載される内容ではない。野球選手から芸能人までほぼ実名で半ばやっかみ半分で腐されている。ディテールの描写は見事だが、小説としては事実に依拠した表現が多すぎる。純文学作家としての成功よりも書きたいことを書いた感が強い。
 『セ・パ』を出版した同成社は、今は違うが当時は『現代韓国詩人選』『現代韓国小説選』シリーズなどや張斗植、成允植ら在日一世作家の作品を出版する出版社だった。当時としては価値あるマイナーな版元だった。村松武司の詩集も出していた。
 『セ・パ』の後、吉川良は商業文芸誌には戻らない。PHPや競馬新聞には大いに書いた。1999年には『血と知と地』で JRA賞馬事文化賞、ミズノスポーツライター賞優秀賞という、およそ芥川賞からは距離のある栄光を手にしている。
 パク・ミンギュはプロ野球をモチーフとした小説でプロ作家としてデビューしたが、吉川良は同じようにダメな野球チームに寄り添った『セ・パ』で商業文壇から離れて行った。

 仕事をしたい、と敏男はふと思った。しかし仕事につけば、こんな気ままな時間はなくなってしまう。いずれ自由を明け渡さなければならない時がやってくるのだ。その時になってふりかえれば、おそらくこの寒いスタンドに坐っていた自分を、ステージでライトを浴びている役者のような、かがやいた時間として思いだすにちがいない。

 退屈な時間こそ大事だ。人に合わせて働きに働いて人間と言えようか。吉川良は現在インターネット上のJBBA NEWSに「烏森発牧場行き」 http://enjoy.jbis.or.jp/column/yoshikawa/を連載中である。

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