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2017年11月30日 (木)

姜英淑『ライティングクラブ』現代企画室

ダサい町内会のクズな文学サークル

Photo 若き日から文学好きで文学学校や幾つかの読書会、文芸同人誌などに参加してきて、様々な個性の知古を得た。そこそこ名を残した人もいたし、そうでもない人も大勢いた。『ライティングクラブ』という書名を見た時、浦和にあった私営の市民文化センターに借りた埼玉文学学校の教室を思い浮かべた。文学学校の今は健全な集まりだが、以前は二次会の飲み会で独りよがりな議論をぶつけ合うための一次会的な存在だった。二次会にしか参加しない者もいた。それに比べ、イ・チャンドン監督作品「詩」(日本語版タイトル「アグネスの詩」)で主人公のミジャが通った詩の教室は健全だった。では韓国の小説『ライティングクラブ』の教室はどんなものか。
 主人公の母親が始めた綴り方教室は、ソウルの下町に借りた小さな部屋だ。母娘はここで貧しく暮らした。鍾路(ジョンノ)区桂洞(ケドン)は今は人気の観光地だが、その頃は「ダサい桂洞」だった。娘は母親にたいして侮蔑を込めて「キム作家」と呼んでいた。キム作家は無名の雑誌にエッセイ一つ発表しただけの自称作家に過ぎなかったが、「ダサい桂洞」に間借りした部屋で綴り方教室を始めたのだ。最初は子ども相手の作文教室だったのが、だんだん大人も集まる町内会の文学学校のようになる。彼らは酒を飲み、一人前の小説家や詩人のように振る舞って騒ぎ文集まで出す。町内会に文学サークルができるってのは一寸凄い。
 その間に主人公である娘にも色々ある。普通でも思春期だ。ましてや、母親が18歳のときに産み、中学2年生まで田舎の友人に預けられていた娘だ。おとなしい順調な学校生活は望むべくもない。母が文章教室以外に職場を持たないから貧しい。娘も読んだり書いたりすることが大好きなのだったが大学には行けない。自分の食い扶持を得るために高校を卒業したら働く。働き続けて社会に対する疑問を強くする。
 娘はキム作家ではなく本物の小説家に自分の書いた小説を読んで貰う。J作家はなかなか真実のある指導をする。「…人が小説を面白がるのは、きっと小説が人間の生き様に一番似ているからよ。違う?」「あなたの原稿には主義主張しかない。言葉だけなのよ。そんなふうに書いて人を楽しませることができる? あなたの考えを知りたがっている人がいると思う? …」「…でも簡単明瞭な描写の裏に必ず作家の思考、作家の判断が表れていなくてはいけないの。…」
 文学作品を書くことを学んだ者ならば一度は言われたことがあるような議論だが、これは真実であり、しかも書く側にとっては困難な真実だ。
 この母娘に家族はない。韓国の小説には珍しく根っこが描かれない。娘には母しか無いとしても母には母と父や家族があってもいい。娘の友だちには家族があるが、ほぼ崩壊している。姜英淑(カンヨンスの家族観は現代日本に似て政治史が見にくい。
 娘はダサい桂洞から離れてニュージャージーのネイルサロンで働くが、読むことも書くことも止めなかった。そしてここでライティングクラブを始める。集まってきた人々との関係は「書くことを愛する桂洞女性の会」と相似している。
 この小説、最後に大どんでん返しがあるのでストーリーは紹介できない。が、娘が「まったく、こんなクズども見たこともない!」と心で罵った、文才のたいしたことない庶民の姿が微笑ましくなってくる。
 地図を見ながら舞台になったそこここを歩くのも一興だと思うので、これからソウル行の予定を立てる文学好きの方にはお薦めします。

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2017年11月23日 (木)

パク・ミンギュ『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』晶文社

「打ちにくいボールは打たない、捕りにくいボールは捕らない」

Photo 『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』を読んで、自分の人生を振り返り、良かったかもと思う人にはアタリだ。勝ち組の本ではないからだ。テレビに頻出する何やってるのか分からない「セレブ」のファンたちには難しいかも知れない。
 冒頭から3分の1くらいは冗長だ。100頁ほどで諦めた読者もいるのではなかろうか。韓国仁川の中学生が地元にできたプロ野球チームを応援する話なのだが、韓国野球に興味を持っている日本語読者は少ないだろう。わたしはたまたまだが、1983年に韓国でプロ野球を見に行ったことがある。良く覚えていないが、多分、東大門野球場でMBC青龍 対 OBベアーズの試合だったような気がする。応援するチームではないし、知らない選手ばかりだったので面白い訳がない。
 そもそも日本のプロ野球さえそれほど興味がなかった。それまでに球場に見に行ったのは2回だ。小学生のとき読売巨人軍対東映フライヤーズの二軍の試合を見に行った。ぼくたちは、守備についた巨人の選手に「ホリウチガンバレー」と叫んだ。その選手は「ガキは黙って見てろー!」と怒鳴り返してきた。二軍に落とされ、ピッチャーも外されて外野に回された若者の屈折した感情を、今は理解しようと思うが、それ以来巨人は嫌いだ。
 次は1978年10月4日、友だちに誘われ、ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズ戦を神宮球場に観に行った。この試合でヤクルトは創立29年目で初のリーグ優勝を決めたのだが、外野まで殆どがヤクルトファンの中、ただ一人中日ファンのおじさんが、「中日ガンバレー、来年があるー!」と声を張り上げていた。それなのに外野を守っていた中日の選手に「やかましいー、黙って見てろー!」と怒鳴られていた。その前も後も、中日ドラゴンズに興味を持ったことがない。
 そんなわけで野球選手に親しみを感じたことは殆ど無いが、東北楽天ゴールデンイーグルスが田中将大投手の八面六臂の活躍で優勝するまでは、東北を心の中で応援していた。2004年6月に近鉄バファローズが事実上オリックス・ブルーウェーブに吸収合併され「オリックス・バファローズ」が創設された際に、選手を新規球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」と振り分けたのだが、オリックスが先に指名し残りを楽天が貰うという分配ドラフトが行われた。このとき元近鉄の投手岩隈久志はオリックスの指名をが断固拒否した。こういうのをカッコイイと言う。それが理由だ。(今はいちおう埼玉つながりで埼玉西武ライオンズをそっと応援している。)
 『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』の主人公たちが野球チームを応援したのは、現実とは違う夢を野球チームに仮託したに違いない。人々は自分の人生を生きることができない。だから人々はその人生をスポーツ選手に「仮託」している。しかしスーパースターズは弱かった。それが良かった。資本主義社会で断片化した人生を「プロ」として生きる幻想を彼ら三美スーパースターズのファンたちは前もって喪失していた。
 これは生き方の小説だ。人生観の小説だ。必死こいて勝ち続ける生き方より、長く退屈な昼と夜を過ごす生き方を読者に指し示している。そうは言っても「そんなわけにはいくかい」と読者は思う。実は作者も思っているに違いない。主人公は家庭の事情もろもろで、一度は一流大学を出てプロのサラリーマンとして生きる道を選ぶ。しかし現実は更に厳しい。電通でパワハラにあって自殺に追い込まれた東大卒女子社員を連想したが、主人公はリストラされる。死ぬ前にクビになって良かった。
 作者の心情が揺らぐので文体も揺れている。無駄も多いし、ちゃちな表現も多々観られる。〈ジャージャー麺には、過去を思い起こさせる不思議な力があった。〉なんていう台詞は『失われた時を求めて』のパロディーなのだろうが、手垢のついた通俗性に満ちている。こういう通俗ぶった表現も多々ある。僕とソンフンは李長鎬監督イ・ボヒ主演のピンク映画「膝と膝の間」を観られなかった。多分残念ではなかったと思う。同じ李長鎬監督イ・ボヒ主演作品なら「馬鹿宣言」の抽象性の方がパク・ミンギュには近しいだろう。ペ・チャンホ監督の「鯨取り」の価値観にはもっと共鳴したに違いない。「膝と膝の間」の低俗には映画史的意味があるのだ。パク・ミンギュはわざわざ低俗趣味を装っている。たまに美しく洗練されたことばが、照れてふざけた説明文の中に入り混じっている。
 この小説は独特のようで、そうでもない。主人公たちが高校生である部分は、懐かしい庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』などに似ている。19歳で出会った彼女との関係は李龍徳の『死にたくなったら電話して』を想起させた。あっさりと書き捨てているのだが、突っ込んで書き進めたら怖い小説になったかも知れない。
 しかし一番似ているのはパク・ミンギュ自身が後に書いた『ピンポン』だろう。僕とソンフンのキャッチボールや、最後のファンクラブとプロ・オールスターズとの試合の場面などは、場面自体が『ピンポン』に引き継がれている。『三美スーパースターズ』の安ぽいメタファーは『ピンポン』ではより巧妙に描かれる。『ピンポン』の習作だったんじゃないかと思わせるほどだ。
 「打ちにくいボールは打たない、捕りにくいボールは捕らない」そんな人生観で生きて行けたら楽だろうな。「一割二分五厘の勝率で生きてきた。」なんて成功した作家が語ったんだったら嫌な奴だが、成功する前に書いたデビュー作だから許してやる。

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2017年11月 7日 (火)

國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』ちくま新書

政治と芸術を喜びとの関係から考える

Photo 『僕らの社会主義』は、2017度最も注目された哲学書『中動態の世界 意志と責任の考古学』(2017年、医学書院)の著者國分功一郎と、コミュニティーデザインで社会を変えようと「活動」する山崎亮の対談をまとめた本だ。
 『僕らの社会主義』という、どこか島田雅彦の「優しいサヨク」を彷彿させるが、もっとダサくて刺激的な、ほぼ売れそうにないタイトルに騙されてはいけない。旧社会党の復活を祈念した本ではない。社会民主党や共産党を支持するための本でもなさそうだ。
 社会主義=ボルシェビズムという定式に対するアンチテーゼとして出版されたと読んだら、大袈裟だろうか。二人は19世紀イギリス社会主義の父と呼ばれたロバート・オウエンに始まる独特の社会主義思想の流れに注目していた。オウエンやトマス・カーライルからウィリアム・モリスに至る社会主義の流れを再検討したのだ。そこにはプロレアリア独裁を目指した革命政党のものとは異なる思想の潮流があった。モリスが考えたのは、革命ではなく革命後の貧しい平等では更になく、「楽しく働いた結果としての美しい製品に囲まれた生活」だった。モリスの考えは柳宗悦らの民芸運動にも影響を与えた。
 19世紀イギリスの思想潮流から学んだ対談『僕らの社会主義』は「社会の新しいあり方」について考える本なのだ。國分と山崎は人々の生活を豊かにするための「活動」を提唱する。ハンナ・アーレントが『人間の条件』で示した人間の行為「労働」「仕事」「活動」の三つのうちで最も重きを置いた「活動」に倣っている。
 山崎は「楽しさ自給率」という言葉を使う。自分たちで楽しみを生み出す力を高めていくこと。〈みんなスマホでゲームばかりやっている。地域で楽しさが自給できていない状況は、ちょっと寂しいなと思います。地域にある山・河・海・友達・伝統工芸などといった豊かな資源を駆使し、自分たちの力で楽しみを生み出していく。〉楽しさを自分で生み出す力を手に入れれば、物をたくさん持っているかどうかとは別に、人生を楽しくすることができるようになるのではないかと考える。TVマスコミが賞賛する「金持ち」の贅を尽くした裕福な暮らしが愚かしく思えてくる。
 國分は、〈楽しさには革命的な意味がある。社会革命において楽しさというのは非常に重要な要素ですね。〉〈生存することと生きることは同じではない。人は生きていくためにバラを必要とします。つまり尊厳を必要とします。それが徹底的に貶められているのがいまの社会なんですね。〉と語る。
 人間は食うだけでは生きていけない。教養を身に付け、美しさを愛で、芸術に喜びを感じ、楽しい人生を送らなければならない。山崎は豊かな生活の条件として「言葉の復権」を提示する。現代は〈コミュニケーションは過剰だけれども、人が言語を使わなくなっている〉。人と人が話をして繋がっていく、対話して仲間を作り活動することが大事だ。「コミュニティーデザイン」とは地域計画に市民が物申すことであり、地域の人たちとともに公共建築のデザインを考え、更に地域の活動や事業に参加していこうという多層的な活動を言わなければならない。
 山崎は大学教員でありながら、この本の制作過程で社会福祉の勉強をし、社会福祉士の資格を得た。社会福祉を通じて、活動を楽しむ人と能動的に振る舞えない人ともつなげていく、そんな活動を目指して実践している。
〈政府が目指しているのは、どうしたら株価を上げられるかということと、どうしたら国民の社会保障や教育にお金を使わずにすむかということです。〉そんなところから幸せなど作り出せる訳がない。『僕らの社会主義』は、政治と芸術を喜びとの関係から考え、社会主義思想の流れから有益な要素を取り入れようという意欲的な対談だった。
 それにしても、 ハン・ガン『ギリシャ語の時間』を読んでいなければ、おそらく『中動態の世界』を読んでいなかったろうし、『僕らの社会主義』にも辿り着かなかったと思う。この本で覚えたコミュニティーデザインという言葉もしばらくは知らないままだったに違いない。読書は連続して広がっていく。一冊では完結しない。だから次々と楽しさが湧いてくる。これをブログに上げるのも楽しいし、文学学校や読書会などの集まりで紹介するのもまた楽しい。これもアーレントの言う「活動action」であるに違いない。

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