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2017年9月10日 (日)

金石範 「消された孤独」 『すばる』10月

作家精神の習作期を問う

Photo 金石範(キの新作「消された孤独」は作者習作期を検証した作品と言える。
 主人公のKは90歳を過ぎた作家で若き日に屋台を引いていた経験を思い出している。K像はむろん作者である金石範自身と重なるが、金石範が屋台の飲み屋だった実像は作家梁石日も書いている。
〈鶴橋駅前で屋台のホルモン焼きの一杯飲み屋をしていた金石範さんを、若い私はときどき訪ねて飲んでいた。〉
(講談社現代新書『修羅を生きる』1995年)
 金石範は屋台の話を小説に書いているが、小説が先で屋台を引いた事実は後に起こっている。「消された孤独」のなかで作家Kが自らの習作期を回想している作品を、整理して羅列してみると以下のようになる。なお小説中の〈非同人の同人誌〉というのは事実としては『文藝首都』のことだ。

1953年「夜なきそば」を在日朝鮮人文学会『文学報』に発表
1958年「これから」を『文藝首都』11月号に発表。
1957年「看守朴書房」を『文藝首都』8月号に発表。
1957年「鴉の死」を『文藝首都』12月号に発表。
1960年12月~3月、鶴橋駅前で屋台の飲み屋をしていた。
1974年「夜の声」を『文藝』4月号に発表、同年7月『詐欺師』(講談社)に収録
1984年エッセイ「どん底」を『すばる』3月号に発表。1993年7月『転向と親日派』(岩波書店)に収録
1993年「炸裂する闇」を『すばる』9月号に発表。1996年6月『地の影』に収録。

 金石範を作家たらしめた作品は「鴉の死」である。「夜なきそば」「これから」は習作という扱いが妥当だ。完成形が「夜の声」ということになる。

  Kは九十年の生涯で、もっとも精神的、存在の重心が溶け落ちて崩壊した時期は仙台時代だったと感じている。それは生活の敗北、自分自身とのたたかいの敗北の時代だったと、いまも考える。……Kの人生の途上の屋台「どん底」は一種の衒いだとエッセイに書いたように、それは真のどん底ではなかった。

 1951年、20代半ばのKは「民戦」組織関係の仕事をしながら文化協会を設立、機関誌を発行していたが、日本共産党を離党して大阪からも離れて、仙台に移り、北朝鮮関係の地下組織に潜り込む。しかしそこでの生活に馴染めず神経症を患い脱落、敗北感を味わう。仙台からも去ったKは3年後、すれ違いに仙台の組織に入った友人の自殺を知る。この辺りは「炸裂する闇」に詳しく描かれている。
 金石範は東京で数年の間、平和団体機関紙の仕事などをしていた。『金石範作品集』
(2005年10月 平凡社)の年譜によるとこの頃金泰生(キテセン)に出会っている。後に同人でないのに『文藝首都』に作品を発表するようになったのは同人であった金泰生と無関係ではなかろう。
 1955年大阪に戻った金石範は、以後工場労働などで生計を立てながら、「看守朴書房」や「鴉の死」などの小説を執筆していた。その後に屋台「どん底」の数ヶ月が、本当のどん底ではない衒いとして挟まる。Kは結局酒を売るより友人等と飲み尽くしてしまう。諦めて屋台を売った代金まで皆で使ってしまった。
 しかし金石範のニヒリズムは、韓国へ「帰国」して李承晩政権を倒す革命闘争に参加の約束を果たせぬまま日本に居すわり続けた戦後すぐの時期から始まる。そして日本共産党と北朝鮮系組織からも脱落して闇を深める。屋台「どん底」の時期は貧しかったに違いないが精神的には底辺ではなかった。梁石日は先の本で〈側にはいつも美しい奥さんが生まれて間もない子供を背負って手伝っていた。手伝っていたというより監視していたのかもしてない。というのも酒好きの金石範さんが酒を飲んで仕事を放棄するのではないかと心配していたからだ。〉と微笑ましいエピソードを続けている。
 1948年に遠縁の叔父の妻ともう一人の女性を迎えに対馬に行き、済州島四・三事件の惨劇を知る。「消された孤独」に描かれたこのくだりは1981年5月『文学的立場』第3号に発表された「乳房のない女」と重複する。この経験が金石範をして済州島四・三事件を生涯のテーマとさせるきっかけになった。KがY女から聞いた白いタオルの話は「看守朴書房」などのモチーフになっている。
 Kは生活のどん底に根ざしながら、生活とは異次元の小説「鴉の死」に到達する。書くことによってこそKは深いニヒリズムから抜け出し生きた。老年になって過去の地平の一点を見つめ直したのだ。
 金石範は全七巻の長編『火山島』
(1997年9月 文藝春秋、後に岩波書店オンデマンドで復刊)の続編『地底の太陽』(2006年11月 集英社)の更に続編「海の底から」を雑誌『世界』に連載中だ。「消された孤独」は老作家が自己の今後を励ますための作品であるような気がする。

*『文藝首都』は保高徳蔵が主宰した同人誌で、戦前戦後に渡って北杜夫、佐藤愛子、中上健次など多くの有名作家を輩出し、張赫宙、金史良、金達寿、金泰生など朝鮮人作家も多く参加した。保高みさ子『果実の森』(1978年 中公文庫)、なだいなだ『しおれし花飾りのごとく』(1981年 集英社文庫)などのモチーフになっている。

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