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2017年5月14日 (日)

金蒼生『済州島で暮らせば』新幹社

目は海の青に染まり、胃はサザエで満ちる

Photo_2 韓国の新大統領に文在寅が選ばれ、安倍政権に忖度するマスコミは、韓国で「反日」政権が選ばれ「韓日合意」が守られるか懸念との報道をばらまいた。そもそも所謂「12・28韓日合意」など何の意味があるのかしらけた気持ちでいたのだが、金蒼生(キムチャンセン)『済州島で暮らせば』によって教えられたことがあった。合意の影響か、従軍慰安婦を扱ったテレビドラマ「雪道」の再視聴が中断されていた。朴槿恵政権は合意の文面以上に国民の言論と表現の自由を押さえ込もうとしていたのかも知れない。
 この本で久しぶりに猪飼野の作家金蒼生さんに再会した。金蒼生は1982年『わたしの猪飼野』を上梓して、日本に生まれ育った自分と朝鮮人である両親との違い、父母の朝鮮語に馴染めない自分と、日本語が上手でない父母との葛藤、そういったあらゆる在日二世の煩悶と民族意識の獲得の過程を描いた。韓流以後今日の韓国語学習者の隆盛と比較すれば、朝鮮語を話す者と言えば警察関係者と自衛隊くらいだった頃の大阪生野区の風景は今読み返しても興味深い。その金蒼生が済州島に移住して『済州島で暮らせば』を上梓した。
 金蒼生の母は済州島で海女をしていたが、18歳で玄海灘を渡り大阪の猪飼野で暮らした。蒼生は11人兄姉の末っ子だ。日本の植民地時代、生活のため日本に渡った朝鮮人の多くは故郷を再び見ることなく生涯を終えている。二世以降の世代で「祖国」に帰ろうと思うものは少ないだろう。しかし日本生まれの在日二世である金蒼生は2010年10月末、還暦に近い歳で、更に歳上の夫と二人で済州島の中山間地帯の村に移住した。済州島の中でも田舎だ。荒れ果てた古い農家住宅を整理し、草を刈り、初めはキムチ樽を風呂桶替わりに使った。蟻や蜘蛛を追い出し、ムカデに刺されながら徐々に生活に慣れていくと、蜜柑畑の広がる風景は美しい。
〈…私は今、済州島の豊かな自然のなかで深く呼吸をしながら暮らしている。夫亡き後も、日本に戻ろうとは微塵も思わない。寂しさややるせなさを感じると、村周辺を歩く。夕暮れの美しさ。遠くに見える梨湖(イホ)の海。沖に灯る漁火。済州島の自然に癒される日々だ。〉
 この本は済州島に移住した著者の移住生活の記録であり、同時に知的生活の感想でもある。済州島は「四・三事件」と呼ばれる白色テロの起きた悲劇の地だ。犠牲者を追悼する様々な催しに参加しながら、〈済州島民となった私は考え続ける。〉
 これはまた豊富な読書や映画・ドラマ鑑賞の文学的批評の様相も呈している。金永甲(キムヨンガップ)のエッセイ写真集『その島に私がいた』。済州四・三の作家玄基榮(ヒョンギヨン)の『順伊おばさん』や長編『地上に匙ひとつ』。ベルンハルト・シュリンク『朗読者』。日本人として真摯に朝鮮と向き合った数少ない戦後作家小林勝。四・三の悲劇を映像化した映画「チスル」。植民地時代から解放後に渡る歴史ドラマ「黎明の鐘」。日本軍従軍慰安婦を繊細に描いた映画「鬼郷」の主人公を演じたのは著者の孫娘だった。公表していなかったのにネトウヨから攻撃される。映画監督が四・三の犠牲者遺族を訪ねて済州島から大阪まで回ってその声を集めた「ピニョム」。朝鮮戦争時の米軍による民間人集団虐殺を描いた「小さな池」等々。たんなるレビューとしてではなく、田舎での生活の中に溶け込む知性の輝きとして書かれている。
 その文体は著者の人柄そのままに真面目でユーモアに溢れているのにけれんがない。先に逝った夫を慕う哀愁の表現にも笑いを誘おうとするのは大阪人の性だろうか。とっても真似の出来ない行動力に敬服するのみだ。

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コメント

『済州島に暮らせば』が出たこと、知りませんでした。
映画「鬼郷」でとても端正な容貌で利発な感じの少女。
名古屋でのささやかな上映会の折、出演者の一人としてトークに来て、〈在日〉と知る。さらに上記の文で金蒼生氏(一度会ったきりですが好印象だったナムピョンは亡くなったのですね)の孫娘と知って、気持ちが躍る。
ようやく満80歳になって、関心に加齢による変化があるのか、そんなことにいたく感じるこの頃です。

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