フォト
無料ブログはココログ

« 多胡吉郎『生命の詩人・尹東柱』(影書房) | トップページ | 三浦正輝と聖人たちの領域 »

2017年3月16日 (木)

温又柔「真ん中の子どもたち」のことなど

軽快なステップを踏む多国籍文学

 欲しい本があって海外文学のコーナーを探していたところ、思いがけなく温又柔の『来福の家』 があった。温又柔は同書に併載されている「好去好来歌」ですばる文学賞佳作に選ばれた作家で、『台湾生まれ日本語育ち』で日本エッセイストクラブ賞を受賞している。1980年生まれの若い作家で台湾国籍だが、作品は日本語で書いている。もともと日本語育ちなのだ。金鶴泳や李恢成の本が海外文学扱いされたのは40年も前のことで、温又柔が日本文学か外国文学か、といった設定はもはや古いと思っていたのだが、作家の知名度のせいもあるのか。柳美里は一般の女性作家コーナーに並んでいる。釈然としない。
 それにしても長く在日朝鮮人の文学を読んできた者にとって、同じ旧植民地出身作家と言っても温又柔は軽快だ。これは世代の違いもあるだろうが、時代の差も大きいのか。他言語作家温又柔には日本語に対する恨みも反発も憂鬱も劣等感もない。なめらかだ。
 戦前、日本帝国主義の植民地・半植民地支配された地域、朝鮮・台湾・満州などでは日本語で書く作家たちが輩出された。日本敗戦後、日本に残らざるを得なかった旧植民地出身者たちやその後裔の日本語文学は戦前の強制された日本語の流れをくんでいる。1972年に李恢成が外国籍作家として初めて芥川賞を受賞すると「在日朝鮮人文学」はにわかに注目された。文芸学者西郷竹彦は、李恢成文学に対して、日本の文学伝統のなかに生い立ちながら朝鮮の音楽を響かせ、それがつなぎ合わさってイメージの流れを作っている(「民族・ことば・文芸」『李恢成対話集 参加する言葉』1974年 所収対談)、というふうに評価した。作家自身の意識とは逆に、日本人文学者は「在日朝鮮人文学」を日本文学に巾を持たせ、豊かにする要素として評価していた。しかし在日朝鮮人文学は多様な議論を生み、最も重要な作家である金石範は『ことばの呪縛』(1972年)、『口あるものは語れ』(1975年)などで独自の文学論を展開した。在日朝鮮人としての主体意識と、自らの言葉である朝鮮語を表現手段として持たぬ内実の空虚との不断の闘いこそ、在日朝鮮人の日本語表現なのだと論じた。つまり戦後在日外国人の日本語文学として代表的位置にあった「在日朝鮮人文学」は帝国主義言語としての日本語と闘い続けることによってのみ可能だった。勿論異論はあり金泰生の作品に見える文体は日本文学の獲得に向かったと読むこともでき、李恢成などはむしろその流れに沿っていた。しかしどの作家にも母語ではない母国語に対する忸怩たる拘りが重くのしかかる。
 この拘りが温又柔の場合奇妙に軽快なのだ。同じ旧植民地出身作家として一つに括ることはできない。20174_2
 温又柔は『すばる』4月号に小説「真ん中の子どもたち」を発表している。中国語が話せる父と台湾人の母を持つ琴子ことミーミーは、複数言語の狭間で根っこを探し彷徨う。台湾人の母は台湾語と中国語(普通語)をチャンポンにして日本語も混ぜて話す。琴子の家では複数の言語が飛び交っている。琴子は漢語学院で中国語を学び上海に語学留学し、父親が台湾人のリンリンや、両親が日本国籍を持つ中国人で関西弁を喋る舜哉と親しくなる。ここで初めて上海語を覚え、台湾語をやや侮蔑的な「南方口音」と呼ばれたり、先生からは厳しく普通語の発音を指導される。ミーミーは時計台から響き渡る「東方紅」のメロディーにうっとりするが、小学生のとき「君が代」を自慢げに歌っていた自分を思い出す。「東方紅」は毛沢東を讃える歌だ。「君が代」と「東方紅」をあっさり並列できてしまう感じが、例えば李良枝が富士山を美しいと思えるに至る経緯と比べると、いかにも簡単だ。ミーミーやリンリンにとって毛沢東と蒋介石も対等に歴史上の人物に過ぎないようだ。
 この小説は一種の根っこ探し、ルーツものではあるのだが、ルーツに拘らなくっても良いのじゃないかという提起もしている。〈根っこばかり凝視して、幹や枝や葉っぱのすばらしさを見逃すなんてもったいない。〉という言葉はとても新鮮だ。言語も日本語を含めて複数併用が普通な社会であれば気が楽だろう。
 今やグローバル化した経済体制の日本へ、新しく流入してきた外国籍の人々による日本語文学は例外として文学史の欄外に書き記す程度の質量ではない。ユダヤ系アメリカ人のリービ英雄、スイス生まれでイタリア系だが純粋な混血を自称するデビット・ゾペティ、イラン人のシリン・ネザマフィ、中国人である楊逸、アメリカ国籍の詩人アーサー・ビナード、それに台湾系の温又柔など多様で良質だ。日本社会が門戸を開き日本語が閉鎖性を解き放てば、日本語以外を母語とする人々やその子孫による文学作品の数はまだまだ増えるだろう。日本は台湾と国交を持たないから日本にとって台湾は一つの地域に過ぎないが、温又柔の国籍がどうであれ、他言語・多国籍の文学の今後に期待しながら見守りたい。

« 多胡吉郎『生命の詩人・尹東柱』(影書房) | トップページ | 三浦正輝と聖人たちの領域 »

「書評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/65023869

この記事へのトラックバック一覧です: 温又柔「真ん中の子どもたち」のことなど:

« 多胡吉郎『生命の詩人・尹東柱』(影書房) | トップページ | 三浦正輝と聖人たちの領域 »