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2017年3月 1日 (水)

多胡吉郎『生命の詩人・尹東柱』(影書房)

若き民族詩人の生を追った意欲的評伝

Photo 今年は詩人尹東柱生誕100年だ。韓国ではもちろん日本でも様々な催しが企画されていると聞く。
 私が尹東柱に初めて出会ったのは1977年頃、大村益夫先生の教室だった。読んだのは「序詞」「星を数える夜」「たやすく書かれた詩」「また違う故郷」だった。1970年台まだ尹東柱の翻訳は殆ど無かった。金学鉉が『季刊三千里』に韓国詩人群像を紹介した連載の一つとして1977年5月夏号に書いたものがあった。これは1980年11月に柘植書房から発行された『荒野に叫ぶ声』に収められた。もう一つ『詩学』1977年12月に呉世栄が書いたものがあったと思うが雑誌が見つからないので確認できない。大村先生は1985年には尹東柱の墓を発見するなど、尹東柱とは浅からぬ因縁を結んでおられた。因みに大村益夫編訳で解放前後に渡る対訳現代詩アンソロジー『詩で学ぶ朝鮮の心』が1998年に発行されている。
 韓国で国民詩人と呼ばれる尹東柱とは誰か。尹東柱は1917年12月30日中国東北部のキリスト教信者の家に生まれた。朝鮮はすでに日本の植民地に組み込まれていた。詩を書く青年であった尹東柱は1942年渡日し立教大学に入学、秋には京都の同志社大学に転学した。翌年7月独立運動をしたとして治安維持法で逮捕される。そして1946年2月16日、収容されていた福岡刑務所で衰弱した詩人は帰らぬ人となった。27歳の若い命だった。尹東柱は本当に独立運動をしたのだろうか。彼は朝鮮語で詩を書いていた。それだけだ。『生命(いのち)の詩人・尹東柱』を読んでも独立運動らしい動きは見つからない。尹東柱は詩人に過ぎなかった。
 尹東柱の初の作品集である伊吹郷訳『空と風と星と詩』が出版されたのは1984年11月だった。それをきっかけに日本でも尹東柱を知る人びとが増えた。『生命の詩人・尹東柱』の作者多胡吉郎(たごきちろう)も伊吹訳『空と風と星と詩』で尹東柱詩人に魅了された一人だ。多胡吉郎は1995年にNHKのディレクターとして尹東柱のドキュメント番組を制作した経験を持つ。多胡はその後も尹東柱に拘りその生涯を追っていた。尹東柱の詩友上本正夫や同志社大学の同窓生たちの証言を探し出し、詩人の人となりを辿ることに成功した。特に同志社大学の級友たちと尹の送別会を兼ねた宇治川ピクニックの写真を発見したことはそれだけでも賞賛に値する。初夏の川辺に遊ぶ若者の姿は政治とは無縁な幸せなものだ。逮捕される直前のことだった。
 多胡の追究は尹東柱を巡る事実調べとリンクしながら詩の解釈にも進む。英国生活の長い多胡は英詩との比較によって朝鮮語単語を分析し、また蔵書に遺された尹東柱のメモや痕跡まで丹念に調べて詩人の実像に迫った。多胡は自分の翻訳を一点だけ紹介している。

     「序詞」
   
    逝く日まで空を仰ぎ
    一点の恥のないことを
    葉合いに起こる風にも
    わたしは心痛んだ
    星を歌う心で
    すべての逝く身なる生命(いのち)を愛さなければ
    そして わたしに与えられた道を歩み行くのだ
    今宵も 星が 風に瞬いている

多胡がなぜこう訳したかは本書を参照されたい。多胡自身の尹東柱の詩引用は殆どが伊吹郷訳に依っている。
 尹東柱の詩を読んで分かることは、尹東柱は決して独立運動や民族主義を高らかに歌うような詩人ではなかったということだ。あくまでも抒情詩人だった。それもキリスト教精神に則(のっと)った詩人だった。しかし尹東柱が書いたのは死んでいく民族の復活の願いが込められた抒情詩だった。これは日本語で書けるはずがなかった。尹東柱の直接の死因がなんだったのかは分からないが、大日本帝国の治安維持法によって殺されたのは間違いない。
 いつも控えめに恥じ入りながら佇んだ詩人の死を、われわれはどう受け止めようか。尹東柱は最期のきわに何かを叫んだと、遺体を引き取りに来た両親に看守が伝えた。朝鮮語であったため、日本人の看守にはその意味がわからなかった。

   今となっては、その言葉を確かめようもない。
   それはもはや、私たちひとりひとり、尹東柱と向き合う者のそれぞれの胸に、こだまするものなのだろう。

 日本語で読める尹東柱の詩集や評伝などについては「あとがき」に紹介されている。

*韓国の人気作家イ・ジョンミョンに囚われた尹東柱を描いた『星を掠める風』があるが、監獄の生活はイ・ジョンミョンの想像をはるかに越えていたようだ。

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