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2016年10月 9日 (日)

文学と映画 行ったり来たり 第12~31回――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)

*愚銀のブログ開設の主な理由は、休刊したさいたま市のミニコミ紙『市民じゃ~なる』に連載していた「文学と映画 行ったり来たり」の続きが書きたかったからだ。ブログに書き始めると、元々縛りの少ない連載ではあったのだが「文学と映画」というタイトルから外れる書評や雑文が増えてきて、このタイトルを付けた文は第31回で止まってしまった。それで一応の区切りとしてまとめておくことにした。リンクを張っておくのでクリックすると該当ページに飛ぶ。

第1~11回 〈『市民じゃ~なる』に連載した分〉

 

第12回 海角七号 春が来れば 私の小さなピアニスト──名誉なんかいらない、音楽映画の楽しみ

第13回 そもそもの初めは「馬鹿宣言」だった

第14回 映画「ハピネス」「母なる証明」小説「楽しいわたしの家」──女性に犠牲を強いるマザコン男性社会を告発

第15回 「冬の小鳥」「わたしを離さないで」「母をお願い」──母は幻想かそれとも実存するのか!?

第16回 ハン・ガン『菜食主義者』──本は読むべし、映画観るべからず

第17回 『根の深い木(景福宮の秘密コード)』──権威主義者は堕落している

第18回 孔枝泳『トガニ』(コン・ジヨン「るつぼ」)──苦痛と悲愴の背後に、偽善と暴力の巨大な世界がある

第19回 ク・ヒョソ『長崎パパ』――アイデンティティは自分で決める 

第20回 「闇の子どもたち」「わたしの中のあなた」「わたしを離さないで」──臓器移植とは何か 

第21回 チョン・イヒョン『マイスウィートソウル』──現実は見えないところで歪んでいる

第22回 映画「詩」――詩はどうしたら書けるのか

第23回 キム・リョリョン『ワンドゥギ』 ――差別に負けない爽やか青春小説 

第24回、映画『道―白磁の人―』──朝鮮に慕われた日本人 

第25回 キム・ヨンス『波が海の業ならば』──文学の深淵に語りかける声なき声

第26回 三浦しをん『舟を編む』――言葉を生み出す心は自由だ

第27回 韓流ドラマ「済衆院」と大城立裕の『小説琉球処分』──偏執的なナショナリズムを克服せよ!!

第28回 イ・ジョンミョン『星を掠める風』──詩人尹東柱の死

第29回 「明日、ママがいない」「バービー」──醜い現実に子役たちは煩悶する

第30回 佐藤泰志『そこのみにて光輝く』──生きる価値を問い直す文学

第31回 キム・リョリョン『優しい嘘』──誰によって誰が救われるのか!!

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