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2016年9月 2日 (金)

キム・グァンソク김광석/アン・チファン안치환

とりとめもなく音楽について語る

 私は将棋も囲碁もさせないのに棋士の書いた本について書いたし、将棋が題材になった小説についても書いた。今回は音楽に関連して書こうかと思う。音楽の知識がないので、これまで音楽の事を書いたことはほぼない。音楽そのものについては好きか嫌いかしか言えないし、若い韓流ファンの支持する新しいミュージシャンについては本当に知らない。昔カラオケなどでチョー・ヨンピルを歌ったことぐらいの経験はあるが、だいたい聞くのが専門だ。韓流歌謡に関する知識と言っても若い方ではBoAくらいで止まっている。
 映画好きなので挿入歌には気持ちが傾く。「その年の冬は暖かかった」のオープニングで童謡「오빠 생각(兄さんを思う)」が流れたとき、それだけでも涙が流れそうになった。ペ・ドゥナ主演の「子猫をお願い」の主題歌はCherry Filterの「浪漫子猫」だった。「幼い花嫁(日本版タイトル「マイ・リトル・ブライド」)」で主演のムン・グニョンがカラオケで踊りながら熱唱していた。
 BoAは2004年「太極旗を翻して(日本版タイトル「ブラザーフッド」)」の主題歌「우리 We」を歌った。感動的なバラードだ。
 「JSA」の挿入歌「二等兵の手紙」の哀切は象徴的だった。南北の兵士が仲良く語り会う場面が話題になったが、北側の兵士が「キム・グァンソクて良いよな」と嘆息する場面があった。「JSA」は38度線の南北共同警備区域での殺人事件の深層が明らかになっていく過程で、当事者たちの複雑な心情が民族の置かれた立場と重なって切ない。「二等兵の手紙」はキム・グァンソクが歌った曲だ。

  家を出て列車に乗り、訓練所に行く日
  両親に挨拶して門の外に佇ったとき
  胸の中になんとなく未練が残るけれど
  草一本 友の顔 すべてが新しい
  いまもういちど始まる 若き日の生よ
                            (「二等兵の手紙」部分)

 キム・グァンソクは若者の苦悩を切々と美しく歌った歌手で、韓国でいう「民衆歌謡」の代表格だった。映画は2000年公開だったがキム・グァンソクは1996年に32歳の若い死を選んでいる。
Kimgaongsok_anthology 私もキム・グァンソクのCDを何枚か持っているが、2000年11月発行の「김광석 ANTHOLOGY」が好きだ。このCDには彼を慕う友人や後輩歌手たちが参加している。イ・ソラ、カン・サネ、ユン・ドヒョン、アン・チファン、キム・ゴンモなどそうそうたるメンバーだ。彼らが死んだキム・グァンソクの歌声に合わせてデュエットしたり合唱している。アルバムに付属した冊子には参加者の声も掲載された。

  夜明けにブルースハウスに行けば、
  あなたが煙草を吸いながらお酒を飲んでいる姿を 今も思い出します。
  会いたい……
        イ・ソラ
 
  兄貴 今も曇った秋の空に手紙を書いているんですか。兄貴、これからは澄んだ空にだけ手紙を書いて。いつも澄み切った高くて青い空のようだった兄貴の心に、僕たちみんなが出会えるように。
        ヨヘンスケッチ

 死後も愛され続けるキム・グァンソクは、没20周年の今年追悼イベントが各地で催されたようだ。
 70・80年代の民衆歌謡といえば、「朝露」やキムジハの「金冠のイエス」などで日本でも知られるキム・ミンギが有名だが、韓国ではキム・グァンソクやアン・チファンも愛される歌手だ。私がアン・チファンを知ったのは、2000年5月光州民衆抗争20周年集会でのことで、記憶に間違いが無ければ、台湾の飛魚雲豹音楽工団と、沖縄の喜納昌吉が共演した。飛魚雲豹音楽工団は少数民族のグループでこれも凄かった。
Anchifang6_5_3 さてアン・チファンはキム・グァンソクの繊細さと対照的に、骨太な力強い歌声だ。この年の新作が「An chi hwan Vol.6.5─Remember」だ。「Vol.6.5」というのは「Vol.6」と「Vol.7」の間ということで、完全オリジナルのアルバムではなく、故金南柱詩人の詩を歌ったものだからだろう。金南柱は南民戦事件で逮捕された光州の詩人で、ドラマティックで喜怒哀楽烈しく、欺瞞に対する痛烈な罵倒と、同志に対する厚い信頼を歌った。アン・チファンの激しいが優しい声は金南柱の詩に合っている。
 冒頭の一曲は「糞蠅と人間」だ。

  糞蝿は、糞がたくさん積もったところに行って
  ぶんぶんいって、群れて生きる
  そこが どこだろうが、汚水溜でも汚物の山でも
  かまわない かまわない
  見ろ
  人間は金がたくさん積まれたところに行って
  勢い盛んに 群がって生きる
  そこが何処だろうが、生き地獄だろうが、戦場だろうが
  かまわない かまわない
  糞がない綺麗で清潔なところ 泉のようなところ
  そこで群れて生きる糞蝿どもを見ることがあるか
  見ろ
  つきつめてみると おれたち人間なんて
  たいしたことはない そりゃたいしたこたぁない
  糞蝿どもと違いがない 違いがない
  糞蝿には もっと糞を
  人間には もっと金を
                                    (これは愚銀の試訳)

 凄まじいロックだ。金南柱の詩をアン・チファンは自分の歌にしている。それは彼の生き方に反映しているのだと思う。

  万人のために私が努力するとき
  わたしは 自由だ
  汗を流して精一杯働かないで どうして
  わたしが自由だといえるだろうか
  万人のためにわたしが闘うとき
  わたしは 自由だ
  血を流してともに闘わないで どうして
  わたしが自由であるといえるだろうか
      (「自由」より部分 金南柱詩集『農夫の夜』1987年 凱風社)

Photo 引用した金南柱詩集『農夫の夜』は、発行当時売れなかったに違いないが貴重な本だ。金南柱の詩65編に合わせ、民衆芸術運動を牽引した作家黄晳暎(ファン・ソギョン)や尹東柱(ユン・トンジュ)と親しかった文益煥(ムン・イカァン)牧師らの文が載り、南民戦事件の解説を歴史家の梶村秀樹が書いている。詩人の年譜も附いている。

Photo_4 さてさて、ここではキム・グァンソクとアン・チファン、二人の二枚のCDしか紹介しなかったし、今後音楽について書くことはないかも知れないが、韓流ブームに乗らなかったけれど素晴らしい音楽家は少なくない。例えば、リー・サンユンとか、トゥーボンチェタル(二番目の月)とか。SOL FLOWERも良い。紫雨林(チャウリム)は日本でも知られたが、ボーカルのキム・ユナのソロアルバム「Shadow of your smile」が20001年に発売されたのはそれほど知られていないだろう。甲午農民戦争の英雄全琫準を讃えた民謡「青い鳥」を切々と歌ってもの悲しい。これは冊子附きだ。
Photo_2 わたしは音楽も温泉卓球なみの素人だが、やはり良い音楽は心を打つ。文学とは切っても切れない仲ではないだろうか。

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