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2016年9月15日 (木)

津島佑子『狩りの時代』

「美しい日本」に対峙する文学的営為

Photo 津島佑子の死後発見された最後の小説『狩りの時代』は、障害者や性的あるいは民族的マイノリティーに共感し続けた彼女らしい作品だ。
 読んでいて相模原の障害者殺人事件を想起させられた。犯人はBeautiful Japanなどと、為政者のよく言うキャッチフレーズ「美しい日本」に連動した合い言葉に自らを誘ってヘイトクライムを実行した。26歳の植松聖容疑者は、2016年7月26日未明に神奈川県相模原市にある障害者福祉施設に潜入し、刃物によって施設の利用者である障害者19人を殺害し26人に重軽傷を負わせた。植松は障害者は生きている資格がない、国家のお荷物であり、彼らに死を与えるという自らの社会的役割を果たすことによって自分が国家政府に認められると考えた。
 『狩りの時代』は、戦前日本がナチスドイツと同盟関係にあった時代から現代に渡って、ある大家族の記憶を行き来しながら、日本人の差別意識に切り込んだ小説だ。絵美子は幼い時に耳元で囁かれた「フテキカクシャ」という言葉に怯え続けた。絵美子には障害者の兄耕一郎がいて、その言葉が耕一郎の存在を脅かすものに感じられたからだ。絵美子の母カズミたちの世代の兄弟、創、達、ヒロミらは戦中の少年期に、来日したヒットラー・ユーゲントに遭遇した。そして実際とはやや異なる記憶の中で、少年たちは金髪に青い瞳の少年たちに見とれひれ伏し、戦意高揚のポスターのように醜い敵を殺せという悪を集約した記号に囚われた。
 肺がんから腎臓と肝臓へと転移していた病状の津島佑子渾身の遺作は「差別の話になったわ。」と語られた。差別の話は原子力とリンクしている。家族史は原子力発電所の爆発にまで至る。絵美子のおじである永一郎は、敗戦後の日本からアメリカに渡って核エネルギーの研究に携わったが、晩年に原発事故を受けて、〈わたしはいま、この狭い地球で原子力と人類は共存できないだろう、と思うようになっております。〉と発言するようになる。
 役に立たないものを容赦なく切り捨て、逆に役に立つものは奪い尽くして、ナチス・ドイツとかつての日本帝国は繁栄した。ファシズム同盟が反ファッショ統一戦線によって敗れると、ドイツは近隣諸国の理解を求めて変わる努力を重ね、日本は変えようとせず今も復活を企んでいる。原発は大日本帝国復活の象徴的存在だった。役に立たないものの対極にあると思われ、争奪の対象である原子力は実は人類も地球も滅ぼす悪の力だったと、作家は気付いていた。
 今度は負けないためにアメリカと同じ夢を見たくて仕方がないアベ政権は、沖縄では辺野古での新基地建設を急ぎ、また高江の森を切り裂いて住民の抗議を暴力で排除しながらヘリパッドを建設している。本土から派遣された機動隊の暴力は目に余る。沖縄では法の下の平等がないかのごとくである。差別は政治に利用される。

 描かれているのは、差別とはなにか、いや、人間とはなにかという問いだ。どうしたら差別を乗り越えられるかと言っているだけで差別をわかったつもりになっていた。目をそらしていた心のなかを突きつけられて、人間の複雑さを思い知らされた。この作品をいま、差別のなかで生きる人々に届けなくてはいけない。

 作者の娘津島香以の言葉を、力強いと言ったら本人は嫌がるかも知れない。

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