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2016年8月15日 (月)

リヒター『あのころはフリードリヒがいた』

 『あのころはフリードリヒがいた』という小説はドイツ人作家ハンス・ペーター・リヒター(Hans Peter Richter 1925-1993)によって1961年に発表され、1977年に上田真而子訳で日本語版が出版された。現在は2000年6月に新版が発行されている。
 ここに掲載する書評は、1993年にシアレヒムの会発行の『粒(RYU)』第7号に発表したものの再掲載だ。アベ極右政権による中国・朝鮮を敵視する排外主義扇動が排外的憎悪を導き、凄惨なヘイトクライムを引き起こしている現在に抵抗する文学だと確信するからだ。読み返してみると決して出来の良い書評ではないが最低限の紹介にはなっていると思うのでそのままアップすることにした。

歴史に対する自己批判

 しまったと思った。この本の書評はたいへん難しい。この本は、中学生向けの文学書Photo_2であり、決して小難しい社会学の本などではない。むしろ平易に書かれている。しかし、ここに描かれた人間の営みのどうしようもない愚かさをいったい人に伝えることができるだろうか。
 これから読む人のために、ストーリーを紹介するのは憚かれるのだが、主人公の少年「ぼく」やその友だちフリードリヒは、作者ハンス・ペーター・リヒターと同じ一九二五年に生まれている。そして、その年から一九四二年までを、少年の目でユダヤ人の友とその家族を追って展開していく。ヒトラーがドイツ帝国首相になりユダヤ人排斥運動が開始されるのは一九三三年である。つまり、「ぼく」はそういう時代に遭遇し自らも飲み込まれながら、フリードリヒを見詰めているのである。
 「ぼく」の両親とフリードリヒの両親は子供を介して親しく付き合っている。こんな場面がある。二人の小学校入学の日、二家族はお祭り広場で遊び、最後に六人で伸び縮みのする木馬に乗って記念写真を撮って大笑いをする。貧しくても幸せな日々だ。「ぼく」の父さんは初めのうち失業していて貧しいが、ナチスの党員になることによって職を得る。フリードリヒの父シュナイダーさんは郵便局を首になり、徐々に排斥を受けていく。
 「ぼく」は少年たちの憧れであるドイツ少年団に入る。フリードリヒも入りたがるが、フリードリヒはドイツの敵ユダヤ人である。「ぼく」が知らず知らずのうちにユダヤ人迫害に参加して行く過程は恐ろしい。破壊者たちがユダヤ人の寮を襲撃に行くのについて行き、参加してしまう。破壊者たちがドアを壊す場面がこうだ。

   そのときだった。その「よいしょ。」につられて、ぼくの口から声がでた。そして、一声一声、ぼくはドアに体をぶつけている人たちの方に近寄っていったのだ。気がついたときには、ぼくは力いっぱいドアを押していた。どうやってドアのところまできたのか、自分自身、もうわからなかった。そのときには、見物している人はもう一人もいなかった。

 恐ろしい力に曳かれて破壊者になっていく。現在のヨーロッパのファシズム台頭もこのようにして過激化していくだろう。日本の外国人差別もまた、同じ道を辿るに違いない。
 終わり近く、一九四二年ドイツは連合軍の空襲を受けているころだ。十七歳になっているはずのフリードリヒが「ぼく」の家を訪ねて来る。「ぼく、父と母の写真がほしいんです。(略)小学校の入学式の日、長い馬に乗って写したの、──あれお宅にあるでしょう。ぼく、覚えてるもの。(略)」
 フリードリヒと彼の両親がどうなったのか、歴史の示す通りである。
 訳者の上田真而子は、こう書いている。

 自分たちの歴史の、辛い一時期のあのできごとから眼をそらせて、簡単Photo_3に忘れ去ろうとするのではなく、もう一度、問題としてはっきり受けとめようとするドイツ人の態度、外国人であるわたくしにまですすめてくれた若い女店員の態度──その他、大勢のドイツ人がこの本を推薦してくれました──に、わたくしは深い感銘を受けました。

 違う文化、違う宗教を持った者を受け入れる態度と、過去の歴史を常に批判的に学ぶ強い姿勢、日本人が学ぶべきものがここにたくさんある。

(『あのころはフリードリヒがいた』ハンス・ペーター・リヒター 作 岩波少年文庫)

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