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2016年3月31日 (木)

金承鈺『ソウル1964年冬』

屈従と暗澹の不条理な社会に生きる
         ──金承鈺 青柳優子『ソウル1964年冬』(三一書房)

1964 ユ・シミンは韓国現代史には二つの主体が存在すると書いている。〈ひとつは5・16軍事クーデターと産業化の時代を代表する勢力〉〈もうひとつは4・19革命、光州民衆抗争、民主化の時代を代表する勢力〉だ。(『ボクの韓国現代史』)
 「4・19革命」とは李承晩独裁政権を倒した1960年の学生革命のこと。学生を中心とした民主主義勢力よって独裁政権は打倒され、思うが儘に権力を振るった李承晩はアメリカの庇護の下ハワイへと逃亡した。ところが翌1961年、朴正煕らによる5・16軍事クーデターが起きた。民主主義への短い希望の時間は消え再び軍事独裁政権が成立した。結局〈1948年の大韓民国成立から1987年までの40年間、国民は国家権力に屈従して生きてきた。〉
 日本を振り返ると2016年3月29日安全保障関連法が施行され、国会前や大阪、沖縄など各地で反対集会が開かれた。全体主義国家への回帰を怖れる多くの市民が安倍政権に反対する声を上げている。「経済成長」の名の下に、報道が統制され政権の思いのままに法が解釈される。司法も立法も政権の支配下に置かれる。戦前の日本がそうだったが、1960年から40年間の韓国も恐怖政治に支配されていた。そんな社会で生きる屈従と暗澹を金承鈺は描いた。
 金承鈺は1941年12月生まれ。4・19革命と5・16軍事クーデターのときはソウル大学の学生だった。学生時代から作品を発表して注目され、1965年雑誌『思想界』に発表した「ソウル1964年冬」で東仁文学賞を受賞してを同世代(4・19学生革命世代)を代表する作家として認められるようになった。しかし1980年の光州民衆抗争の敗北を経て、執筆活動を止めてキリスト教の修道生活に入ってしまった。
 金承鈺の小説はこれまでも翻訳されていたが、青柳優子訳『ソウル1964年冬』(三一書房)は金承鈺作品だけを集めたものとしては初の単著だ。表題作「ソウル1964年冬」の冒頭は〈一九六四年の冬をソウルで過ごした人なら誰でも知っているだろう〉で始まる。この意味深な出だしは、直接には立ち飲み屋台の雰囲気を表している。しかし実のところ誰であれこの時代の閉塞性を感じるだろうということに思える。
 1964年と言えば、前年末朴正煕第五代大統領の第三共和国が発足、軍事独裁政権の地歩を固めた年だ。この年の春には軍事政権の進める韓日条約に反対する学生デモが頻発し、ソウル一円に非常戒厳令が敷かれた。夏には人民革命党事件がでっちあげられ、「4・19革命」派の勢力がことごとく逮捕された。民主主義が排除され「産業化」の時代が到来した。
 「ソウル1964年冬」の読者は夜の屋台で偶然出会った3人の男たちの空論に付き合わされる。士官学校を落ちて区役所で働いている田舎者と、金持ちの息子である大学院生、月賦書籍売りのさえないサラリーマン。しかし彼らの空論は切実なのだ。自分が独自の存在であることが否定される時代だ。夜間外出禁止令が出されたソウルの夜、ノンポリ青年たちの一晩はたわいないが無情だ。妻の遺体を売った金を火事場に投げ入れてしまうサラリーマンの絶望は凄まじい。僅かな支えを失った瓦礫の崩落を思わせる。他の二人の状況も大差ない。健全な生への執着が失われ、諦観から来る自己欺瞞が良心をねじ曲げるのだろう。独裁経済の成長は人間の希望を踏み台にする。武器輸出を可能にし戦争経済で儲けようという安倍自公政権のあり方の先に韓国第三共和国がぼんやり見えてくる。金承鈺が描く不条理は独裁経済と全体としてリンクしている。それはその時代のその場だけの特殊ではあるまい。
 「ソウル1964年冬」と並ぶ代表作「霧津紀行」などについては、かつてさいたま市のミニコミ『市民じゃ~なる』に「不条理な社会に個人の厭世は対峙しえるか――金承鈺『霧津紀行』」として書いた。PDFで読めるので参照願いたい。作家紹介と作品解説は青柳優子氏の解説に譲る。そのほかに、韓国歴史問題研究所研究員である藤井たけし氏の「切れて繋がる─朝鮮戦争における〈残された人々〉」(『現代思想』2003年9月号)は金承鈺を読み解く上では重要な評論だ。

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