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2016年3月24日 (木)

まづろわぬ文学

木村友祐『イサの氾濫』(未來社)
 朝日新聞の日曜版Globeの連載「世界の書店から」は各国のベストセラーを順番に紹介していて、特に戸田郁子「ソウルの書店から」を面白く読んで参考にしていたのだが最近のは読んでいなかった。去年の10月から朝日新聞のだらしなさに怒ってという名目で、安い東京新聞に切り替えてしまったからだ。その旨をメールで戸田本人に伝えると、2月の記事は反響が大きかったとPDFを送ってくれた。
 紹介されたのは、尹東柱(ユン・トンジュ)『空と風と星と詩』の復刻版、金素月(キム・ソウォル)『つつじの花』の復刻版、申榮福(シン・ヨンボク)『監獄からの思索』の3冊と、お坊さんの書いた新刊1冊。
 尹東柱『空と風と星と詩』は日本でも数冊の翻訳があり最近は比較的良く知られ、追悼会や朗読会など遺業を顕彰する運動も各地で開催されている。尹東柱は1945年治安維持法違反で服役中の福岡刑務所において28歳の若さで死去した。彼の死には様々な疑問が呈されていて小説(イ・ジョンミョン『星を掠める風』)にもなっている。
 金素月もまた32歳という若さで死んだ。表題となった「진달래꽃(ジンダッレ)」はツツジの一種で、大村益夫『詩で学ぶ朝鮮の心』(青丘文化社)には「山つつじ」と訳されている。これは戦前の詩だが今日まで朝鮮の南北を問わず愛され、2003年には韓国の歌手MAYAがこの詩をロック調に編曲して歌いヒットした(maya born to do it+@)。「ジンダッレ」は日本の一般的なツツジとは違う品種のようだが、ツツジとサツキの区別も儘ならぬ身としては写真を見ても説明をつけられない。
Photo_3 申榮福は聖公会大教授で哲学者として知られるが今年1月に逝去した。申榮福は詩や書芸にも秀でその書と詩が韓国で人気の焼酎「처음처럼チョウンチョロン(初めてのように)」のラベルに使われている。韓国では申榮福に対する嫌悪からこの焼酎を飲まない輩もいるようだ。申榮福は戸田郁子も書いているが1968年に「統一革命党事件」で逮捕され20年に渡って獄中に囚われ、仮釈放後の1988年に出版された獄中書簡などをまとめて1998年に編まれたのが『監獄からの思索』だ。監獄生活が彼を哲学者にしたということのようだ。戸田郁子の引用から又引する。
「人を助けることは、傘を持ってあげることではなく、共に雨に打たれながら歩いて行く、共感と忍耐の確認なのです」
 この言葉に東日本大震災を想起した。

震災後は、だれもが急に善良な人になっていた。テレビCMを筆頭にいきなりみんな「日本人」意識にめざめて連帯を口にし、これまで東北のことなど見向きもしなかったくせに、貧しさのイメージが余計に同情をそそるのか熱いエールを送りはじめた。

Photo これは木村友祐の小説『イサの氾濫』の主人公将司の苛立ちだ。将司は40歳になっていたが、東京での暮らしを止めて八戸に帰り、刃傷沙汰の絶えない荒くれだったイサ叔父について調べていた。『イサの氾濫』は全体が東北弁(南部弁?)で満たされていて、その音楽的なリズムには明治以降の日本近代史において作られた標準「日本語」に対する抗いが感じられる。西から来たやつらの支配に従わぬ蝦夷の子孫としての矜持が、荒ぶるイサの氾濫として描かれる。〈蝦夷征伐で負けで、ヤマトの植民地さなって〉〈戊辰戦争でも負け〉〈震災ど原発で痛めつけられ〉た無言の民としての東北が、荒々しく雪崩を打つように東京に攻め込み弓引く小説なのだ。イサこそは荒ぶる東北の象徴である。おとなしく黙って「頑張れ日本」という言葉に収斂されようとする東北よ怒ってよいのだ、と語りかけているようだ。
 東日本大震災後全国に散った避難民や地元の仮設住宅に身を寄せる方々に、当初は同情的だった世論のなかに、最近は罵詈雑言が混じってきた。「避難民ヘイト」である。そもそも雨に濡れる人に傘を差し掛ける程度の軽佻浮薄な同情で、震災後の東北に接した我々に、共に雨に濡れながら歩く共感と忍耐などなかった。東北人の生活も破壊された原発の汚染処理も後回しに、東京オリンピックに巨額を投資して「頑張れ日本」と声を上げる笑顔に汚染されてはなるまい。連帯を模索すれば自分も傷みを伴う。東北の傷みを踏み潰して目の前のささやかな餌にとびついてなるものか、と作者の自問は読者の自問でもある
 木村友祐の作家としての煩悶と闘争は併録された「埋み火」にも表れている。公害を垂れ流して東京という資本に収斂されていく者と、東北の無言の暗さに止まり非文明の象徴としての鏃(やじり)を保管する者との再会と別離。後者の姿に柳美里『JR上野駅公園口』の福島県相馬郡出身ホームレスを連想した。ともに3・11後の小説で主人公は東北出身だ。
Photo_4 未來社発行の『イサの氾濫』の帯に白崎映美の写真が載っている。もと上々颱風のボーカルだ。『すばる』掲載時に「イサの氾濫」に触発された白崎映美は「とうほぐまづりオールスターズ」を結成、ライブを行いCDを作った。『まづろわぬ民』だ。これも東北弁満載でエネルギッシュだ。しかも木村友祐による「イサの氾濫」朗読も収録されている。「まづろわぬ」言葉、標準語の支配を受け入れない言葉が音読によって生き生きと再現された。
 東北の怒りと怨念を解放する文学には、「ガンバロウ日本、ガンバレ東北」などという空虚なコピーを打ち落とす冷徹な叡智で連帯したい。

*木村友祐さんの作品に関連した頁です。
 地方語・民族語・帝国主義語

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コメント

近頃は情報不足で、いつも知らずにいる本の紹介、感謝。林浩治の言う「非日本(語)文学」ですね。小生にもヒットします。

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