フォト
無料ブログはココログ

« チョン・セラン『アンダー・サンダー・テンダー』(クオン) | トップページ | 宋恵媛『「在日朝鮮人文学史」のために──声なき声のポリフォニー』 »

2015年12月13日 (日)

金石範「終っていなかった生」 (『すばる』1月)

闘う老作家の生きる意欲を見た

 金石範の小説の特徴に夢がある。とにかく夢か現かの状況が頻繁に出てくる。「終っていなかった生」も夢から始まる。夢の中でKの下半身には尾鰭がついていて人魚のようだ。眼を覚ますと下半身が動かない。血圧は異常に高い。幻聴も聞こえる。夜中に病院に行くが原因がはっきりしない。
 Kは作家でこのとき書いている小説は済州島四・三事件当時虐殺された島民の死刑場であった、現「済州」国際空港の遺体発掘をモチーフとした作品だ。この書きかけ小説の冒頭部は、金石範が『すばる』2014年2月号に発表した「地の底から」と同じだ。従って、時制は2013年に設定されていることになる。元来大酒飲みのKだが、このときはほぼ禁酒している。Kである金石範はこの頃既に88歳という高齢だ。
 痛む頭の中で現と夢と幻想が交差する。睡眠は夢を呼び夢はKをソウルへと導く。60年前の時空を超えたソウルから銃殺された親友チャンの声が届く。〈チャンたちは済州島四・三虐殺と同じく、場所とやり方は違うが、イ・スンマンテロ国家権力のもとで殺された。〉金石範は1945年日本帝国主義の敗北後の11月に、朝鮮独立運動に参加すべくソウルへ渡りながら、翌年夏大阪に一旦戻ったまま朝鮮への再渡航の手段を失ってしまう。その間に独立運動の同志たちは殺されていったのだ。金石範はこの10月(2015年)に韓国政府によって入国を拒否された。それは大韓民国の成立が金石範やその同志たちが目指した南北統一政府でなく、李承晩(イ・スンマン)による朝鮮半島の南半分に於ける反共政権だったことと無関係ではない。
 Kの夢は更に時空を超える。今度は夢の中で夢ではない、夢の中の現実として女性詩人ミニの山中での死と遭遇する。零下二〇度の山中で深酒自殺だ。小説の中に紹介される詩の一節は、金石範が紀行文集『国境を超えるもの』(文藝春秋)に収録した「鬼門としての韓国行」に紹介した「鳥たち あの冬の夜中へ」だ。作者は金民姫。「苦難の終りの韓国行」(『文學界』2001年11月)にも出てくる。〈ミニは明日のことを、かりに飢えに直面するにしても思い患いません。でも彼女の恐怖は、いま生きて生活していることなんです。うん、じゃ“存在”に対する怖れなんだろうか。〉
 体調不良のKは生涯の課題である「済州島四・三事件」六十五周年記念集会の準備も欠席した。精神科に通ってようやく小康状態を取り戻し、「発病」以前の散歩コースを歩けるようになった。
 小説が時制通りに進んでいると仮定すれば「回復した」Kはあるときアルバムの写真を手に取り、娘と二人での写真を見て妻に問いかける。Kは忘れていたが、一九六二、三年頃組織方針で日本人妻と別れるよう指示があったとき妻は離婚の覚悟をして実家に帰っていたが、Kは別れない道を選んだ。金石範がたとえ小説としてであれ、自分の妻との関係を在日の組織問題を介在して文章にしたことはない。
 「終っていなかった生」は、超然とした作家の姿ではなく、妻子を含む身辺に現代史をぐっと引き寄せて描いた作品だ。Kが住み散歩して歩く地方都市W市は、現実に金石範が居住する埼玉県の蕨市を思い浮かばせる。W市からKの〈混沌自在の頭の空間〉は自在に時を超え空を飛び、済州島やソウルを行き来する。そしてW市に戻り、森を彷徨い女性の満月のような臀部に魅了され、ホテルでの性交に及ぶ。尻を丸出しの女Rは人魚の身体となって海の暗い奥の方ほうへ泳ぎ去っていく。どこまでが夢でどこからが現か相変わらずはっきりしない。この小説は、文体は私小説風ではないが内容は事実と整合する部分が多いので、作家自身の体験や気分の変遷をそのまま書いていると取れる。
 性の感触は生を感じさせるに十分で、Kは不随でない自己を確認する。「終っていなかった生」とは「終っていなかった性」でもあるのだろうか? この生きる意欲は『火山島』に繋がる次作を呼び起こすに違いない。それには日韓の右翼勢力との政治的対決も付随するのだろう。何しろ齢90の老作家が自分の生きる意欲をまだ終わっていないと確認した作品だ。この小説を読み解くには金石範文学に通じていなければ困難だろうが、逆に金石範文学の全体を解き明かすにこの小説はヒントにもなっている。

*金石範文学の全体像については「虚無と対峙して書く─金石範文学論序説─」(『社会文学』第26号 2007年6月)を参照頂きたい。また、金石範の韓国訪問と創作の関係を論じた「金石範文学論・在日の実存を済州島に結ぶ」が2016年3月発行予定の『神奈川大学評論』第83号に掲載される。
*金石範文学の「私小説」的傾向に関しては『同行者大勢』第11号に発表した「『泥酔の四十二階段』の問題」がある。これはpdfで読める。http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/doukousya11.htmlから入って頂きたい。
*金石範「地の底から」に関しては、
http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-4bd5.html に書いている。

« チョン・セラン『アンダー・サンダー・テンダー』(クオン) | トップページ | 宋恵媛『「在日朝鮮人文学史」のために──声なき声のポリフォニー』 »

「書評」カテゴリの記事

「金石範」カテゴリの記事

コメント

商業文芸誌は見ないので、初めて知りました。
早速『すばる』2016・1買います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/62863824

この記事へのトラックバック一覧です: 金石範「終っていなかった生」 (『すばる』1月):

« チョン・セラン『アンダー・サンダー・テンダー』(クオン) | トップページ | 宋恵媛『「在日朝鮮人文学史」のために──声なき声のポリフォニー』 »