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2015年11月14日 (土)

チョン・セラン『アンダー・サンダー・テンダー』(クオン)

人生は隠れた悪意に翻弄されるが……

Photo 青春は辛い。甘く悲しく辛い高校時代なんてありふれている。作家チョン・セランはそうした青春の場に坡州(パジュ)を選んだ。坡州は38度線に近い。北朝鮮に接し市内に非武装地帯がある。坡州からおんぼろバスで学校に通う6人の高校生たちは、窓外に迷彩服を着て匍匐前進をする兵士と目が合ったりする。不穏な空気が漂う場だ。銃を持ったままの兵士が脱走する事態が町を騒がせる。映画「猟奇的な彼女」でも銃を持った脱走兵が登場したが、遊園地に隠れた脱走兵はコミカルに描かれ悲壮感のないギャグでしかなかった。チョン・セランの脱走兵は首を括り、更なる悲劇を遺していった。
 ある意味坡州は80年台までの韓国的状況を縮小して90年台に遺した場だったのかも知れない。わたしは82年に、光州に入る高速バスに銃を持った兵士が入って来た光景を思い出す。道ばたに埃っぽい兵隊たちが歩く姿も散見された。当時の韓国の人たちにとっては珍しいことではなかったのだろう。20世紀末の坡州に再現されたこうした不穏な空気は次のようなことばで表象される。

  殺すのなんか簡単だ。そんなふうに、唐突に攻撃されながら生きていく。考えてみれば、私たちはそうした不運から生まれ出た存在でもあるのだ。私が三十八度線を越えた祖父の不運から誕生したように。私のルーツは不運であり、私を育てたのも不運、私が最後に到達する結末もやはり不運だ。

 歴史の不運と空間の不運を重ねた場所として坡州は描かれた。現在の坡州は出版・印刷関係の会社を集めた出版都市として日本でも有名だし、パジュプレミアムアウトレットやヘイリ芸術村のある観光地としても注目されているようだ。しかし観光としては「北朝鮮」を遠望する統一展望台があるなど、前線地帯である現実は変えようがない。
 小説『アンダー・サンダー・テンダー』は二重構造になっている。「私」は30代で映画美術を仕事としている。そして高校時代のバス友たちを撮っている。あるいは撮りながら回想しているのかも分からない。つまり高校時代と大人になった現代が交互に描かれ、それぞれの「成長」に読者であるわたしはため息をつく。
 前半はペ・ドゥナ主演の映画「子猫をお願い」を思いだした。出世から外れた商業高校を卒業した5人の女性たちの友情と、遣り切れない生活、捨てられた子猫のように自由を希求する少女たちの精神の純粋がみずみずしい映画だった。
 しかし小説『アンダー・サンダー・テンダー』は希望を持たせない。バス友たちはそれぞれ問題を抱えていて、彼らを悩ます問題は変化する。主人公の私が愛したジュワンは撃ち殺され、私は壊れる。彼女を壊したのも彼女を支えたのも坡州に住む人々だった。6人の仲間は互いに壊し壊されながら、それでも支え合って成長する。恋人の死、兄の死、弟の殺人を経て、折れ曲がり変化していく青年たちの姿は希望というより存在の実感だ。希望では癒やされない。登場人物のひとりミヌンの「ひどい家に生まれたなら、愛さなくてもいい」という言葉が沁みる。
 大人になって就職した彼らを迎えたのは矛盾に満ちた社会だ。彼女たちは仕事を持ち、その仕事から離れ、また別の仕事に出会う。坡州から離れ韓国から離れてもまた坡州に帰り集まっては別れる。現実は厳しいけれど現実の中にしか生きる場は存在しない。希望といえば、経験を経て生きる逞しさを得ていくこと。別れだって必要なこともある。憎しみだけでは生きられまい。
 チョン・セランは朝井リョウとの対談でこう言った。

  何かを嫌いだと言うことが、何かを好きだと言うことよりも簡単ならば、それは健康ではないと思うんです。社会を全般的に覆っている嫌悪の感情に、文学界の中も向き合おうとしていて、私もそのうちの一人です。
   朝井リョウ+チョン・セラン「未来の世代の読者へ向けて」(『早稲田文学』2015年冬号)

 チョン・セランは正義を語らず、されどブドウ畑のバラのように来たるべき被害に警鐘を鳴らしたり、ひっそりと隠れた悪意を浮かび上がらせたりするのだろう。好感の持てる若い作家と出会った。

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