フォト
無料ブログはココログ

« 朝日新聞 「声」 (没) | トップページ | 尹在賢『ある独立運動家の祖国』 나남 »

2015年8月 8日 (土)

尹在賢 『凍土の青春』

 痛哭して壇君の後裔に祈る。期してこの恨みを晴らせ

 尹在賢(ユン・ジェヒョン)という名を知っている人間がどれだけいるだろか? 1979年に『凍土の青春』という小説を講談社から出版した作家である。しかしそれ以外に情報がなかった。
Photo_4 『新日本文学』で「〈在日〉作家の全貌─94人全紹介」と銘打った特集を編集したことがある。No.643、2003年5・6月合併号だ。〈在日〉というのは「在日朝鮮人」を朝鮮籍、韓国籍、日本籍に拘わらずトータルに捉えた呼称として使った。──因みに磯貝治良は1979年に発行した自著『始原の光』に「在日朝鮮人文学論」と副題を付けたが、2004年に出した本のタイトルは『〈在日〉文学論』としている。
 『新日本文学』の編集時に、尹在賢が些か気になった。彼は在米韓国人で〈在日〉ではない。正確な生年も不明なまま「作家総覧」に4行で紹介した。「作家総覧」の注記に、1945年の日本の敗戦以後日本に在住して日本語で出版した作家・詩人を紹介した旨を記したので、尹在賢は例外とした。
 ところが最近偶然に尹在賢の名を目にした。インターネットハンギョレ한겨레の2014年3月の記事「もう一人の張俊河、尹在賢の生(또 한 사람의 장준하, 윤재현의 삶)」だ。『ある独立運動家の祖国(어느 독립운동가의 조국)』という本の紹介だった。去年の記事に今頃気がついたのだから間抜けだ。Chosun Media pubにももう少し詳しい記事が出ていた。早速本を取り寄せた。『ある独立運動家の祖国』の作者は尹在賢윤재현で、甥にあたる大学教授金賢柱김현주が編集した。
 尹在賢は1920年8月14日咸鏡北道會寧회령市に生まれた。會寧は朝鮮北東部(現在の朝鮮民主主義人民共和国)に位置し、豆満江두만강を挟んで中国吉林省延辺朝鮮族自治区龍井용정と向きあっている。
 1939年尹在賢は日本に留学、京都の同志社大学で英文学を学んだが、3年後学徒出陣で日本軍の兵役に引っ張られた。中国河南省淮陽部隊に配属されたが、1944年6月兵営を脱出して翌月光復軍に合流した。1945年1月には重慶の大韓民国臨時政府に到着し光復軍総司令部に副尉として服務した。朝鮮本土侵入直前の8月には西安に移動し、OSS(米軍戦略情報機関Office of Strategic Service)に所属して国内浸透工作のために待機中に日本の敗戦を迎えた。朝鮮に帰還したのは11月だった。国内では赤十字社で働いたが、朝鮮で過ごしたのは僅か3年程だったという。尹在賢はアメリカに留学し遺伝学を学び、1959~85年ボストン大学で生物学教授として勤務。人生の大半をアメリカで過ごし1994年4月ロサンゼルスにおいて74歳で他界した。韓国では無名だった。
 『ある独立運動家の祖国』には、「我が臨時政府(우리 임시정부)」(1946年)、「死線を彷徨い(사선을 헤매며)」(1948年)、そして上記の「凍土の青春」の三編の作品が集められた。これについては改めて紹介したいが、日本語で書いた『凍土の青春』についてだけ簡単に書いておきたい。
 『凍土の青春』は朝鮮、日本、中国を舞台に、1930年から1945年末頃までの激動の時代を疾走する主人公たちの青春ドラマだ。大日本帝国によって植民地支配された朝鮮、物語は作者の出身地である朝鮮半島の付け根部の町会寧から始まる。遊郭や兵舎で火事が起きる。独立軍の攻撃に対抗する日本官憲の取締と見せしめは凄惨で、関係のない庶民に犠牲が強いられる。主人公の李哲は割と裕福な家庭に育った学生で、家庭教師の李斗成の影響で民族独立の意志を強くしていく。李斗成は光州学生運動に関わった後、秘密裏に独立運動を遂行していた。他に斗成の同志で材木商を営む徐星やその妹で哲と愛し合う静淑などが登場する。時代は満州事変から盧溝橋事件を経て日中全面戦争時代へと移り、日本は戦線を拡大しアメリカとも戦争を始める。
 東京に留学した哲は卒業すると家族や恋人にも黙ったまま、東京の留置場で知り合った親友の待つ北京へ向かってしまう。着いたその日に北京から逃亡して、重慶にある朝鮮の臨時政府を目指して逃避行が始まる。「朝鮮の臨時政府」というのは大韓民国臨時政府のことだ。小説の中にも「上海時代」と出てくるように元は上海で組織されたが、日本軍の大陸進出に追われて1940年重慶に移った。小説で「上海の鷲」と呼ばれる主席とは金九を想定してのことだろう。一方、徐星はアメリカに亡命しOSSという特務機関に属してやはり中国にいた。OSSは作者尹在賢が実際に勤務した機関で現在のCIAの前身とされる。対日戦に力を尽くしたらしい。
 『凍土の青春』では、主要な登場人物の多くが過酷な運命を辿るが、主人公の李哲と恋人の徐静淑は長い別離期間を経て再開する。作者自身の日本軍脱出と臨時政府勤務という経験なくして、この現代史をダイナミックに捉えた小説は書けなかったに違いない。大韓民国臨時政府や光復軍について日本では殆ど知られていない。無視されてきた日朝関係史の一断面を見る思いで読むことができる。とは言え主人公は作者自身より6~7歳年上の設定で、事実そのものではないし、充分にロマンチックに再編されている。第二次世界大戦の終結から30年以上の歳月は作者に客観的視野を広げさせたに違いない。
 作者は作品を単なる悲劇に終わらせなかったし、反日憎悪一辺倒のドラマにもしなかった。哲は解放後、日本人避難民の中に、中学生の時警官の暴行から彼を救った警部を見つけ複雑な感慨を持つ。尹在賢は大日本帝国の支配者や軍部と国民をハッキリ区別していた。長い異郷での暮らしが冷静冷徹な判断をもたらしたのかも知れない。
 〈痛哭して壇君の後裔に祈る。期してこの恨みを晴らせ〉とは作中に出てくる言葉で、三・一運動の際に息子を殺された老父が遺した。戦後の朝鮮に絶望した尹在賢の恨みは『凍土の青春』によって晴れたろうか。
 作家には誰でも書かなければならない原点的作品がある。尹在賢は遺伝学者として生涯を過ごしたが、やはり作家だった。あとがきによると『凍土の青春』は出版を前提にしないで書かれた。ではなぜ尹はこの書かれなければならない作品を日本語で書いたのか? それは誰にも分からない。ただ知られざると言えども、文学の普遍的価値は民族、言語、地域そして時間を軽々と超えるのだということだ。
*この短文を『新日本文学』「〈在日〉作家の全貌─94人全紹介」の補足としておきたい。

« 朝日新聞 「声」 (没) | トップページ | 尹在賢『ある独立運動家の祖国』 나남 »

「文化・芸術」カテゴリの記事

「書評」カテゴリの記事

コメント

尹在賢と『凍土の青春』について、まったく知りませんでした(手元の在日作家・作品リストにはどこで見たのか、姓名、タイトル、版元はあるのですが)。
愚銀氏の紹介、とても興味深く読みました。
大切な作家を知ることができました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/62042139

この記事へのトラックバック一覧です: 尹在賢 『凍土の青春』:

« 朝日新聞 「声」 (没) | トップページ | 尹在賢『ある独立運動家の祖国』 나남 »