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2015年7月24日 (金)

朝日新聞 「声」 (没)

*朝日新聞「声」欄に投稿してことごとく没になっています。一部をブログに公開します。

 政治と連続する嫌韓・反中の雰囲気
 (2015年7月16日投稿)

 国会内外で安保法案が取りざたされている。違憲だから反対という意見に対して、中国の軍事大国化など国家の危機的状況に備えるべきだとの意見がある。韓国人や中国人を嫌い敵視する風潮は世間に溢れている。在日朝鮮人は直接攻撃の対象にさえなっている。日中国交回復後の中国ブームや、最近の韓流ブームを知っている者としては暗澹とした気分だ。
 フジテレビが6月5日に放送した「池上彰緊急スペシャル! 知ってるようで知らない韓国のナゾ」で、韓国の若い女性が日本に対する印象を語った。字幕には「嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」と書かれたが、実際には「文化がとても多い。そして外国人が本当にたくさん訪れてくれるようです」と応えていたことが後で発覚した。嫌韓・反中の雰囲気はこうして作られてきたと感じた。デマや捏造はこれだけではないだろう。
 ヘイトスピーチ街宣はカウンターと呼ばれる差別反対運動によって今のところ押し込められている。本屋の棚を賑わせた嫌韓・反中本も、峠を越えた。しかし作られた危機感は安保法案に繋がっていないだろうか。歪んだ正義感は相手の本当の姿を見えなくさせる。確かに日本は危機的な状況にあると思う。しかしそれは本当に隣国のせいだろうか? 冷静に考えなければならない。


 朝日新聞の社説にがっかりする(2015年3月1日)

 3月1日の朝日新聞社説は〈ヘイトスピーチ包囲網を狭めよう〉というもので期待して読んだ。ところが内容はそれほどでもなかった。
 社説は、大阪市の有識者審議会の答申にふれたものだ。第三者機関がヘイトスピーチと認定すれば事実関係や改善措置を公表し、大阪市が被害者の訴訟費用を支援するという。その条例化にあたって社説で指摘しておきたいという。
 それは「表現の自由」の問題だ。答申が公共施設の利用を制限することもあるとした点に関して社説は〈公共施設は開かれた表現の場だ。過度な制約にならないよう、慎重に検討していくべきだろう。〉と言う。被害者を想定しないピントのずれた議論だ。公共施設からも路上からもレイシストは完全に追い出さなければ民主主義は守れない。
 政府に対して被害の実態調査を勧めるに至っては、一年時期が遅れてるだろうと、開いた口がふさがらない。新聞社なんだから社で取材して政府に問うべきだ。人種差別団体が自民党の選挙応援をしているので、政権が怖くてまっとうにヘイトスピーチも批判できないのだろう。欧米のマスコミに「極右政権」と呼ばれる安部政権に及び腰の新聞に存在意味はない。権力に媚びを売るな。


 朝日新聞は社説で差別を批判せよ(2015年2月24日)

 24日の朝日新聞に精神科医の斎藤環氏がコラムを書いている。先に曽野綾子氏が産経新聞に書いたアパルトヘイト容認コラムに関してである。斎藤氏は曾野氏の弁明も含めて差別主義者の発言を残念に思う以上に、曾野氏の差別発言に対する批判が概ね海外からのものだったことを惜しんだ。曾野綾子はああいう人だから今更批判してもニュースにならないという態度が差別を免責しているというのだ。正論である。
 ツイッター上などインターネット空間では批判もあったが、マスメディアの対応は鈍かった。せいぜい「ニューヨークタイムズ」はこう報じたとか、南アフリカ大使が産経新聞に抗議したとかいう受け身の報道しかしていない。いったい日本のマスメディアは差別に対抗する気があるのだろうか?
 朝日新聞はネトウヨ政権に気を遣い過ぎていないか。これは自重ではない。報道の自由を自ら放棄した自己検閲だ。差別記事批判をなぜ個人の寄稿に任せたのか。産経新聞のように「個人の見解です」と言い逃れるためか。ここは社説を以てハッキリ曾野綾子氏と産経新聞に抗議すべきだ。朝日新聞社の方針として差別扇動発言を批判するのだという態度を見せて欲しいものだ。


 公人の人種差別扇動発言は許されない(2015年2月13日)

 ヘイトスピーチをがなり立てる街宣活動の醜悪さが報道されるようになって、世間の顰蹙を買っている。ところが優しい言葉での民族差別はこの国に溢れていて止まることを知らない。
 産経新聞のコラムに、作家の曽野綾子氏が、日本の労働人口減少に関連して移民を受け入れた上で、人種で分けて居住させるべきと書き、ツイッター上ではかなり話題になっている。曾野氏は、南アフリカのアパルトヘイトを例に出し、住居は別にした方が良いとまで書いている。黒人差別人権侵害の制度として、かつて世界の批判の的となりその後廃止された人種隔離政策に賛意を示し、日本でも労働者を輸入して隔離して働かせろと言っているようだ。
 こういった他民族に対する優位意識の表れは新聞や雑誌上だけに止まらない。フジテレビの番組『とくダネ!』(2/12)で司会の小倉智昭氏は、韓国の「ナッツリターン事件」報道のなかで、
「韓国の人は自分の責任を感じるよりも、まず他人のせいにしたがるの?」
とコメンテーターとして同席した在日韓国人医師に執拗に詰め寄った。
 これも民族差別に他ならない。一人の犯罪被告を以て韓国人全体を貶めている。
 差別扇動表現は、乱暴な言葉使いだから悪いのではない。丁寧に言っても同じこと。特に公共の場でのヘイトスピーチは厳に慎んで欲しい。

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