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2015年6月 3日 (水)

『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』 ころから

歪んだ欲求から生み出された嫌韓反中本は終焉に向かうべし!

Photo_2 ヘイト本とは、〈よその国を十把ひとからげにし、他民族を嘲笑したり、排外主義を煽る本〉のことだ。要するに『大嫌韓時代』や『マンガ大嫌韓流』などのことだが、本書で章を設けて批判されている『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった』などの一見まじめな本のように見える本でも、中身がデマで、歴史的事実をねじ曲げて特定の民族を貶める本も含まれる。
 出版社のからころは、すでに『NOヘイト! 出版社の製造責任を考える』などを出版し、差別憎悪扇動に荷担する出版に抗する動きをしてきた。
 伝説的漫画誌『ガロ』の版元である青林堂が、今日のヘイトを代表する出版社に変わっていく過程はまさにリアル。単なる儲け主義に走っただけではなく、〈スピリチュアルから右翼、そしてネトウヨの世界に近づいていった〉のだった。自分の存在に対する不安が、国家や「日本」に結びついて他者を排撃していく。これはオウム真理教などのカルトと変わらない。幸福の科学などの宗教団体の排外的な政治活動とも通じる。戦前の国家神道も、神社信仰の長い歴史を破壊して誕生したカルトだった。外国の価値観や共産主義に対峙して国民(臣民と呼んだが)を軍国主義に統合する精神的支柱として創造された。そういう意味でネトウヨを「信者」と呼んでも過言ではない。恐ろしいことだ。もちろん編集者としての「望むべき社会像」を持たないで、売れることを第一目標に掲げる花田紀凱(かずよし)のような人物もいて、嫌韓反中の風を煽っている。
 この本はヘイト本が作られる過程を紹介しただけに留まらない。制作者の心の問題にまで踏み込み、立ち直りを促す。ネトウヨは〈どうも気に入らない存在、どうしても攻撃したくなる存在〉を自分の内面に持ち、それを外部に投影する。分析心理学では、それを「影─シャドー」と呼ぶそうだ。深沢潮の小説『ひとかどの父へ』において、主人公朋美の美人で向上心豊かな友人ユリに対する感情がこれだ。朋美は劣等感から厳しい母に対しても僻み、幼いときに失踪した父が朝鮮人であることを知ると、大いに恐れおののき、結局は自己の内面を覗かなければならなくなる。
 ネトウヨにとっての「影─シャドー」は韓国・朝鮮、中国そして在日が主だ。そこにアイヌや震災避難民、障害者、被差別部落民など攻撃しやすい諸々のマイノリティーならなんでも入ってくる。攻撃には快感が伴う。これは麻薬のようなものなのだろう。しかし本書で指摘されている様に、日本は長い中国や朝鮮との関係性のなかで存在する。単独では日本民族だっていないのだ。だから人類学的にも文化的にも我々はすべて混血だ。民族はあっても純血な民族なんてあり得ないことを知るべきだろう。
 ヘイト本の出版は単純に金儲けだけのためのものではなかった。もちろん「仕事」として依頼されて参加するケースが多いのだろうが、おおもとは上記のような歪んだ欲求に依拠している。これはもう「悪意」にしか過ぎない。もう一つ、ネットユーザーの多くがヘイトスピーチを悪口や批判と誤認している点も糺されなければならない。これが意外と面倒なのだ。悪意を深く内在した者にとって、マジョリティーに依拠してマイノリティーを攻撃することは普通の悪口にしか感じられないのだ。その非道が理解できない。だから日本に対するヘイトとか、カウンターのヘイトなどと訳の分からないことを言い出す。ヘイトスピーチに関する正しい理解が国民に普及しなければ、日本は戦前と同じ道を歩むだろう。
 安倍晋三からトップダウンで排外主義的空気が降りてきて日本を覆っている今日、この靄を吹き飛ばす良心の声を大きくする拡声器として、出版関係者や書店員に限らず、一般読者、ネットユーザーにも広く読まるように願う。そして嫌韓反中のヘイト本出版は割が合わない社会になってほしい。

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