フォト
無料ブログはココログ

« 『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』 ころから | トップページ | 朝日新聞 「声」 (没) »

2015年6月17日 (水)

黄英治『前夜』

絶望的状況下、在日朝鮮人は実存する

Photo 在日朝鮮人は見られてこなかった。
 1973年に韓国の民主活動家だった金大中が韓国中央情報部(KCIA)によって日本のホテルから拉致されて、ソウルで軟禁状態に置かれるという金大中事件が起こった。1970年代には詩人キム・ジハの投獄に大江健三郎や鶴見俊輔が抗議した。また多くの在日韓国人が韓国の独裁政権によって政治犯として囚われた。日本の知識人や市民は金大中やキム・ジハの救援に動いた。そして金鶴泳が文芸賞、李恢成が群像新人賞に続いて芥川賞を受賞すると在日朝鮮人作家たちが注目されるようになる。ようやく在日朝鮮人が見えはじめたかに思われた。
 1980年、光州民主化抗争に伴う軍部の虐殺に日本の市民は抗議し、一部では在日との連帯が試みられた。しかし1988年のソウルオリンピック後の小さな韓国ブームでも、在日朝鮮人が日本人の視野に入ってくる機会は少なかった。この頃にはバブル経済が破綻する一方で、韓国をはじめ新興資本主義国の台頭に日本人は「自信」失いはじめていた。
 2002年日韓ワールドカップを経て、2003年にNHKで放送された韓国ドラマ「冬のソナタ」が火付け役となり、2004年に「宮廷女官チャングムの誓い」が放映されると韓流ブームが広がり、2000年代後半にはK-POPもブームとなった。しかし在日朝鮮人は脚光を浴びない。
 韓国や中国に対する日本人の持ったこれまでの優越意識は、一部では嫉妬にも似た感情を生み出していた。新大久保界隈にコリアタウンが広がり、韓国料理が珍しくなくなってきた頃、非正規労働という不安定で差別的な労働形態が一般的になってきた。暗く疲弊した日本人の、明るい韓流ブームに対する嫉みは韓国や在日朝鮮人にも向けらるようになっていった。インターネット上に差別的言辞を吐くネトウヨなる輩が増殖し、一部は路上に出て「行動する保守」と自称した。
 2012年12月に第2次安倍内閣が誕生すると「日本」を自画自賛しながら、韓国や中国を敵視し蔑視する風潮が顕著になった。
 黄英治の小説『前夜』は、韓流ブームが起きても嫌韓になっても日本社会において実態として見えない朝鮮人に光をあてて見せた。
 主人公のひとり共田浩規は大学を出てもパン工場の非正規労働者として働き、単調で過酷な労働で心身共に疲れている。父は製薬会社のリストラ担当部長で鬱病。浩規の両親は帰化朝鮮人で、浩規は父の暴力などから連想する「朝鮮」が嫌いだった。肉体的にも精神的にも疲弊して将来を展望することのできない浩規は、いつしかレイシストのデモに参加するようになる。
 一方、在日朝鮮人の尹奉昶(ユン・ポンチャン)はZTグループの朝鮮人学校襲撃にショックを受けている。奉昶は恋人の羅淳子(ナ・スンジャ)とともにレイシストに対して抗議しようとするが、黒い星屑と称されるレジスタント安三悦(アン・サミョル)が抗議を始めると集団暴行されたあげく警察に逮捕されるのを見て、恐ろしくなり何も出来なかった。
 共田浩規はZTグループのデモに加わって、気分が高揚し自分が強くなった気がしていた。浩規はデモで知り合った男を通じてグループと深く関わっていく。
 デモの現実に圧倒され傷心するが再び抵抗の計画を練る尹奉昶と、製パン工場の夜勤で体が鉛のように重くなりながらも高揚していく浩規、二人の青年は何度もすれ違いながら徐々に近づいていく。これはヘイトスピーチを扱っているが、ヘイトスピーチに抗議するための小説ではない。無論作者が「あとがき」に書いているように、意図するところは〈炭鉱のカナリア〉なのだろう。『前夜』に書かれたものは酸素の薄まった坑内で懸命に働く坑夫たちの姿だ。しかし『前夜』は絶望的状況を描いただけに終わらない。
 右傾化して排外主義がはびこる世界において、人間がいかにしたら恢復できるのか読者に問うた小説なのだ。そして少数者であるけれども在日朝鮮人がここにいるのだと、その実存を見せつけようという試みでもある。
 黄英治の文学はこれまでの『記憶の火葬』(影書房)『あの壁まで』(影書房)や単行本未収録の作品も、決して告発の文学ではない。むしろ自省の文学と呼んで良い。黄英治の批判の矢はまず先に自己を貫いて闇を照らす。

                                      (黄英治『前夜』コールサック社 1500円+税

« 『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』 ころから | トップページ | 朝日新聞 「声」 (没) »

「書評」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございました。作者の思い、意図を深く組んでいただき、うれしいです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/61755165

この記事へのトラックバック一覧です: 黄英治『前夜』:

« 『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』 ころから | トップページ | 朝日新聞 「声」 (没) »