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2015年5月24日 (日)

深沢 潮『ひとかどの父へ』朝日新聞出版

我が内なる憎悪と対決せよ、混血こそ純血だ

 ヘイトスピーチ対策法案が民主党、社民党、無所属で参議院に提出された。大阪市にもヘイトスピーチ抑止条例案が提出された。人種や性別、生まれた地域など共通の属性を有する不特定の者に対する、不当な差別的言動を禁止しようというものだ。これらの法案・条例案が可決され、民族差別などを煽る憎悪表現に法的な頸木がかけられることを切に願う。
 しかし問題は法的な処置だけでは治まらない。差別扇動表現は法によって制限されても心の問題は残る。
 倉数茂は、「〈おぞましき母〉の病理」(『アイヌ民族否定論に抗する』河出書房新社 所収)に於いて、〈ヘイトスピーチの規制はあくまで対処療法である。困難はその先にある。〉と書いている。文学的命題が横たわっているのだ。
Photo 深沢潮『ひとかどの父』は人の深層の差別を、母・父・友ら他者との関係性から解いていこうとする試みと読める。主人公の朋美は何事にも消極的で、大学を卒業してもしっかりした目標も持たず、先輩の紹介で出版社でアルバイトしている。朋美の母はエステ事業などを展開する浜田コーポレーションの社長だ。朋美は一重瞼で太り気味の自分と比較して、美人で上昇志向の強いやり手の母に反発している。父とは幼い時に別れて朋美は私生児扱いだ。
 朋美は子供の頃から友だちが少なかった。小学校のときは従姉妹の幸子を除けば友だちがおらず、勉強はできたが向上心はなかった。母のお陰で経済的には恵まれたが、他人のあたたかい家庭、豊富な友人関係、向上心、美貌、そういったことがすべて妬ましく思えて、逆に目標も持たずに、人ともあまり関わらないようにしている。自分が持っていないものを他人が持っていることへの嫉妬心は根深い。
 そんな朋美の唯一人の友人がソン・ユリという在日韓国人だった。ソン・ユリとは二人でヨーロッパに卒業旅行するほど仲良かったが、朋美は韓国人に良い感情を抱けない。〈朋美よりもずっと優れた容姿を持ち、あたたかな家庭に恵まれたユリへの屈折した嫉妬心は、〉ユリが在日韓国人であることへの差別へと結びついている。しかも母は独立心が強く目標を持った生き方をするユリを好み褒めた。朋美は母に対する劣等感から親友に差別感を持つが、ソン・ユリは社会的に差別されても悔しさをばねに自分の道を切り開いて行き、報道の仕事に就きニュースキャスターを目指している。母に反発する朋美は、在日韓国人であるユリを下に見ることによって自己を保とうとしている。
 ところが、朋美の母浜田清子が選挙に立候補したことで、醜聞が広がる。「浜田清子が未婚の母で、一人娘の父親は北朝鮮の工作員ではないか」というスクープ記事が週刊誌に出たのだ。朋美は〈もしかしたら自分が朝鮮人の子供なのかと思うと、不安な気持ちと母への怒りの感情が同時に湧き上がってくる。〉

  母に抱かれ、母の乳房を吸うことで、自他一体の海にたゆたっていた乳児は、やがて言語の世界に参入するためにも、どこかで自分と世界とを切り分けなければならない。そのために乳児は母の身体を「棄却(アブジェクション)」する。つまり、危険でおぞましいものとして押しのける。しかし、同時にそれは自分自身であり、また母子が一体化していた原初的な満足の痕跡であるために、永遠の魅惑を放ちつづける。
                                                                 (倉数茂「〈おぞましき母〉の病理」)

 朋美の母との葛藤は、母からの自立の為の産みの苦しみとも言えるが、自分似の父を奪ったものとの闘いでもあったろう。奪われた父を取り返す過程を除いて朋美の自立はない。父を取り返すことは同時に朋美にとって純血神話から脱却することをも意味する。母の過去であり、朋美の出生の秘密が明かされていく過程で、内在する差別の精神構造が明らかになっていく。
 あらかじめ失われた享楽を他者を排除することに見出そうとするレイシズムは、不遇な自己を更に凄惨な不幸に追い込むだろう。純血という神話を作ったのは誰か、小説には答えがない。しかし我々の原初を見定めていけば、そこに母があり父がある。母父にも母父があり、混沌とした混血の末裔としての自己が存在する。純血ではないおぞましい異物こそ自身の原初なのだと知るべきだ。この小説には沢山のヒントが隠されているように思える。
(深沢 潮『ひとかどの父』 朝日新聞出版 1800円+税)

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