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2015年4月15日 (水)

『貧乏の神様』を読んで『仮面の国』を再読する

柳美里『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記(2015年4月 双葉社)
柳美里『仮面の国』(1998年4月 新潮社)

Photo 柳美里の『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』を読んで、思わず小説家にならなくって良かったと思ってしまった。柳美里は書くことでようやく自己確認できる、書かなければ息ができない、書くことでしか生きられない作家だ。

    書くことで自分に他人を宿し、読まれることで自分を他人に託すことによってしか生きられないので、生きているうちは書くことを手放せないと思います。

 30年来の読者なので、そこまでは知っていた。しかし書くことでしか収入のない生活は大変だ。水道や電気などの公共料金が払えないほどの貧乏をしながら、書くことしか考えられない。コンビニでバイトとかは考えない。書かなければならないのに不払いの原稿料の催促に時間を取られる。経済的にも書くことでしか生きられぬ不遇までは考えが至らなかった。
 それなのに「貧乏話は脚色」「ギャンブルで大金を擦っている」「豪華な生活をしている」など、柳美里に関するデマが流される。
 柳美里に関する流言飛語・デマ中傷は昔から流れていた。嫌われ者なのだ。『貧乏の神様』を読んで古い本を思いだしたので再読した。1998年に出版された『仮面の国』だ。
 『仮面の国』は1997年~翌98年にかけて雑誌『新潮45』に連載された社会時評だ。帯に著者に対する悪口が列挙されている。帯には普通推薦文などの本に賛意を示すものが載せられるが、この本の帯には〈連載中に寄せられた異論反論の一部〉が掲載されている。小林よしのり、田中康夫、そして脅迫犯のメッセージまである。
 そもそも『仮面の国』はなぜ書かれたか。1997年2月、東京と横浜の4書店で『家族シネマ』と『水辺のゆりかご』のサイン会が開かれる予定だった。そこに〈独立義勇軍〉〈新右翼〉を名乗る男から脅迫電話があり、書店でのサイン会は中止に追い込まれた。サイン会は結局6ヶ月後に、版元である講談社・角川書店の要請で日本出版クラブ会館で開催された。この一連の事件に対して小林よしのりが雑誌『SAPIO』に書いた記事でいちゃもんをつけた。被害者である柳美里が「在日韓国人」であるが故に、朝日新聞が「従軍慰安婦」問題とリンクしてキャンペーンを張ったというものだ。そして柳美里は朝日のキャンペーンに乗って被害者特権を発揮して儲けてると言いたいようだ。このとき今の所謂「在日特権」論は始まった。『仮面の国』の帯に西尾幹二が『新潮45』に寄せた言葉が載っている。「在日韓国朝鮮人であることの弱みを特権化」「弱い女であることの特権まで振り回して……」だ。これは現在、在特会系のヘイト(憎悪扇動)団体が、「在日特権」「アイヌ特権」「障害者特権」などと頻繁に使う言葉と同じだ。
 因みに柳美里は従軍慰安婦について、国家・軍の強制に関しては疑義を持っていて、櫻井よしこの意見に同調している。ただ、柳美里は〈朝鮮人慰安婦問題は他国の女性を自国軍の慰安婦にしたという事実に尽き、強制連行か商行為だったかなど無意味だと考えている。〉柳美里の認識は私のとは微妙にズレがある。植民地支配下の女性をどのような形でも連行し、日本軍に従軍させ、帰りたいと言っても帰して貰える訳もなく、売春は嫌だと言っても止めさせてもらえない状況で連れ回した事実を「強制連行」と言わずに何という。小林よしのりのマンガは「女たちはこのときばかりに稼ぐ」という愚劣なものだが、価値のない軍票を戦地で与えられて稼ぎになろうか。
 ここで考えたいのは従軍慰安婦問題ではない。小林よしのり・西尾幹二ら新しい歴史教科書をつくる会や柳美里サイン会脅迫犯の言説だ。彼ら歴史修正主義の謬論が巷に支流となって広がり、それを虚しい根拠にネトウヨや在特会系のヘイトスピーチが垂れ流されている。今の日本は、「日本最大級の国粋主義者団体」と呼ばれる日本会議のメンバーが閣僚を占め(公明党員以外)、歴史修正主義者が首相を務めている。彼らの意志が教科書検定に反映され、教科書が歪んでいく。
 『仮面の国』には脅迫犯の終結宣言的電話の記録も掲載されている。犯人は、「柳美里」に「ユミリ」とルビをふるのはおかしい。「ハングル読み強制は日本叩きだ」と言っている。竹島問題で韓国に怒りがあるとも言っている。部落、天皇、創価学会、朝鮮人、外国人労働者問題がタブーになっているのもけしからん、と続ける。これらの問題(?)は今日ネトウヨや排外主義者が声高に叫ぶヘイトスピーチのネタだ。しかしこの犯人は意外と憎めない。〈ユウさんの文学のファン〉だと言い、ヤンソギル、金石範、李良枝、李恢成も読んでいると言う。〈今度の件〉で『水辺のゆりかご』読んで彼女がいじめの被害者だと知ったが、知っていたら脅迫しなかった、と言う。被害者意識が強く、自分の生がうまくいかないのは誰か(韓国とか在日とか)のせいだと思い込んでいる。だからイジメにあった人間には同情する。やったことは犯罪だが、小林・西尾らほど悪質ではない感じがする。だいいち結構読んでいる。最近のネトウヨの悪罵は、当該書籍を読んでいない発言だ。
 例えば、雑誌『創』が柳美里に原稿不払いで問題になった件ではこう言っている。

    反日発言してきた韓国籍の作家なんかが書いてる雑誌なんて売れなくて当然じゃないかな。しかも日本の小説って表現の自由を謳いながら、在日問題や、日本人に対する在日のヘイトスピーチすら題材にする人が殆どいないし、小説に出てくる在日はいつも被害者で、「常に日本人が悪かったごめんなさい」みたいな風潮でしょ。文学の世界はあまりにも意識が遅れていて、つねに左翼と在日であふれかえってるような気がする。

 先の脅迫犯と違ってまったく文学作品を読んでいないことが分かる。柳美里も含めて在日朝鮮人の作品など見たこともなかろう。お仕着せの、誰かが言った言葉の繰り返しで、自分で読んで自分で判断してはいない。単純明快で理解しやすいが、中身がない。amazonの『鶴橋安寧アンチ・ヘイト・クロニクル』に送られたネトウヨのレビューも大方こんなものだ。右翼の議論はここまでは劣化してしまった。脅迫犯には焦燥感があったが、ネトウヨのは上っ面で誠実さにかける。こんな輩(やから)がのさばる嫌な世の中になったものだが、根源の悪は1990年代後半の歴史修正主義者の台頭だった。小林よしのり等のヘイトスピーチをその当時叩き潰せず、市民権を与えてしまった我々にも責任の一端はあるだろう。
[関連]柳美里『JR上野駅公園口』

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