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2015年1月22日 (木)

李信恵『鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』

ヘイト被害者の闘い
『#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』李信恵著 影書房

_0001 amazonで『#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』を探すとレビュー欄が賑やかだ。そして☆1つのレビューの殆どが、読んでいないとしか思えない内容で。著者に対する悪罵か、在日朝鮮人に対する憎悪表現で溢れている。
 彼らは何故そんなに著者を怖れるのか? 著者は在日コリアの女性ライター。女性誌や地域情報紙、またインターネット上にも盛んに執筆する。李信恵と書いて「リ・シネ」と読む(らしい)。彼女の一日はツイッターの罵詈雑言を読むところから始まる。「チョンは駆除」「売国奴」などと罵られ、「質問や意見」に反論していく。なんともやり切れない一日のスタートだ。そんなリ・シネが書いた本書は、副題に「アンチ・ヘイト・クロニクル」とある。人種差別主義者たちによる差別扇動憎悪表現とその被害者の闘いの記録だ。
 ネトウヨと呼ばれる人々がいる。インターネット上で嫌韓嫌中の排外主義を煽り、汚い言葉で日本に住む朝鮮に出自をもつ市民を罵る連中のことである。上記のamazonレビュー欄に中傷を投稿する人々もネトウヨと呼ぶべきだろう。ネトウヨの台頭は、韓流文化が日本を席巻した2009年頃に始まる。在日コリアンは日本人より優遇されていると思い込んだ人々が、SNSなどを使って連携的に悪罵を放ち始めた。〈差別は一人でこっそりとする恥ずべきものだったが、敵と認定した在日をチームを組んで倒すことに多くの人が興じている。〉差別は娯楽になった。
 そして彼等の一部は路上に出て街宣活動を始めた。在特会(在日特権を許さない市民の会)を代表格とする差別憎悪排外主義団体が現れたのだ。かれらは蕨市のフィリピン人一家に嫌がらせデモを行い、京都朝鮮学校を襲撃した。「朝鮮人を殺しに来た」と言い放ち、リ・シネは「朝鮮人糞ババア」と呼ばれた。(著者はこんな書評読みたくないだろうと思う)
 李は〈ヘイトをまきちらすだけのデモに社会的な価値を見出すことなどできない〉と書いているが、彼らには確かに利用価値があった。この閉塞した社会で自分が恵まれないのは韓国や中国が悪いのであるし、在日が優遇されているから日本人が惨めな思いをするのだという風聞を流し、非正規労働の拡大などの労働問題、介護報酬の値下げや福祉切り捨て、原子力発電所の危険性、何より特定秘密保護法による国民の人権抑圧や、自衛隊の海外派兵を遠望する集団的自衛権など山積みする政治的課題から国民の目を逸らさせる。右翼政治家は李も書いているように、〈マジョリティの漠然とした差別心を肯定し、後押しする言葉〉を知っていて憎悪を煽っているのだ。
 何よりも、ヘイト集団がネット上や街頭で「ゴキブリ、ウジ虫、朝鮮人」「殺せ、殺せ、朝鮮人」と聞くに堪えない差別憎悪扇動の悪罵を垂れ流すことによって、〈差別へのハードルをどんどん低く〉しているという事実が恐ろしい。デマも百回唱えれば本当に聞こえてくる。大阪鶴橋では中学生の少女が朝鮮人虐殺を喚き、国連でも問題にされた。ヘイトで大人に褒められる歪んだ精神を持たされた子どもの生涯はどうなるのだろうか?
 李は〈ヘイトスピーチは、ネット上で生まれて拡散し、現実までむしばむウイルスのような者〉だと言う。誰でも、気づかぬうちにレイシストになっている。戦前・戦中の日本人のようにだ。またナチスドイツに支配されたドイツ国民のようにでもある。
 日本に反ヘイト法が無い以上、差別は裁かれず、〈裁かれない分、きちんと贖罪したり禊を済ませたりする機会もない。許すことも、許されることもない〉まま蟠る。
 リ・シネの闘いは果敢だ。あるときはヘイト団体である在特会の桜井誠会長へ突撃取材したり、人種差別主義者「おつる」こと中曽千鶴子や「クロエ」こと中谷良子に親しげに声をかけたりする。また右翼番組として知られる「桜チャンネル」に出演する。全くのアウェー、右翼の論客の真ん中にだ。リ・シネは〈日本に生まれ育ったこと自体がアウェーなんだから、今さら怖くない〉と言うが、こう思わせてしまったことに日本の恥を感じる。日本に生まれ育った朝鮮人も日本がホームなんだと思えるような日本でなければならない。
 著者は京都朝鮮学校襲撃事件裁判の傍聴を続けるなかで、多くの支援者たちや弁護士らと知り合い繋がりを持った。同時に個人としてのレイシスト一人ひとりを見つめていく。彼らは自らのヘイト活動を撮影し、動画をアップする。〈他人を晒しているようで、本当に晒されているのは自分たちの醜い姿だ。〉〈他人を晒しものにしておきながら、自分のことになると強烈な被害者意識〉を持っている。レイシストの心の闇にまで迫る勢いだ。
 在日に特権などなく、むしろ差別的扱いを受けているのは明白で、国連人種差別撤廃委員会の指摘も受けている。レイシストは差別する理由を探し、こじつけ捏造する。リ・シネは一つ一つ事実を積み重ねて反論する。そして闘う。李と仲間は裁判で闘い、ヘイトデモには大勢のカウンターで迎え撃つ。「仲良くしようぜパレード」で共生を訴える。
 京都朝鮮学校襲撃事件裁判控訴審判決の頁は圧巻だ。この1頁に至る200頁が凝縮されたかのようだ。
 更に、リ・シネは自己の家族史を明らかにして見せる。読者に「在日」ってこうなんだよと晒して見せるのだ。此処には文学の心が見える。彼女が生きていく書いて闘って行く根拠を見せている。
 李の母親は彼女たちが兄弟喧嘩をすると「どの指を嚙んでも痛いように、どちらも大切な私の指で可愛い子ども」と言った。その言葉を受けてこう言う。

   周りから、なぜそこまで朝鮮学校に関わるのかと聞かれる時がある。そんな時は私もオモニに倣って「朝鮮学校の人々が受けた痛みは自分の痛みで、全部自分の中にある大切な一部だから」と答えている。
   韓国も共和国も日本も、朝鮮学校も民族学級も、親も兄弟も家族も。そして出会ったあなたも。みんな自分の一部で、大切な指。だから、あなたの痛みは私の痛み。そう思いながら、これからも関わっていくと思う。

 嘘には事実で、憎悪には愛情で迎え撃つ。李信恵の闘いに終わりはない。

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コメント

鄭閏煕です。私のコメントに林さんのコメントが返っていることを今日知りました。そこで一言。わたしは中学卒業後「職業訓練学校」で一年間「機械科」を学びました。就職試験は「日本電気」でしたが、私だけ採用されませんでした。理由は外国人、つまり朝鮮人だったからです。その後私は事務系の就職を何度か試みましたが、事務系では採用されず、現場の仕事でなければ外国人は難しいと「説得」され不本意な職に就いたことは何度かあります。
現在のように、あからさまな「ヘイトスピーチ」で差別を体感したことはありませんが、差別や排外は質や手段をかえて、時代のニーズに合ったより効果的なデマゴギーを生み出すものだと考えております。わたしのコメントの主旨はそういうところにあります。差別の歴史的変遷と、今日のヘイトスピーチをどういった系譜で読み取るか、ということは「被差別」という「殺される側」に身を置く者にとって重大な関心事であることは言うまでもありません。したがって差別が「昔からあったから平気だ」という苦言はあたらないように思いますがいかがでしょうか。認識の誤りは正さなければなりません、私の視点に誤りがあればコメントしてください。

鄭さんコメントありがとうございます。しかし、今日の状況は「改めて朝鮮人差別と排外がクローズアップ」されたというものではありません。街頭で「朝鮮人殺せ!」と叫ばれるような状況はずっとなかったことです。ネット上でも同じです。アイヌ、障害者、部落民等にも公然と悪罵が投げつけられる事態を、以前からずっとあったことなどと言うことはできないのです。そして被害者も増えています。まさか昔からあったことだから平気だなどと言うのではないでしょうね!

鄭潤煕です。林さんの書評、及び世評とでもいうのでしょうか、参考にしながら様々な問題を自分なりに整理し深めているところです。在日朝鮮人への嫌がらせは今日の問題ではなく、ヘイトスピーチという概念とその実態が顕著になったことで改めて朝鮮人差別と排外がクローズアップされているだけなのでしょう。在日が在日市民として固定化(永住化)していく中で、私たちの存在はますます日本社会の中でしかるべき地位と位置を深めていくことになるでしょう。またわたしたちは、そうした意志と方向性を持つべきだと考えております。そのためにも、歴史的経緯を持った在日朝鮮人の法的地を後退させてはならないと考えております。一方で、日本人も朝鮮人も、国民としてではなく、市民としての新しいつながり方があるんだということを共有できるようになれれば、法的地位など、ただの法文になるのでしょう。

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