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2014年12月25日 (木)

岡和田晃と向井豊昭の闘争──辺境から立ち上がり国境を壊す

『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』

『向井豊昭の闘争──異種混交性(ハイブリディティ)の世界文学』

_0001 2014年は岡和田晃の年だった。岡和田は2010年に「『世界内戦』とわずかな希望―伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」で第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞するなどSFファンの世界では知られていたし、RPGなどゲーム関連の仕事でも有名らしい。だから正確には、私が岡和田晃という有能な批評家を知った年だったと言い換えることもできる。そして岡和田が私淑し紹介に努める向井豊昭との再会の年とも言えよう。
 岡和田は忘れられようとしている作家向井豊昭を再び世に送り出した。岡和田晃が編集した『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』(未來社 2014.1)は、異彩を放ちながら多くは注目されることなく逝った向井豊昭の作品集だ。1月発行だが、私が知ったのは不覚にも11月だった。(岡和田氏本人に知らされたのだ)
 向井豊昭は、1996年63歳の時に『BARABARA』で第12回早稲田文学新人賞を受賞し、蓮實重彦らの高い評価を得た。その後商業出版で上梓された本は、『BARABARA』(1999年3月、四谷ラウンド)、『DOVADOVA』(2001年7月、四谷ラウンド)、『怪道をゆく』(2008年4月、早稲田文学会)など多くはなく、2008年6月30日肝臓癌で死去した。
 向井の主な発表の場は『早稲田文学』で、それ以外には下北の地域文化研究所発行の『はまなす』に書いていたことは知っていた。数点の自費出版も知っていた。晩年には『Mortos』という個人誌を発行して健筆を振るった。しかしそれだけではなかった。この反骨の大作家が少ない世評を集める63歳以前にもどれだけ多く書き、どれほど多くの文学的成果を上げたか、『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』と、岡和田晃著の評論『向井豊昭の闘争──異種混交性(ハイブリディティ)の世界文学』によって思い知らされた。『手』などの個人誌や同人誌、『ウタリと教育』『教育評論』『歴史地理教育』など教育雑誌、『北方文芸』『日高文芸』『静内文芸』等地方文芸誌、エスペラント連盟の機関誌、その他『文學界』や『新日本文学』などにも掲載され、何点も自費出版している。作品年譜を見ればその数に驚かされる。
 『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』には冒頭に小説「うた詠み」が置かれた。「うた詠み」は個人誌『手』に発表(1967年)され、『文學界』に転載された作品で初期の出世作ということになる。北海道の農村に赴任した小学校教師のぼくと、生徒である英代との関わりが縦軸になっている。英代は祖母と二人暮らしの貧しいアイヌの子で、妊娠流産して学校には出てこないでいる。ぼくは英代を訪ね同情するが、日常勤務や組合活動の多忙を心の言い訳に、積極的な関わりを避けていた。一方でぼくは文学を志していて、文学仲間を作るためにK党に入党するが虚しい。正攻法のリアリズム小説で主人公の忸怩たる思いを丹念に描いた佳作だ。向井豊昭の後期の作品に見られる、ややもすると難解な「魔術的リアリズム」とも言われる創作手法とは正反対に、分かりやすく純情な描写が光っている。どうしようもない貧困に追い込まれたアイヌの子どもと教育者として立ち向かい、己の無力を振り返る。作家自身意識したかどうかはともかく、「自同律の不快」が見て取れる。
 「耳のない独唱」(1968年)も初期の作品で、これもアイヌに拘った小説だ。アイヌ詩人の遺稿集を読んだ野沢は、その家族を訪ね悲惨な現実を目の当たりにする。詩人としての気高さと、欺瞞され剥奪された貧しいアイヌ生活の現実とは背理している。まさに「筆は一本也、箸は二本也」とはこのことだ。これは小説の中のアイヌ詩人の話だけに収まらない。
 書名とされた「飛ぶくしゃみ」や「新説国境論」は、最晩年の向井が出した個人誌『Mortos』に発表された作品で、岡和田によると30部、最終号は15部だったとのことだ。(ちなみに15分の1が私の手元にある。私はそれを誇りたい。)
 小説の解説はこれ以上はしない。『向井豊昭の闘争』がある。岡和田はこの評伝で向井豊昭の全貌を明らかにした。向井の知られざる作品まで詳細に読み込み、世に示そうとする行為は文学の価値と等価だ。岡和田は向井文学を読み込むことによって、向井が文字通り這うようにして辿り着いた幾つかの文学的理念に早くも気づいている。

 単純きわまりなく、排外主義やセクト化に接合されやすい「党」の論理から可能なかぎり離れつつ、その理念が「リベラルな配慮」と「ネオリベラルな政界構造」を経由して全体主義や文化帝国主義に結びついてしまう仕組みを、可能なかぎり挫折させていくこと。そうした姿勢が、政治的動乱が日常と融合し、差別的な言辞がインターネット上を飛び交うなか、新たな姿勢として求められてくるだろう。

 岡和田晃は向井豊昭の最も深い理解者であると同時に、向井文学を通して、向井が予測した現在の危険な状況、キャッチフレーズ選挙によって作られたネオリベラルな政界構造に対する怒りを共有する同志として登場した。
 私たちの国はいつの間にか差別扇動的怒声が飛び交う社会になってしまった。単純で知性を抹消した歪んだ言葉は、インターネットの世界や路上で飛び交うヘイトスピーチだけではない。選挙の際に上から放り投げつけられたワンフレーズポリティクスもそうだ。それこそヘイトスピーチを煽っている張本人だ。
 岡和田は、大著『北の想像力』(寿郎社2014年5月)の編集も担い、そこにも「『辺境』という発火源──向井豊昭と新冠御料牧場」を書いている。また『すばる』2014年12月に「夷を微かに希うこと──向井豊昭と木村友祐」を発表し、八戸出身の若い作家木村友祐を重ねて画一主義=国粋主義を打ち破る希望を示した。来春にはアイヌ差別に対峙する『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)をマーク・ウィンチェスターとともに発行する。
 辺境から国境に進撃する言葉の使い手、若い批評家に教えられることが膨大だ。

追記
「向井豊昭アーカイブ」 はネット上で向井豊昭の作品を知ることができる貴重な資料庫

林浩治「向井豊昭とBARABARAな価値観」 はpdfで読めます。

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