フォト
無料ブログはココログ

« 武士道 | トップページ | 岡和田晃と向井豊昭の闘争──辺境から立ち上がり国境を壊す »

2014年12月 4日 (木)

地方語・民族語・帝国主義語──金聖珉「楓の挿話」

前近代的差別に怒り、近代の被支配民族耐える

 岡和田晃「夷を微かに希うこと」(『すばる』2014年12月)に触発されて、木村友祐を読んで魅かれた。と言っても手元にあったのは『すばる』2014年2月掲載の「ひのもとのまなか」だけだ。
 木村は八戸出身で東京の日大芸術学部に進学する。日芸と言えば、よしもとばなな、林真理子、大鶴義丹、家田荘子、中園ミホと出身作家は枚挙に暇がない。古くは小沢信男の出身校でもある。
 で、「ひのもとのまなか」の主人公は作家と同じ境遇。八戸から上京した大学生だから、言語にコンプレックスを持っている。この青春小説は恋人との別れが故郷との別離に通じている。すっかり東京人に成り下がった主人公が再び故郷を訪ねる道中に、「倭」とは違う「日本(ひのもと)」の実存を東北に見出すに至る、ややロードムービー風の構成になっている。地方語多様にルビ振りという文体一つとっても、作家の意識がすでに小説の主人公よりも反中央に進んでいることが察せられる。まだこの段階では「日本語」から地方語を眺めているに過ぎないが、私に戦前日本語を強要された朝鮮人作家たちを想起させるには充分だ。
 戦前の小説に「楓の挿話」という短いものがある。作者は金聖珉で『月刊文章』1940年10月号に掲載された。朝鮮人で小説家の私が、親友の松下君と連れだって、美貌のマダムが経営するおでん屋「楓」に行ったときの経験を書いた小品だ。私は内鮮一体小説を書いていて悩みもあるようだ。

内地人がどれだけ理解に深く同情に厚いか、私の解釈がどれだけ偏狭であるか、またそれに他民族の欠点を晒け出しそれを嘲笑しようとする浅ましい考えをおこすことが、自民族の長所を示して相手の偏見を正すことより、どれだけ非効果的であるかを説明しはじめた。私は遂に屈服させられてしまった。

 伏せ字と思われる空白部分があって「私の愚痴」の具体的内容は不明だが、日本人の差別に嫌気がさしている「私」に、松下君が内鮮一体の正論を述べたのであろう。ところが、店では別のグループが熱弁の最中で、ある紳士(新聞記者)が気炎を上げている。紳士は朝鮮人の発音の酷さをあげつらって笑っている。紳士は「私たちの」(朝鮮人の)階級を、知識階級の内地語、一般階級の内地語、下層階級の内地語の三つに分類し、発音のまねをして笑っている。〈下層階級のはもう滅茶苦茶であった。私は自分のことをいはれてゐるのだといふことを忘れて笑ひ出してしまつた。〉
 かの紳士は調子に乗って、今度は方言を馬鹿にし始めた。〈同じ内地人でも東北の人間を見たまへ。彼等はなつちよらん。〉紳士は続いて鹿児島は沖縄へ追放すべき、北海道はアイヌのにおいがするなどと言いつのり、また東北弁を馬鹿にし始めて痛快がって笑った。すると部屋の一隅から「やめろ! バガヤロウ。」と声が上がった。図体の大きい無精髭の男が紳士の横っ面を張り飛ばして、「人のわるぐづばかりゆうて、なにがおがすいんだ。」とゆっくり言った。そして喧嘩になる。

私は呆然とそれを眺めながら考へてみた。私でさへ我慢してゐるのに、東北くらゐが何を無念がつてゐるのだらう。

 私は帰り際マダムに「わるくお思ひにならないでね。…」と送られ、その色香に眩惑されて〈内鮮融和ぢやないか。〉と思い直す。憮然とした松下君にあの新聞記者を小説に書けと勧められるが、「いや、俺はマダムの方を書かう。──」と言う。
 前近代植民地民衆に対する近代民族主義的感性の発露が、東北弁に対する紳士の悪罵だ。彼から見れば近代植民地である朝鮮も、前近代植民地である沖縄もアイヌも区別なく蛮族に過ぎず、東北さえも侮りの対象だ。ここでは紳士の出生は書かれていないが、出自がどうであれ、彼は大日本帝国の臣民として一等である自己を誇っている。「私」は鷹揚に構えて彼を許容する。これが1940年頃、朝鮮人が置かれた位置だ。
 作者の金聖珉は『緑旗連盟』などの、いわゆる内鮮一体の皇民化小説で知られる戦時中の朝鮮人作家だった。時流に沿った俗物作家と規定することもできる。しかしこの時代の朝鮮人作家はほぼ「親日派」作家(様々な形で大日本帝国の朝鮮植民地支配と朝鮮民族の皇民化に手を貸した作家という意味)だけであったし、日本人作家の殆どが軍国主義にペンをかしていた。
 「楓の挿話」の冒頭にポール・ヴァレリーが引用されている。

云はれた悪口は、忘れるよりも赦す方がよろしい。然し、赦しは決して眞實でない。先に受けた苦悩は何ものといへどもこれを消し去り得ない。こんな状態で赦すものは、後の氣持を今の氣持として僞るものだ。上品な喜劇だ。

 鱓の歯軋りの感が捨てがたいが、忸怩たる思いは伝わる。金聖珉は創氏改名を宮原惣一と言い、若き日の金達寿と親しかったらしい。戦後の消息は不明だ。
 彼に佳作はないので批評も少ないが、下記のブログは感想だけでなく、内容にも詳しい。
「親日派」小説、読まずに排斥すべからず!② 金聖珉「緑旗聯盟」を読む(上)
http://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/b69c32e0f41a7f0d736adbf829d0d313

 (中)
 (下)

« 武士道 | トップページ | 岡和田晃と向井豊昭の闘争──辺境から立ち上がり国境を壊す »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/60760417

この記事へのトラックバック一覧です: 地方語・民族語・帝国主義語──金聖珉「楓の挿話」:

« 武士道 | トップページ | 岡和田晃と向井豊昭の闘争──辺境から立ち上がり国境を壊す »