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2014年11月 3日 (月)

菅原克己『遠い城』

菅原克己『遠い城』
主体性を持った個人の集団としての民衆こそ希望だ

Photo 小沢信男さんが昨年の年末に『捨身なひと』(晶文社)という本を上梓して、埼玉文学学校で話をされるというので急いで読んだ。小沢さんと関わりのあった愛すべき先達に関する面白話だ。新日本文学会に入会したての忘年会で「昭和生まれが入ったか!」と騒がれた。そんな若者も来年は米寿になるそうだ。ついに「平成生まれが入ったか!」という驚嘆を聞くことなく新日本文学会は解散してしまった。後輩として申し訳なく思っている。
 『捨身なひと』を読んでいると、花田清輝やら長谷川四郎やら読み直したくなって進まない。『中野重治随筆抄』は持っていないので読めない。菅原克己『遠い城』は一寸のつもりで読み始めたら止まらなくなった。小沢さんは〈「遠い城」は小説です。〉と語っている。なるほどである。菅原克己は共産党員だった。戦前最後の「赤旗」プリンターだった。扉の次に、非合法共産党時代に菅原がガリ切りした「赤旗」の写真が載っている。そして詩人だった。しかし、勇ましいプロレタリア詩は書けなかった。抒情詩人だ。抒情詩人にして共産党の活動家、軍国主義時代は非合法活動家だ。
 非合法活動というのはいったいどんな感じだろうか? 高校生が学校側にばれないようにビラを撒いたり、同級生を反戦デモにオルグするのとはレベルが違う。なにしろ逮捕されたら殴られて刑務所行きだ。下手をすると小林多喜二のように殺されてしまいかねない。実際菅原克己も身体を壊したり、いくらか良くなったと思ったら逮捕されたりしている。
 それよりも複雑な煩悶もある。直結する党の幹部「オッチャン」が実は特別高等警察のスパイで、しかも党中央の査問中に死亡するという事件がおきた。これは共産党の赤色リンチ事件と騒がれた事件で死んだスパイが小畑達夫、もう一人が大泉謙蔵だ。因みに大泉はハウスキーパーまで手玉にとった詐欺師で、戦後は実業家として成功し叙勲までしている。権力に媚びた詐欺師が資本主義では「成功」する。
 『遠い城』の主人公岡は共産党中央の幹部である袴田里見や、その妻田中ウタとも親しかった。

   感情の上では今でも〈おじさん〉をなつかしいと思う。それはたしかにある。しかし、今はこの人についてゆけるかというと、──ぼくは首を振るような気持ちだった。

 戦後、公会堂で颯爽と演説する〈おじさん〉に、戦前親しかった指導者として懐かしさを感じると同時に不信も感じていた。〈党員を動かすものは、内部から吹き上げる人間の理想〉でなければならない。しかし現実は違った。〈おじさん〉というのが袴田里見で田中ウタは〈おばさん〉として登場する。「ぼく」であり「岡」である菅原克己は〈おじさん〉の〈おばさん〉に対する態度に厭なものを感じている。それは多分党の官僚主義であり、男尊女卑だったり、エリート主義のようなものなんだと思われる。ファッショ政権下、党の最も地味なところで働き、牢獄も経験するなど苦難の日々を送ってきた〈おばさん〉は権力によって〈おじさん〉と別れることを承諾させられた一点によって、戦後「裏切者」との烙印を押される。

  大義名分を立て、原則を貫き通すようにみえながら、なおかつ寒々としたものを感じさせるもの──それは下積みの者たちが、生きるために常に支えにしている、人間に対する「手厚い心」の欠如だった。

 岡たち新日本文学会に属する共産党の有志は、党中央の官僚主義に関する意見書を出し、逆に〈ブルジョア自由主義者の分派活動〉として非難される。岡は地域細胞の査問にかけられる。
「個人的なことは辛抱するのが党よ。……中央委員会さまさまだよ」と軽口風に語るS夫人の言葉に、岡は思わず笑ってしまう。
 岡は査問の後も地区党の無理な指令をこなした。夜12時にビラを頼まれて朝工場に撒きに行く。党活動に献身しながらも自己批判しない岡は処分される。
 個人の人権を守るべく闘う組織は、巨大な厚みを持った城壁に囲まれ、個人の声を聞かない。これは小林多喜二が『党生活者』で提起した問題に通じるだろう。目覚めた主体としての個人は、多様な場面で多様な攻撃を受ける。保身が他者を攻撃せしめる。
 小沢信男は『遠い城』について、〈この小説は「正直」がテーマです。〉と言っている。なるほどと思う。一言で言い尽くす妙だ。

                   (菅原克己『遠い城』創樹社1977年/『増補版 遠い城』西田書店1993年)
                   (小沢信男『捨身なひと』晶文社2013年)

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