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2014年8月17日 (日)

小林多喜二「党生活者」

個人の主体性と共同体的連帯意識は共立しうるか

 わたしは日本の若い世代の作家たちに絶望していない。むしろ期待するところが大きい。柳美里 や津村記久子、それに『さよなら、オレンジ』の岩城ケイなどは、新自由主義的価値観、資本主義的富と名誉に抵抗し拮抗しうる作品を排出している。しかし一方でこの世に何も疑うことなく、目新しい角度から空間を切り取ることだけにかまけて、文学だと言い張る作者と評者が居ることも事実だ。
 劣悪な労働条件で雇用される非正規労働者、政策的な物価の上昇による実質賃金の下落、核エネルギーや武器の輸出、挙げ句の果てに博打の合法化で経済の好転を計る政府、中国や韓国に対するマスコミの民族差別的バッシング、特定秘密保護法案の可決、集団的自衛権の閣議決定、東日本大震災後のこういった状況は、関東大震災(1923年)後の日本に似ていないか? 戦前ファシズム体制下で平和のための困難闘争を描いたプロレタリア文学に意味がない訳がない。
 さて、ここで取り上げるのは小林多喜二の『党生活者』である。なぜ『党生活者』なのかと言えば、プロレタリア文学史上で傑作と呼ばれる『蟹工船』と反対に、この作品に関しては議論が多いからだ。「党生活者」なんてタイトルは、最近の若者には理解しがたいに違いない。しかし現在的で共感を得るべき小説である。
 主人公の「私」(佐々木安治)は共産党員で、身分を隠して倉田工業に勤めている。倉田工業は毒ガスのマスクや、パラシュート、飛行船の側などを作る軍需品工場だ。元来200人の金属工業だったが、戦争が始まって600人の臨時工を募集し800人の軍需工場に膨れあがった。戦争というのは1931年に「満州事変」として開始された日中15年戦争のことだと思われる。「私」たちは、低賃金や本工と臨時工の差別、劣悪な労働環境の改善を訴え、首切りに反対し、加えて反戦運動まで扇動しようとしている。これに原発問題が加われば、現代が抱える問題と酷似している。
 「私」は工場細胞の一人が逮捕されるに伴い、工場にも元の下宿にも戻れなくなり、地下に潜って活動することになる。彼を助けながら工場で闘い続ける主要なメンバーに、須山や伊藤がいる。彼らはあらゆる手段を使って宣伝し、また個別に仲間を培っていく。
 「私」は工場を首になって収入がない。行き場のなくなった私は「笠原」と一緒になることに決める。「一緒になる」というのは、役所に届けるわけにもいかないので今で言う「事実婚」ということである。笠原は小さい商会に勤務している。積極的ではないにしても左翼運動に好意を持っていた。「私」は笠原の収入をあてにして交通などの活動費にあてた。しかし笠原は共産党員である私との住居を会社に秘密にしていたため、解雇されてしまう。食うに困った「私」は笠原にカフェーの女給になるよう提案する。

 彼女は急に身体を向き直し、それから暗いイヤな顔をした。私はさすがに彼女から眼をそらした。だが、彼女はそれっきり頑なにだまりこんだ。私も仕方なく黙っていた。
  「仕事のためだって云うんでしょう……?」

 「私」は任務を遂行するためには、女給になった笠原に経済的にぶら下がるしかない。現在に生きる読者からすると、ヒモにしか見えない。
 「私」は、工場細胞の他に地方委員会の仕事もしていてへとへとに忙しい。笠原と会う時間も取れなくなっていく。というのは言い訳で、自分でも知らぬうちに笠原を伊藤ヨシと比べている。伊藤や須山は「私」が最も信頼する工場細胞だ。伊藤はなんべんか捕まって鍛えられていた。身体中拷問の痣だらけになったおかげで母親も味方にしていた。その上、人眼をひくような綺麗な顔をしていたので、男の工員をオルグするときには化粧して、女を武器にしている。須山も同様で、最後には逮捕覚悟で公然とビラを撒く。
 「私」から見れば、伊藤や須山も自分同様に個人の生活を犠牲にして活動に身を捧げている同志だ。ところが、〈個人生活しか知らない笠原は、だから他人(ひと)をも個人的尺度でしか理解出来ない。〉と笠原を決めつけている。
 「私」は、虐げられる労働者・農民を解放するためには個人の生活は犠牲にしても仕方がないと納得しているから、客観的には彼を支え、彼にとって最も重要なパートナーである笠原に不満で一杯だ。反対に革命に身を捧げる伊藤には好感を持たざるを得ない。
 この小説は前編で終わっている。多喜二が逮捕後、拷問虐殺されたからだ。前編まででは笠原の意識は「私」の笠原評価以上には描かれていない。また、「私」個人の感情のぶれがこの後どうなるのか興味深いところだった。戦前の天皇制全体主義国家において、これと戦うに際して個人を犠牲にした党として対峙することがやむを得なかったとしても、文学においては、個人の主体性の表現が問われる。小説『党生活者』では、主人公は個人生活をまったく捨てきるように努力している人間だが、完璧にそうなることは不可能だ。母親との感情のやりとり、異性に対する感情の起伏、仲間との一寸した雑談に感じる喜び、そういった個人的感情とは生涯付き合って行かなければならない。
 さて笠原に関連して戦後『党生活者』は評判を落とした。「ハウスキーパー」だと言うのだ。つまり革命運動のために結婚生活を装った男女が共同生活をし、男性は女性を性を含めて食い物にしたという。実際、共産党中央委員で実は特高のスパイだった大泉兼蔵には熊沢光子(くまざわてるこ)というハウスキーパーがいて、この人は大泉がファシストの手先だったことを知った後、獄中で自殺している。また、磐城炭鉱争議の指導者で後に作家山代巴と結婚した山代吉宗が、同じく活動家であった田中ウタと同居したのが初期のケースとして知られる。もっともこの場合は性的関係はなかったとされるが、共産党に対する弾圧が激しさを増し、運動が危機的になる頃には女性が犠牲になる関係があったようだ。そうした女性の隷属を正当化して描いた『党生活者』はけしからんという訳だ。
 文学批評としては幼稚だ。小林多喜二は従来のプロレタリア文学の枠を超えた作品を追求しようとした。革命のために自由にならない個人の主体性の問題を提起し得たのだ。
 個人か、集団ないしは共同体か、という問いは古いようで新しい。
 韓国の文芸評論家金明仁の『闘争の詩学』(藤原書店) は、日本の現代を見つめ直す上でも示唆に富む。金明仁は、韓国に於ける80年台の急進的な革命文学に対する幻滅から、90年台には過剰決定された「個人」は〈孤立した労働者かつ消費者として根本的に他律的にしか自らを実現できない一つの「単子」的な存在となったにすぎない。〉と規定した。1990年台以降の日本の状況にも当て嵌まる。資本家階級の支配を打倒する階級的労働運動や学生運動の衰退は底辺まで達し、改良運動としての市民運動は勃興したが保守化していた。金明仁の次のような言説は、『党生活者』の問題提起に対する一つの答えになると同時に、我々のエクリチュールを点検するさいの指標にできるかも知れない。

 集団の狂気に振り回されず、覚醒した個人の主体性を堅持しながらも、人と人の間、すべての生命の間の共同体的な連帯意識をふたたび回復すること、また人間を事物化して地球上のすべてのものを搾取と商品化の対象とし、究極的にその存在を枯渇させ荒廃させる、この巨大な野蛮の流れを止めなければならない。人間も他の生きとし生ける物も、自らの生と他者の生の自由と解放を獲得するまで戦わなければならない。

 『党生活者』が示した問題に、もう一度眼を開かなければならない時期がきたのではないだろうか?

*革命運動における主体性の問題を山代巴は人権をキーワードに追求した。http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-4ec5.html

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